第三話『狂風』
風が、あまりにも不規則な流れを生みながら、目の前の忍者『影隠 鎌鼬』に集まってゆく。
「行くでござるよ!」
来る!
そう思った時だった。
「なっ!?」
なんと無数の手裏剣と苦無を投げてきたのだ。鎌鼬は両手が二丁の鎌で塞がっているにも関わらず、どうやって投げたのだろうか?
「く、そ!」
しかも殆どが物理法則を無視したかのようなあり得ない軌道で飛んでくる。最初は真っ直ぐだったのに、上に行ったり左右に行ったりと、飛び道具に意思があるかのように軌道を変えながら襲ってきた。
ただ、それでも飛来してくる飛び道具全てに体が勝手に反応して防御し、打ち落としてくれるが、本当に今の自分は本能的な防御しか出来ていなかった。
「そぉら!」
飛び道具の次は鎌鼬が直接襲い掛かってきた。
――あーくそ! 未だに攻撃の仕方が分からないが、こっちも攻撃しないと殺られる!
そう思って、彼はかなり大振りな正面斬りを放って、鎌鼬に攻撃した。
誰がどう見ても素人のような丸わかりな攻撃、こんなもの当たる訳がないと思われたが。
――!? 当たった!
確かに彼の刀が鎌鼬の脳天を捉えた、しかし。
「な!? き、消えた!?」
なんと攻撃が当たったと思われたが、それは鎌鼬の残像であって、本体には直接当たっていなかった。
「く、くそ、どこだ、どこ行きやがった!」
「こっちでござる」
「っ!?」
前方から声が聞こえたのでそっちの方を見たが、誰も居なかった。
「は? うぉ!?」
背後から鉄と鉄がぶつかる音がした。確認すると、鎌鼬はいつの間にか背後に居て、そしてこちらは反射的に鎌鼬の攻撃を刀で防御していたようであった。
「なんと!?」
これには鎌鼬も驚嘆して、再び距離を取った。
「ふむぅ、『忍法・声飛ばし』で別の位置から声を出して、そちらに注意がいってる隙に背後から首を刈り取ろうとしたでござるが、まさか防がれるとは思わなかったでござる」
驚きはしたが、鎌鼬はすぐに冷静になって解説をしてくれた。
そして彼の心臓の音は早くなり、冷や汗をかいていた。
「は、は……」
危なかった。体が反応してくれなかったら今ので死んでいた。
自分でもなんで防げたのか理解不能であった。
「おやおや? 随分落ち着きがないでござるな。記憶失っただけでこんなにも弱くなるものでござるか?」
「……は、ぁ」
声が出なかった。体が勝手に自分を守ってくれるが、肝心の攻撃が全く届かなかったのだ。
しかも今死にそうになった事で体が硬直してしまっている。
やばい、記憶が無いことが、こんなにも不利になるとは想いもしなかった。
「……ふふ、くくくく」
「?」
笑っていた。鎌鼬は笑っていた。
「くくくく、手を抜いていたとは言え、こうもこちらの攻撃を防がれ続けられると困ったものでござるな」
すると、鎌鼬の胸の漢字が強く光り出した。
「ならば忍者としての戦いはここで終わりにし、それ以外の方法でお主を殺すでござる!」
――『忍法・風刃鎌』。
「ぬぁ!?」
伏せていた。彼の体は反射的に地面に伏せていた。
すると、頭上で何か風のようなものが通過して、背後にある木がこちらに倒れてきたのである。
「うわぁ!?」
地面を転がってなんとか避けて立ち上がると、倒れてきた木の根本に大きな切断面ができていた。
――な、何が起こった? あいつは、何をしたんだ?
鎌鼬との間合いはかなり離れていると言うのに、いったいどうやって攻撃し、何を飛ばしてきたのだろうか?
何が起きたのか頭がついてこれない中、鎌鼬は再び同じ攻撃を仕掛けてきた。
「一発じゃ無理なら何発でも喰らわせてやるでござるよ! 『忍法・風刃乱』!!」
さっきと同じ謎の攻撃が無数に飛んで来るのを感じ、彼は必死に避け続けた。
――だ、駄目だ。さっきから何を飛ばしているのか分からないが、当たったら即死するのだけは分かる!
謎の攻撃を避け続け、その背後で何本もの木が切断されて倒れる中、彼はあることに気が付いた。
――まずい、あの白髪のガキは無事か!?
戦いに集中しすぎていて忘れていたが、あの気を失ったままの少女はどうなったのだろうかと視線を送ると。
「あ、あぶねぇ!!」
横になっている少女の真上から一本の大木が倒れてきたのだ。
「う、あああああああ!!」
気が付いたら体が勝手に動いていて、少女の元に向かっていた。
「ふ、がぁ!!」
受け止めた。倒れてきた大木を刀と両手で受け止めて体で支えていた。
間に合った。なんとか少女を守る事ができた。
……………………………。
――な、なんで俺、こんなガキ守ってんだ?
咄嗟の事だったとは言え、何故戦ってる最中に他人を助けるような真似をしてしまったのだろうか。
だが、自分の中で何かが囁く。
こいつはだけは死なせない。もう無闇に命を奪わせたりなんてしない!
自分の中で謎の叫びが聞こえてきた。
そんな事を気にしていると、鎌鼬は再び攻撃してきた。
「隙ありでござる!」
「な……」
また謎の攻撃が飛んできた。今度はかわせない。早く支えてる大木を退けないと!
駄目だ。間に合わない!
死を覚悟した瞬間、彼の中で何かが目覚め始めた。
「…………!!」
――基本剣技が一つ『木葉梟』!!
直撃する。鎌鼬の攻撃が彼に命中する。
「やったでござるかな?」
「……やってねーよバカ忍者がぁ!」
鎌鼬の目の前では信じられない事が起こっていた。彼が支えていた大木が一瞬にして大根のように輪切りとなり、そのまま彼は刀で鎌鼬の攻撃を打ち消してしまったのだ。
「ぬ!?」
輪切りとなった大木が地面に落ちて土埃が立つ中、彼が刀を片手で肩に担ぎ、もう片方の手で白髪の少女を抱えながら土埃の中から出てきた。
「あー思い出した。全て思い出した。俺は確かに『黒爪 烏乃助』だ。そしてこの名前が大っ嫌いになってしまったことも、今まで何をして生きてきたのか、そのくそったれな人生を全て思い出したよ!!」
さっきまで死んでいた彼、いや烏乃助の目に猛禽類のような鋭い眼差しが復活したのだ。
「……雰囲気が変わった。どうやら時間を掛けすぎたようでござるな」
これ以上時間をかける訳にはいかないと判断した鎌鼬は、そのまま短期決戦に持ち込む事とした。
「……目覚めてしまった黒爪 烏乃助を相手取るのは骨が折れるでござる。なので、風を操れる今の拙者の得意な場所で決着をつけてやるでござるよ!!」
――『忍法・上昇鬼竜』!!
「何!?」
烏乃助の周囲に謎の竜巻が発生した。何が起こるか分からないので烏乃助は白髪の少女を竜巻の外へと放り投げた。
「くそ、お前は地面にでもしがみついてろ!」
少女が地面を転げ回る中、烏乃助を囲んでいる竜巻が急に激しくなり、烏乃助は遥か上空へと飛ばされてしまった。
「ぬぉあああああああ!!」
地上からおよそ一町(約109.09m)の高さまで飛ばされてしまった烏乃助の眼前に、満月を背にした鎌鼬が自分よりも高い位置にいた。
「いくら優れた剣士であろうと、剣術の要となる足腰が使えない上空では何も出来まい! このまま死ぬでござる!!」
――影隠の奥義が一つ『鬼神蹴来』とこの風の力を組み合わせた限定奥義。
「奥義『喜神風来』!! これで終わりでござる!!」
身動きが取れない上空で、鎌鼬は一撃必殺の奥義を烏乃助目掛けて放とうとしている絶体絶命のこの時。
烏乃助はあの男の技を思い出していた。




