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09 一緒に帰りましょう

 放課後。


 鞄に教科書を詰めて帰り支度をしていると、チラッと月待さんと目が合った。


 どうせ同じ家なのだから一緒に帰った方が効率はいいのだけど。体育の時間のことを気にしてくれたのか、俺を一瞥しただけであった。


 まだクラスメイトに囲まれながらおしゃべりをしている月待さんを置いて、俺は早々に家に帰宅することにした。



 ガヤガヤと騒がしい放課後の階段を下る。


 生徒たちは、放課後どこに遊びに行く? や、部活に早く行こうぜ! と、そういった会話で盛り上がっている。


 だが俺は特に友達も少ないし、部活にも入ってないので、颯爽とその場を立ち去る。


 そういえば杵崎は結局そのまま午後の授業に顔を出さないで早退してしまった。腹痛と教師は言っていたが、恐らくサボりだろう。明日会ったら問い詰めてやるとしよう。


 自分の下駄箱に上履きを入れて、代わりに外靴を取り出す。


 そういえば、今日から家には月待さんがいるんだったな。夕食はどうしようか……。


 とりあえずは、家で顔を合わせてから考えるとしよう。



 ――と。


「……待ってください」


 女の子の声が後ろから聞こえてきた。


 数瞬、俺が呼ばれているとは思わなかったから、一歩踏み出した。


「……だから、待ってください」


 おかしい。学校で女子が俺に声を掛けてくるなんて早々ないと思う。ましてや俺のクラスの下駄箱の前で声を掛けられるなんてあり得ない。同じクラスに女子の友達はいないし、女子に呼び出しを喰らってしまうような不祥事は起こしてないはずなのだが……。


 だとしたら……

 考えられるのは誰だろう?


 ……いや、そういえば。

 一人だけ心当たりがあった。


 つい先日、一緒に住むことになった女の子だ。


 振り返る。


 両手を前にして鞄を持ち、整然とした物腰でこちらを見据えている月待さんがいた。


 当然のことだが、家にいる時とは違ってひらひらとしたスカートを履いて、学校指定の可愛らしいリボンを胸元に付けている。


 水色の瞳で俺を捉え、サラサラとした透き通った紫色の胸元まで伸びた髪を靡かせて、俺の前まで歩いて来た。


 なぜか、学校で見る月待さんは家で見るより愛らしく見える。


「やっぱり月待さんだ」


「……? そうですけど……」


 やっぱり、という言葉に反応して瞳を細めた。


「誰だと思ったんですか……?」


 誰だと思ったって言われても困る。ただでさえ学校で女生徒に声を掛けられることは少ないから、戸惑っているのだ。


 というか、それよりも……


 辺りを見回してから安堵する。


 周りに人がいなかったのは幸いだ。万が一誰かに、俺たちが二人で会話している所を視られたら面倒なことになるだろう。


 月待さんの耳元に顔を近づけて、手の平で声を抑えるようにして言う。


「……それよりこんなところ見られたら不味いんだけど」


「えっ……と」


 月待さんはスッと身を引いて、一歩だけ後ろ足を後退させた。


「……近いです」


 拒絶や恥じらいというよりは、知り合いだから一定の距離を保ちましょう、というような物言いに聞こえた。


 目を合わせてくれてはいるから、嫌われた雰囲気はないけど、確かに今の俺の行動は軽率だったかもしれない。今度から気をつけよう。


「そうだね、ごめん……」


「……いいえ」


 ……。


 …………。


 ……………………。


 お互いに、相手をチラチラ見ながら声を出そうとするんだけど、なんだか上手く声が出せないでいた。


「職員室に宿題出しに行くだけだよ」


「あ、私もまだ出してないや。私も行く」


 月待さんの後ろの廊下を、女生徒が歩いて行った。


 おっといけない。こんなことをしてたら、月待さんと二人でいるのをクラスメイトに見られてしまう。


「それでどうしたの? 夕食の買い出しのこととかは、家に帰ってから話そうと思ってたんだけど……」


「……そうですか」


 迷ったように俯いてから、お人形のように整った顔を上げた。


「……実は……ですね、一緒に帰ろうと思いまして」


「え?」


 ……。


 完全に思考停止してしまう。


 一緒に帰る?

 なぜ。


 なぜ、月待さんが俺と一緒に帰る必要があるのか。なぜ、月待さんが俺と二人で帰ろうと言うのか。


 ……その二つの理由で、頭の中が空っぽになってしまう。


 ていうか、そもそも二人で帰るのは危険すぎるのではないだろうか。


「帰りましょうか」


 月待さんは俺の返答を聞かずに歩き出した。


「ちょっと待って!」


 道を塞ぐように前に立つ。


「帰らないんですか?」


「いや、帰るよ。帰るんだけどさ……ほら、二人で帰ってるところを見られたら面倒なことになるから、朝も別々に家を出た訳で……」


「問題ありません。クラスの子たちは適当に誤魔化して撒いてきました。今頃は教室でおしゃべりしているでしょう。それに、私の友達は岡崎くんみたいに、ホームルームが終ると同時にクラスからいなくなったりしないので、しばらくはおしゃべりをしてるので大丈夫だと思います」


 なんか途中で皮肉を言われた気がするが、確かに言われてみればそうである。


 いつもホームルームの後、月待さんとその仲間たちは帰る用意はしていた。だが、月待さんの席の辺りで溜まって、延々とおしゃべりをしていたのを見た記憶がある。


「……うーん。でもさ、そうはいっても万が一っていう可能性もあるし。上級生とか下級生にも見られてもマズイって、昨日の夕食を決める時にも話したじゃないか」


 月待さんは、俺を五秒ほど見つめてから手をゆっくりと合わせた。


「岡崎くんの言うことも分かります。私も平穏に暮らしたいですし……」


「分かってくれると助かる。なら……」


「ですけど別々に帰宅してから、再度夕ご飯の買い出しの為に出かけるのは非効率です」


 確かにそうだけど……


「だからといって、学校から二人で帰るのはできないですね?」


「うん」


 月待さんは、白く細い人差し指を立てて潤った桜色の唇を開いた。


「……なので、下校した後は待ち合わせ場所を決めましょう」


「それって、結局俺と月待さんがいるところを見られるんじゃないの?」


 俺がそう言うと、月待さんは鞄のチャックを開けて、鞄の中から通気性の良さそうな生地の薄い、黒のパーカーを取り出した。


「私がこれを被れば問題ありません」


 なるほど、と納得した。


 俺は月待さんと、どうしたら距離をとったままで、今の生活を上手く回せるか考えていたのに対して、月待さんは、どうしたら近い距離をとったままで、今の生活を上手く回せるかを考えていたらしい。


 その結果いい方法は見つからなかったらしく、最終手段として、いつもアパートに帰る時にそうしていたように、パーカーで顔を隠すことにしたらしい。


 そして、夏に厚いパーカーでは苦しいから、通気性の良いパーカーを持ってきたようである。


「でもそれどこから持ってきたの?」


「友達から借りました」


 一体どういう話の流れでパーカーを借りる事ができたのだろうか。ちょっと気になるが、今はそれはいいか。


「これからは、待ち合わせの場所にパーカーを被って向かうことにします。それなら問題ないですね?」


 ジッと、真剣な眼差しを向けてくる。


 正直どうしてそこまで一緒に帰ろうとしてくれるのか分からない。だが、ここまでして距離を縮めようとしてくれる相手を拒絶するのは、さすがに俺でも躊躇われた。


 それに二人で買い物に行った方が月待さんの言う通りに効率はいいし、部屋を仕切るカーテンのような物も買おうと思っていたんだった。部屋の一部になるものを俺が独断で決めるのは違うと思ったから、二人で見て、決めたいとも思っていた。


 こうなったら別にいいか。元より俺が心配していたのは、月待さんが色恋沙汰を噂されて、学校生活に支障が出てしまうことだったから。


「俺は大丈夫だけど、月待さんはいいの?」


「……え、何でですか?」


 月待さんはキョトンとした顔をした。


「いや、だってさ。そのパーカー見たところ薄いようだけど、パーカー被ってるとクソ暑いと思うよ」


「…………あ」


 完全に失念していたらしい。

読んでいただきありがとうございます。

今回は特に何というあれはないです。というのも、続けて書いていたのですが思ったよりも長くなりそうなので途中で区切らせていただきました。二、三千字がちょうどいいと思いまして……。


また次回も見て頂けたら幸いです。

もうよろしければ、ブックマーク、評価をいただけますと励みになり執筆がはかどります。

よろしくお願いします。

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