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新説こころあつめる~心烏への旅路~  作者: 心乃助(未熟者)
第壱章「こころよろこぶ」
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第一話『目覚め』

「……」


 ――  て。


「…………」


 ――お て。


「………………」


 ――お  き  て。


「……………………」


 ――おきて。


「………………………………………ハッ!?」


 誰かに起こされた気がする。目を開けるとそこには澄みきった青空が広がっていた。その空を数秒眺めた後、寝起きで重たい体を起こすが、頭がぼんやりして思考がハッキリとしない。


「……………………俺は……何してたっけ?」


 覚えていなかった。自分が気を失う前まで何をしていたのか、何故こんな所で寝ていたのか。


 彼は判断できなかった。


 自分の置かれた状況を確認するために周囲に目を向けるが。


「……どこだ……ここ? 何もないぞ……」


 周囲を見渡しても何もなかった。


 ただただ荒れ果てた大地がが続いているだけであった。人が暮らしていた痕跡すらなく、地面は大きく凸凹していて歩きにくそうな印象を持った。


「…………………ん?」


 そんな光景を眺めていると、地面を付いていた手に粘りけがある液体の感触を感じた。


「…………………血?」


 よく見たら血だった。自分がさっきまで寝ていた場所を確認すると、そこには大きな血溜まりが出来ていたのだ。


 半分乾燥してて黒く変色してはいるが、この量からすると、この血の持ち主はもう既に死亡していると思われる程の出血量であった。


「これ、俺のか?」


 自分の体を確認する、着ている黒い着物と灰色の袴は血で汚れていて、至るところボロボロになっていたが、体には傷らしい傷は一つもなかった。ではこの血は何なのだろうか? 


「訳わかんね」


 と、言いながら立ち上がって再び眼前の景色を見るが、本当に何もない。人も建物も人工物も何もない、まっさらな大地が広がるだけであった。


「……思い出せねぇ、こんな所で何をしてたのか、自分が誰だったのかすら思い出せねぇ」


 寝惚けたままの状態が続いているのか、彼は自分の事すら忘れていた。


 だが、そのうち思い出すことだろうと楽観的に捉え、慌てることなく、この後どうすべきかを考えた。


「何がどうしてこうなったのか分からないが、取り敢えずこの土地を抜けて人が居る所にでも行くか」


 彼は人の居そうな場所に向かう為にその場から一歩踏み出した時であった。


 ――待って。


「ん?」


 背後から声が聞こえてきたので振り返ると、そこには一人の少女が倒れていた。


 とても小柄な少女で、ボロボロの巫女装束を身に纏っていて、何より目を引いたのはその髪であった。


 白かった。雪のように白く綺麗で腰の辺りまで伸びた白髪を持つ少女がその場で倒れていたのだ。


 そんな少女を見て彼が真っ先に思ったのが。


「なんだこの老けたババアみたいなガキは」


 であった。


 取り敢えず意識があるか確認したが、どうやら気を失っているようであった。


「……うーん、どうしたら良いんだ?」


 ――連れてって。


「んん?」


 また声が聞こえた。この少女からではない。どこからか誰かの声が聞こえる。


「おい、誰だ? 隠れてないで出てこい」


 ――今は姿を見せられない。けど君に頼みがある。


「頼み? 姿も見せない気味が悪い奴の頼みなんて聞けるかよ」


 ――お願い。その子の『心』を集めて、お願い。


「は? なんのことだ? ……おい、おい!」


 それだけ言い残して、謎の声は聞こえなくなった。幻聴だったのだろうか? それともまだ寝惚けているのだろうか?


 さっぱり理解できず、彼は混乱してはいたが、再び気を失っている白髪の少女に目を向ける。


「……取り敢えずこいつ連れてくか」


 なんでそう思ったのかは分からない、あの謎の声のせいだろうかと考えたが、理由は別にあった。


「俺は、こいつに謝らないといけない気がする」


 ………………。


「ん? 俺は今なんて言った?」


 今自分が何を口走ったのか分かっていなかったが、彼は直感でこの少女を連れていかないといけない気がした。



 それから三日後。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ」


 彼は白髪の少女を背負ったまま三日間歩き続けた。当てもなく、ただひたすら歩き続けた。


「は、腹減った……」


 この三日間、飲まず食わずな上に、一度も人には会わなかったし、人が居そうな場所にもたどり着くことはなかった。


 それどころか、ますます人が居ないような何処かの森に入り込んでしまった。


「な、なんでこんな所歩いてるんだ、俺? あー駄目だ、腹が減りすぎて全然頭が回らない」


 ほぼ無意識に森の中に入り込んでしまった。それに三日間も軽いとは言え、少女一人を背負ったまま歩き続けるのは思ってた以上に辛かった。


「こいつ、この三日間全然目を覚まさなかったな。死んでるのか?」


 だとしたらさっさと捨てて体を軽くすればいいと思ったが、何故かこの少女を捨てる事ができなかった。


「俺とこいつはいったい何の関係があるんだ? 何故こいつの顔を見たら罪悪感みたいなものを感じるんだ? ……何も思い出せない」


 彼はまだ自分の事を何一つ思い出していなかった。自分が何者で、今まで何をして生きてきたのか、思い出せない。


 何より気になったのが腰に差してある一本の刀だった。


「刀があるってことは、俺は侍か何かだったのか? あー、この白髪のガキだけでなく刀まで重く感じてきた。もう全部捨てて楽になろうかなー」


 と、愚痴を溢してみたが、当然何も起きなかった。


 なので取り敢えず休む事にした。少女を下ろし、刀も地面に置いて、彼は地面に勢い良く寝転がった。


「はぁ~、地面が冷たくて気持ちいいな~」


 もう自分の記憶とかどうでもいいので、今は冷たい地面を堪能することにした。着物が土で汚れるが、元々血で汚れていたのだから、今更気にする事はない。


「あ~、これで食い物があれば最高だな~。……ん?」


 寝返りをして近くの茂みに目線を向けると、そこには一匹の兎がこちらを見ていたのである。


 彼と兎の目が合った瞬間、彼は地面を跳ねる魚のごとき勢いで飛び起きて、その兎を捕まえようとした。


「肉じゃああああああああ!!」


「!?」


 兎は驚いて逃げたが、彼はそのまま血眼になってまで兎を追い掛けた。


「逃げんな肉! 俺の腹に収まれぇぇぇぇ!!」


 まるで肉食獣のような気迫でもって、彼は少女と刀を置いてその場を離れていった。


 そんな様子を遠くの木の上から監察していた怪しい影が一つ。


「……ついに、ついに見付けたでござるよ。『黒爪(くろづめ) 烏乃助(うのすけ)』ッッ!!」


 その影は目的の人物を見付け、一人で歓喜していたが、まだ彼と少女には手を出さず、機会を(うかが)いながら、監察を続けることとした。

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