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07 ペアを組む

「……では、私が先に行きますので、後から岡崎くんが行く順でいいですね?」


 こくりと頷いた。


 何の話をしているかというと、学校に行く為に家を出るのはどちらが先か、という事についてである。


 月待さんは、上級生、下級生関係なく注目されている美少女である。

 そんな女の子が見知らぬ男と二人で登校をしていたのを目撃された日には大事になるのが目に見えている。

 そうなれば、月待さんが男女問わず質問攻めに合ってしまい気疲れしてしまうだろう。

 最悪、月待さんの恋人を突き止めてやろうという奴が出てきたりしたら同居していることがバレてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、ここに住んでいられるかも分からなくなる。


 少し面倒だが、別々に時間をずらして学校に行く事にしたのだ。


「すみません……迷惑をかけちゃって……」


 身を竦めるように蒼色の瞳を伏せた。

 自分のせいで俺が時間をずらし登校することに、責任を感じているようである。


「気にしないで。確かに月待さんだから誰にも見られないようにしないといけないっていうのはあるけど、そもそも男女で登校してるだけで注目は集まるからこうするのは自然なことだよ」


「……そう言って貰えると助かります」


 月待さんは自分を責めていたような顔を少しだけ和らげて、だけどペコリと頭を下げた。


 相変わらず律儀である。

 この程度のことなら気にする必要はないし、一言言ってくれただけでもこちらの気持ちとしては違うのだけど、それでも不安そうな顔をしているのは根が真面目だからなのだろう。


 思い詰めないように、優しい言葉をかけようと思った。


「あ、だからと言って、遅刻はしないでくださいね……?その、私の所為で遅刻されると困ってしまいます……」


 まだ俺に遠慮したような空気はあるが、俺が遅刻の常習犯みたいに言った。

 まあたまに遅刻をしてしまったことはあるが、あれはバイトで寝る時間が遅くなってしまったせいであって、俺は元々は遅刻などしない人間なのだ。


「岡崎くん、何度か遅刻してたの知ってますから」


 こちらの胸の内の言い訳を正すように、月待さんは長い睫毛を瞬いた。


 根が真面目なのはいいが、一言余計だと思う。


 ☆☆☆


 学校での月待さんは、俺と一緒にいた月待さんとは完全に別の世界の人間だった。


 窓際の席に一人で安穏としている俺とは違い、クラスの中でもトップクラスに可愛い子たちに囲まれ、話しかけられ、そのグループの中心で笑顔を振りまいている。

 前の俺ならあの笑顔は心のうちで嘘くさいと吐き捨てていたが、あの笑顔が本物であると知ると周りの人の可愛いと言ってしまう気持ちがなんとなく分かった。


「可愛いよな月待さん、マジ付き合いたい!」


「あの笑顔がいいよな、癒される!」


 前者の男子生徒が言った事は理解できないが、後者の男子生徒が言った言葉は本当にそうだと思う。

 月待さんの真っ白な心が顕われているような楚々とした表情を見ていると、日々の生活のモヤモヤした気持ちが消えていき穏やかになるのだ。


「俺告白しちゃおうかな!」


「やめとけって。振られるのが落ちだから」


 告白か……あれだけ容姿に恵まれているのだからよくされてそうだ。


 一年の入学した時から、透き通るような紫色の髪をした美少女がいるという噂は俺の耳にも届いていたくらいだから。

 俺が勝手に月待さんはフリーだと思い込んでいるだけで、もしかしたら告白をOKしていて、既に彼氏がいるのかもしれない。


「なんだ、岡崎も月待さん狙いになったのか?」


 呆けていると、前の席に座っている男子生徒が俺の視界に顔を出してきた。


「そういうので見てたわけじゃない……というか、違う、うざい、邪魔」


 顔が近くにあったので、身体ごと前に押し返した。


「ったく、岡崎は相変わらず俺にだけは口が悪いよな」


 やれやれと、なんだか嬉しそうに彼は態とらしくため息をついた。


「俺が口が悪いのは、杵崎(きざき)だけだから問題ない」


 風貌がヤンキーみたいなチャラい見た目をした彼は、杵崎とおる……という。


 高校入学式にちょっとした事をキッカケに出会い、それからは古いマブダチのような仲である。

 ただ、俺はこいつを見ると何故だかイラっとしてしまうことが多く、それは彼も同じみたいで、気づけばいつも皮肉を言い合っていたり、悪口合戦になっている。

 俺たちからすればこれが自然だから通常時なのだが、傍から見れば喧嘩してるようにしか見えないらしく、一度『先生杵崎くんが岡崎くんをいじめています!』と大変愉快な勘違いをした女生徒がいた。

 たぶん杵崎の素行が悪く見た目も見た目なので、俺が絡まれていると思ったのだろう。

 ただまあ、正義感の強い彼女の発言は俺を辱めるだけでしかなかった。

 それをネタにしばらくの間は散々杵崎に主導権を握られたものだ。


「むしろ杵崎にだけしか悪口を言いたくならないね」


「そうだな。そういや俺もお前にだけ当たりが強いかもしれねえ」


 皮肉を真正面から受け止めて、大口を開けて笑う杵崎。

 俺は俺で、何言ってもダメだなこいつは、といつも通りに諦めた。


「で、狙ってるんじゃないなら岡崎が女子を見てるなんてどういう訳だ?」


 ニタニタと悪戯をする子供のような笑みを浮かべている。


 めんどくさい奴だ。

 しかしながら月待さんを見ていたのは本当の事だから、変な誤解をされない為に訂正しておこう。


「見てた訳じゃない。感心してただけだ」


「感心?」


 杵崎は訳がわからないと言う風に首を傾げた。


「あの笑顔だよ。本当に笑っているのもあるけど、普通さすがにあんなずっと笑ってられないだろ?なのに、どんな話にも愛想良く返してるのが、俺と両極端だから珍しかったんだ……」


 確かに月待さんは、素直で優しいから心から笑っているのだろう。

 だけど、そうは言っても全ての事柄に笑顔を向けるなど普通はできないし、もしそうしているならそれは、心から笑っているのではなくて周りに気を遣って笑っているのだ。


 そういうのは俺には酷く窮屈にも思え、また、俺にはできないことをしているという事への憧れに近い気持ちにも思えたのだ。


「そういうことか、なるほどな。両極端ってのは的確だな。岡崎と月待さんを見てると、月の姫と池のスッポンって感じだよな。ははは!」


「そろそろこいつを殴っていいだろうか?」


「心の声が出てるぞ。でもまあ、良かった」


「良かった?」


「ああ。俺はぜひ月待さんと付き合いたい!だが岡崎も月待さん狙いとなれば、俺も本気で黙っているわけにはいかないからな!もし岡崎が月待さんを好きになる時が来たらマジの喧嘩が始まるぜ!」


 冗談かどうか分からない、ギラギラした瞳で見てくる。


 杵崎はいつも、本気の時もふざけていてもこの顔だから心が読めないのだ。

 でもまあ、月待さんに悪い虫がつかないように、彼が変なことをしたら法に則って警察に通報させていただくとしよう。

 彼のためにも……だ。



 ……だけど、面白いことを言うな。

 俺が月待さんを好きになる……か。


 月待さんを流し見た。

 彼女は、皆のお姫様のようにお淑やかに振舞っていた。


 月待美桜は可愛い。

 この公式は俺の中では揺らぐ事はないと思ったが、好きとなるとなんだか違う気がした。

 単純に住んでる世界が、遠い……というのが大きく感じられた。


「ま!岡崎も月待さんも元気になったようで安心したぜ」


 元気と言うのだろうか。

 同棲する相手が知り合いだったというので安心はしたが、これからの生活を考えるとそれなりの心身共に窮屈さと、とんでもない爆弾を抱えてしまったと思う。


 ☆☆☆


 体育の時間。


 真夏の日差しが炎炎と降り注ぐ炎天下の下、俺のクラスを含めた二クラスが合同授業ということで校庭に無造作に集められていた。


 この熱中症で倒れる人が日に日にニュースで取り上げられる中で、何をやろうというのだろう。

 誰にもぶつけられない怒りを胸に沈める。

 こんな時には杵崎がいれば、あいつも俺と同じだから愚痴でも言えたのに、お腹を壊したとかで今はいなかった。


 そういった意味でも、周りが顔見知りと固まっていたりするのでキツイものがあった。


 とはいえ、人脈を広げなかった自分の所為ではあるのだが、杵崎早く帰ってこないだろうか。


「静かにしなさい、一度しか言わないからな?」


 沈黙を守っていた体育教師が声を張ると、話していた生徒たちは静かになった。


「これからちょっと体育祭に向けてやりたいことがある。そこで体育祭で同じ仲間になる一組と二組の二クラスに集まってもらい、これからの体育を二クラス合同でやっていこうと思っているんだが……まずはそうだな、悪いが男女で二人一組のペアを自由に作ってくれ。恥ずかしいとは思うが体育祭で勝つために練習は必要だ。協力すると思い、早くしてくれ。ちなみに俺は短気だから物分かりが悪いと授業態度をCにしたくなるんだ」


 悪びれた素振りなく淡々と脅迫めいたことを体育の教師は言った。


 周りの生徒たちからポツポツと反発の声が上がったが、その体育教師が手元に持つ手帳に『柴崎、古井っと……』と、何やら反発した生徒の名前を声に出しながら、ペンで手帳に何かを記入すると皆が黙った。


 実に分かりやすくて俺の好きなタイプの教師だが……

 今回ばかりは最悪だ。


 何故なら俺には数えるほどしか知り合いがいないからだ。


 とは言っても少なからず、俺みたいに知り合いのいない女生徒はいるかもしれない。

 俺は人脈は薄いが、接客業のバイトをしているので愛想良く振る舞うのは得意なので、うちのクラスではない、同じような余った女生徒の方にペアをお願いしよう。

 うちのクラスではないというのは、俺は普段クラスではどちらかというと陰キャなので、そんな奴がいきなり愛想よく話しかけてきたらうちのクラスの女生徒は気持ち悪がると思ったからだ。

 だが、隣のクラスの女生徒なら体育祭までの数回会うだけだから、その場限りだとしても、好意的に接すれば余程のことがない限り断られる事はないだろう。

 だって相手も組む人がいなくて困っているだらうから。



 なのに、どうして……

 周りの人たちはどんどん知ったような顔の人と組んでいくのだろうか。

 偶然か否か分からないが、「同じ部活で良かったよね!」と聞こえてきた。


 まずい、そろそろホントに俺以外の皆がペアを見つけて終わりそうだ。

 どうにかしないと……



 ふと、男子生徒の人だかりが出来てるところを見つけた。

 目を凝らして見ると、一際目立っている凛然とした女の子が佇んでいた。


「お願い、俺と組んでよ月待さん!」


「いいじゃん一回だけだから、後悔させないからさ!」


「いやいや、俺の方がそんなやつらより楽しいって!」


 新手のナンパのようなことをしている陽キャの真ん中で、困ったような顔をしている月待さんがいた。

 どうしよう……と言いたげな顔でオドオドしている。


 助けてあげたいが、俺は月待さんと違って知り合いが少ないから今は忙しいからごめん。

 ……とは言っても、あのままだと可哀想かもしれない。



 不意に、目が合った。


 月待さんは一度考えるようにゆっくりと目を閉じてからパチリと目を開けて、『うん』と頷いた。

 すると、俺に視線を向けたまま、パクパクと口を動かす。


 読唇術……だろうか、何となく月待さんの言っていることは理解できた。


 たぶん、


『一人なんですか?』と言っている。


 別に否定するようなこともないので頷く。


 何の確認だろうか?

 月待さんのことだから、厭味でそんなこと言わないだろうし……


 そんなことを考えていると。


 どうしてか月待さんは、周りの人たちに謝罪するような仕草をしてペコペコ頭を下げる。


 そして、

 ゆっくりとこちらに歩いてきた。



 思わず全身に鳥肌が立つ。


 いや、まずい。

 それは、まずいぞ。

 それはダメだ、月待さん。


 目と心の声で訴えるが、俺の気持ちに気がついていないのか、平然とした顔で人を掻き分けて真っ直ぐに歩いてくる。


 なんでついさっきの俺は気がつかなかったのだろう、こうなってしまうかもしれないということに。


 月待さんは、素直でとても優しい。

 故に、クラスでは浮いているからといって、困っている奴を放って置けるような子ではないのだ。


 けれど、今更気づいても手遅れだった。


 月待さんは、自然にピタリと俺の目の前で足を止めた。


 当然、周りの驚きの視線が一斉に集まって、ヒソヒソと何かを言う声が聞こえてきた。

 それが聞こえてないのか、気にしてないのか……


 月待さんは、家で話しかける声音の時と同じように言った。


「……私と組んでくれますか?」

読んでいただきありがとうございました。

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