08 ここでいいです、ここがいいです
「……私と組んでくれますか?」
月待さんは俺を見上げ、真っ直ぐな瞳でそう言った。
周りは静まり返って、俺たちに視線が集まる。
「少し恥ずかしいですけど、ペアを組むだけですから……」
あくまで俺を選んだ理由に、他意はないと言いたいようだ。
「いや、俺は……」
正直、ペアに誘ってくれたのは嬉しいし、知らない人と組むよりかは顔見知りの月待さんと組みたい。だが、周りの目を考えると……
「え、なんで月待さんあいつと組んでんの?」
「マジか、てか、あれ誰だよ?」
あいつらは確か、クラスメイトの山口と根岸だった気がする。一応同じクラスなんだけど……。
目の前の純粋な眼差しを向けてくれている女の子の気持ちには応えたい。だけど俺が好意的に月待さんに接すると、月待さんが山口と根岸に、陰キャと仲が良いとレッテルを張られるだろう。そうなったら、万が一の可能性で月待さんが友達から避けられてしまう事態が起きる可能性がある。それは避けないといけない。
「……岡崎くん?」
俺が中々返事をしないから、不安そうに眉を顰めた。
「もしかして、私と組みたくないんですか……?ダメでしたら無理強いはしないので……」
水色の真珠が揺らぐ。
この際、仕方がないか。俺の評判なんてないに等しいんだし。
「ありがとう月待さん、優しいんだね。俺と組んでくれるなんて」
ちょっと声を張って、周りの人たちに聞こえるように言った。我ながら情けなさすぎる発言だと思いながら……。
「え、岡崎くん何を言ってるんですか……?」
俺の言動の意味が、分からない、というように月待さんはもっと眉を寄せる。
「私は……」
何か言おうとした月待さんの声を遮るように、さきほどナンパ紛いのことをしていた男たちが言う。
「月待さん、やっさしぃー!一人でいるあいつが可哀相で組んだんだな!」
「そりゃあそうだよな。同情でもなければ月待さんが俺たちを無視して、他の奴に声を掛けるとかあり得ないもんな」
陽キャたちが高笑いを上げる。周りにいた生徒達はそれを見て、なんだそういうことか、みたいな顔をして俺たちに興味を失くした。
分かってはいたけど、案外胸にくるものがあるな。
「え……?」
月待さんは、男たちを一見し。ハッと目を見開いてから、俺に向き直る。
「……ごめんなさい」
「謝るようなことじゃないよ。俺がクラスでそういうキャラなのも問題があるしね。でも月待さんは、もっと自分の影響力を気にした方がいいと思う。俺は別に何を言われてもいいけど、月待さんが俺の所為で一人になるとかは嫌だからさ……」
昔から嫌味を言われたりするのは慣れているからそういうのは良い。だけど、知っている誰かが傷ついているのを見るようなことになるのは寝覚めが悪いから止めて欲しいのだ。
「岡崎くん……」
ジッと、見つめてくる。
見つめてくる理由は分からないけど、余っている女生徒はちらほら見えるから、他の女生徒に頼めば今からでもまだ間に合うかもしれない。
「ほら、どうせなら陽キャと組んできたら?俺は他の子にお願いするから大丈夫だよ」
俺がそう言って立ち去ろうとする。
――と。
服の袖を、月待さんの白く細い指に摘まれていた。
「ここで、いいです……ここが、いいです。あの人達よりも岡崎くんの方がいいです……」
唇をギュッと紡いで、俺から目を逸らそうとしない。
見つめられているのは苦手なので、俺はそっぽを向いた。
落ち着け……俺。月待さんは優しいからそういうことを平気で言える人なんだと思う。だから、そういう意味じゃないんだ。
「……すみません」
月待さんは、そっと掴んでいた袖を離した。
「大丈夫……」
ゆっくりと大きく息を吐く。
……少しは落ち着いた。
周りを見渡すと、ある程度のペアが出来てきて落ち着いていた。
「体育祭の競技……?でしょうか。何をするんですかね」
月待さんに再び視線を向けると、いつもの凛然とした様子に戻っていた。
「何だろう。運動系よりのものじゃないといいんだけど……」
「……どうしてですか?」
「あまり運動は得意じゃないんだよね」
小学校の頃はリレーで一番を取ってたりしてたけど、中学校で皆が部活に入り筋力を付けてきた辺りから、俺は他の人たちに差を付けられ始めたのだ。
「そうなんですね……」
月待さんは、俺の気持ちが良く分からないらしい。小さく首を傾げている。
無理もないだろう。月待さんは勉強だけでなくスポーツも万能だから、去年の体育祭のリレーのアンカーでは、ぶっちぎりで一位だったのだから。
「月待さんは去年の体育祭、リレーで一位だったよね」
「……よく知ってますね?」
「うん、有名人だからね」
というよりかは、男子生徒たちが月待さんにお熱を上げて煩かったから、自然と目に入ってきたのである。
「……運動は、得意なので」
遠慮がちに目を伏せた。
それでも昨年の月待さんの走りには驚かされた。紅組はアンカーに渡る頃には最下位まで転落していたのに、月待さんにバトンが渡ると、もうそれは面白いくらいにあっさりと前の三人を抜かしてしまったのだ。
「でも本当に足早かったからびっくりした。昔陸上部にでも入ってたの?」
「……こう見えて、陸上部でした」
何となく聞いたのだけど、意外な答えが帰ってきた。
「あれだけ凄かったら、大会で優勝とかした?」
「……はい。あまり恥ずかしくていいたくないのですが、全国大会に出場しました」
頬を赤く染める、しかし誇らしげにも見えた。
「す、凄いね。全国は……カッコいいね」
「……そうでしょうか?陸上は女子がやっていたら、男っぽいねって言われそうなので、高校ではあまり友達に言えてないんです」
「そっか。カッコいいっていうのは女の子には嬉しくないのかな……?でもさ、中学校の頃に、うちの学校にも陸上で活躍している女の子がいたけど、その子の走りを見てると、別に男っぽいとか思わなかったし、性別なんて忘れて、ただひたすらにカッコいいって見惚れたよ。あれが女の子のカッコよさなのかな……」
今でも覚えている。
中学校の頃に、うちの学校の陸上部に全国レベルの女生徒がいた。俺は別のクラスだったから顔も名前もよく知らないで終わったんだけど、とにかくその子は可愛くてカッコいいと、男子と女子の間で話題になっていたのだ。
その子の走りを一度だけグランドで見たことがある。遠くからだから顔は分からなかったけど、ちょうどそう……今の月待さんと同じくらいの体格で、同じくらいの髪の長さを結んでいた。
そして、その子の走りは、ただひたすらにカッコ良かったんだ……。
周りには誰もいない中で、頬を伝う汗など気にせずに、前だけを見て、茜色のグラウンドを駆け抜ける姿は本当に可憐でカッコよかった。
「思わず立ち止まって、見惚れちゃったんだ……」
懐かしい記憶だ。あの子は今頃何をしているんだろうか。
「…………岡崎くんが……そう言うなら、私も……自分の陸上に、自信を持ちたいと……思います……」
月待さんは俯くようにしながら、途切れ途切れの小さな声でそう呟いた。
「確か今年も、クラスのリレーのアンカーだったよね?」
「……はい、そうです。立候補してないのに多数決で私に決まってしまいました」
照れながら、不服そうに拗ねている。
総合の時間。アンカーを誰にするか決める時に、半ば強制的に皆から「月待さんがいいよ!」と言われて彼女に決まってしまったのだ。あの時の月待さんの照れているような、困っているような表情を思い出して、少しだけ苦笑する。
「応援してるから、頑張ってね」
俺は爽やかにそう言った。
月待さんは一瞬ぴくっと肩を跳ねさせてから、凛とした声で呟く。
「……岡崎くんがそう言ってくれるなら、頑張りたいと思います……」
教師が全てのペアの確認が取れ終わったようだ。
「全員ペアを作り終えたな。じゃあ練習を始める前にこれからやる事の説明をするから、俺の話をしっかり聞いておけよ」
「はーい」と生徒たちは返事をする。
それからの体育の時間。
月待さんはなぜか、ペアでの時だけ、ぎこちない動きをしていた。
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