第九話『心のままに』
憎い、憎い憎い憎い!!
全てが憎い!
自分の故郷を土足で踏み荒らした者達が、大切な人々を傷付けた者達が、欲に目が眩ん者達が、奪った者達が。
憎い、全てが憎い。
そして、一番憎いのは自分自身だ。
こんな訳の分からない力があるせいで、多くの人に迷惑をかけ、死に追いやってしまった!
自分が憎い!
生まれて初めて経験する激しい負の感情。
うずめはどうすればいいのか分からなかった。
この感情を、心を、どこに、誰に向ければいいのかと。
苦しい、あまりの苦しさに胸が潰れてしまいそうだ。
「 」
うずめが自分の感情に押し潰されそうになった時、声が聞こえてきた。
知っている声だ。自分の一番の親友の声だ。
「 」
なんだか、落ち着く。この声はいつも澄んでいて、聞く者の心を落ち着かせてくれる不思議な力があった。
うずめは暴走しかけた心を落ち着かせ、その声に耳を傾けた。
「う ず め」
呼んでいる。自分を呼んでくれている。
「君 は どう したい の?」
どうしたい? 分からない、心が落ち着いたところで現実は何一つ変わっていない。
故郷は燃え、荒らされ、目の前で剣鬼が暴れ、父を殺した。
結局、目に映るもの全てが憎くて、許せなかった。
何よりも許せなかったのは己の無力さ。
人には無い人智を越えた力を十個も持っているのに、それが一つも使うことが出来ず、このような現実を生み出してしまったのだ。
「その 力 使いたい の?」
使いたい、使えるようになりたい。もう遅いかもしれないが、この力で現実を変えたい。自分自身を変えたい。
「それなら その力の使い方 を 教えて あげる」
使い方……。
「その力は 君の心と 連動している だから 感情を 爆発させるんだ 剥き出しにするんだ そうすれば 君の望む通りの力を 発揮して くれる」
感情を……剥き出し……。
感情……。
――殺す。
――根絶やしにする。
「その 調 子」
先程まで爆発寸前だった負の感情を再び燃え上がらせる。
――憎い、全てが憎い。
――憎、憎憎憎憎憎ッ!!
染まっていく、自分の内に宿る全ての感情、全ての力が、黒く、塗り潰されて、変質していくのを感じる。
「そうだよ。それを続けて」
変わっていく。心だけでなく、自分自身も変わってゆく。
この力に適した体へと変化していく。
「いい感じだ。その力、その感情を解き放つんだ。こらしめてやるんだ」
――あ、あああああ。
「君に力の使い方を教えず、ぼくをあんな所に閉じ込めた連中もろとも滅ぼしてやるんだ」
――ああああああああああああああああああああ!!
■
「おい、なんだアレ?」
出雲で暴れ回っていた盗賊、それから逃げていた者、助けを求めていた者。
今出雲に居る全ての人々が動きを止めて出雲大社から天へと昇る光を見つめていた。
今が夜だと言うのに、昼間であるかのように光り輝き、全てを照らしてくれている。
「あの光りは、いったい……」
――罰である。
「!?」
途端に不思議な声が聞こえてきた。
――我々から自由を奪った者、この地を荒らす者。皆分け隔てなく平等に罰を与える。
「お、おいなんだよこの声!?」
「分からない……けど、不思議と落ち着く……」
「落ち着いてる場合か! 見るからにヤバそうじゃねーか!!」
――誰も逃がさん。
――皆罰を受けよ。天罰である。
すると、光りから十個の小さな光りが分裂して、それぞれが異なる色の光を発していて、その中央には漢字らしき文字が見えた。
喜、怒、哀、楽、恐、勇、恥、諦、愛、怨。
十個の光りが一つの大きな光りを中心に回り続け、それらが地上に天罰を下したのである。
「な、なんだ? 急に風が強く……!?」
竜巻、天と地上を繋げる巨大な竜巻が出雲各地に発生し、燃え広がっていた炎を吸い上げて巨大な炎の竜巻へと変貌した。
「なんなんだ……これ……?」
「長! 早く逃げ……ぎゃああああ!!」
今度は落雷、天から無数の稲妻が降り注ぎ、次々と人々に襲い掛かる。
「な、何が……起こってるんだ……?」
「か、神の怒りだ……俺達が神の地を荒らし回ったから……」
「バカ言うな! 神なんて居るわけないだろ!!」
神かどうかは分からないが、ここに居るのは危険だと判断した盗賊、そしてまだ動ける出雲の民達が、お互いの事を気にせず、皆一様に逃げ出した。
――逃がさぬと言った筈。
今度は大量の水だった。氾濫した川のような激流が逃げる者達の行く手を遮ったのだ。
「わ、ぷ、な、なんだこの水、どこから、あ、ああああぁぁぁぁ……」
激流によって人々や家屋は流され、溺れ、死んでゆく者達が続出していった。
――まだだ。まだ足りぬ。我が積年の恨み、この程度で晴らせると思うな。
■
それは、荒々しい神であった。大勢の人々が死に、まだ生き残っている者達が居たとしても、一人も逃さずに十の天罰を与え続けた。
やがて誰も居なくなった頃には神は元の姿へと戻ったが、全てに絶望した。
目の前には何も無かったからである。自分が全てを消し去ってしまったのだ。
町も、人も、国も、何もかも、この手で消してしまったのだ。
どうしてこんな事をしてしまったのだろう。結局自分は何がしたかったのだろうか?
現実を変えたかった。自分を変えたかっただけなのに、ただ力の限り暴れ回っただけであった。
故に絶望し、後悔し、自分自身の力に恐怖した。
自分が感情的になっただけで、こんな事が起こってしまうなら、こんな力、なくなってしまえば良いんだ。
それが神の最後の望みであった。
それに応えるように、神に宿りし十の力、十の心は神の元を去っていた。
この力を正しく使える者の元に向かう為に、十の心はそれぞれ旅に出た。
長い旅を終え、それぞれが自分に相応しい者の心へと宿っていったのだ。
ある心は、心からの喜びと自由を求める者へと宿り。
またある心は、情熱の炎を滾らせる者へと宿っていった。
それぞれが旅の役目を終えた後、宿主の中で深い眠りに付いた。
次に自分達の本来の持ち主である神が自分達を迎えに来るのを待つ為に。
その頃にはきっと、神様も自分達を持つに相応しい存在へと成長してくれていることだろうと、そう願い。
彼らは待ち続ける事とした。
第零章「こころあらそう」 完。




