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05 初めての二人の夜

 家に帰宅したところで問題が発生していた。


 それは、どのタイミングで月待さんに、先にシャワーを浴びてください、と言えばいいのかということだ。時間も遅いのもあり、早ければ早いに越したことはないのだが、どうも、そう簡単に切り出せる雰囲気ではない。


 俺も月待さんも、ある程度の距離を開けて正座をし、床をジッと見つめながら、緊張した面持ちで黙っていた。


「…………」


「…………」


 二人は傍から見れば、新婚夫婦同棲初日といったところだ。



 先に動いたのは、月待さんだった。

 徐に、持ってきた大きな手提げ鞄から、歯磨きセットが入った、透明の小さなビニールバッグを取り出した。


「……洗面台を借りてもいいですか?」


「自由に使って。それから他のことも、確認とかわざわざしなくて大丈夫だから」


「わかりました」


 一言お礼を言ってくれてから、立ち上がって洗面台へと向かっていった。


 俺も夕食後は歯を磨いているのだが、今洗面台に行くと、うちの洗面台は狭いから、密着した状態になってしまうので、シャワーの後に行くとしよう。




 月待さんは歯磨きを終えて戻って来た。


 鞄に歯磨きセットを入れる代わりに、英語の教科書とノートを取り出して、テーブルに広げた。


「……わ、私に遠慮せずに、先にシャワーを浴びてきてください……」


 月待さんの声音は緊張が混じっていた。


 とは言われても、女の子の前に男が入るのはどうなんだろう。


「月待さんが先に入りなよ」


「……私は数学の勉強が忙しいので」


 そう言いながら、英語の教科書を読んでいる。


 表情と声は平然とした態度を装っているが、月待さんも相当動揺しているのかもしれない。


 黙々と懸命に、気を紛らわせるかのようにノートに筆を走らせている。


 月待さんの気遣いを蔑ろにする訳にもいかないのと、ぼちぼち時間も遅くなってしまうので、先に入らさせていただくとしよう。


「失礼して、先に入らせてもらうね」


 数秒置いてから。


「……ごゆっくり、どうぞ……」


 月待さんは、震える声で小さく囁いた。


 ふと目が合う。


「……〜!」


 顔を凄い速さで真っ赤にして、教科書との睨めっこに戻った。


 俺は頬を掻きながら、そんな彼女を残して、着替えを持ち、風呂場に向かった。




 お風呂は月待さんのことも考えて、サッと済ませた。


 後はさりげなくこう、自然な流れで、次どうぞ、って言えば完璧だ。



 浴室を後にして居間に入る。


 寛いでいるのか、足を崩してゆっくりしていた。


 勉強は既に終わったのか、ノート類は片付けられている。




「遅くなってごめん」


「いえ」



 ……と。

 なんだ?



 月待さんが、まじまじと俺の髪とか顔を見つめてくる。


「変なところでもある?」


 ちゃんとお風呂場の方で、全部着てきたんだけど。


「……なんでもないです」


 妙に頬が赤い気もする。


 暑さにやられてしまったのだろうか?


 男の一人暮らしということもあって、暑ければ上は裸でいる生活をしていたけど、月待さんがこれからは居るから、クーラーを買うのも視野に入れなければならないかもしれない。勿論、そんなことにお金は使いたくないのだけど、今年の暑さは四十度を超えるらしいので、熱中症にでもなられたら大変だ。


「次どうぞ」


 よし、さりげなく自然に言えた。


「……あ、はい。ありがとうございます……」


 月待さんはそう言って、準備していたらしい着替えやタオルを手に持ち、入れ替わるように、風呂場へと向かった。


 月待さんが横を通り過ぎる時、顔も僅かに赤くなっているように見えた。


 これは真面目にクーラーを、検討しなければいけないな。




 月待さんがお風呂に入っている間、俺は部屋で正座して待っているのも変に思われて怪しまれそうなので、先ほどの月待さんの真似をして、平静を装って宿題に勤しむことにした。


 宿題であるプリントをテーブルに置いた。


 勉強を始めてみたら案外集中できるもので、結構捗り、あと少しで宿題が終わりそうな勢いだ。


 暫くして。


 月待さんがシャワーを終えてやってきた。




「……ありがとうございました。スッキリしました……」


 夏の暑さに汗をかいていた事を気持ち悪くでも思っていたのか、シャワーを浴びる前よりも、清々しい顔をしている。


「……岡崎くん、勉強してたんですか?」


 ノートを覗き込んでくる。


「……岡崎くん?」


「えっ…………ああ、明日の宿題が終わってなくて」


「そうですか」


 いやそんな事よりも、びっくりした。


 まず第一に、月待さんの服装だ。先ほどまでの制服だけでもかなり目に毒だったのに、先ほどよりも露出の多い、ラフな半袖のシャツと半ズボンだけでいる。故に、制服のシャツでは隠されていた白い腕と脚、太ももが露わになっている。


 第二に、何というか、凄い色っぽい気がする。乾ききっていない髪が艶やかで、シャワー後の月待さんの表情は、とろんと溶けてるようで大人っぽく見えた。


 そして最後に匂いだ。こう言うと変態っぽいが、女性特有の匂いなのだろうか?……月待さんがやってきた瞬間に部屋にいい香りがした。


 そんな俺の胸の内も知らず。

 さらに、自分の今の風貌よりも俺の宿題が気になったのか、無防備に隣に腰を下ろしてくる。


「何か手伝えるかもしれません。分からないことがあったら聞いてください……」


 月待さんは楽な感じに体育座りをして、膝を枕のようにして頭を乗せて、整った横顔をこちらに向けてきて、遠慮がちにも自信満々に言った。


 そういえば月待さんは、学校の全国模試でも、かなり上の順位を取っていると聞いたことがあった。


「……私なんかでよければ、教えますから」


 優しい表情で、はにかんだ笑みを浮かべて言った。


 不覚にもドキッとしてしまった。


 月待さんは俺の手元に視線をやりながら、まだ乾ききってない髪を、上品な所作で耳の上に搔き上げる。


「……岡崎くん?」


 落ち着いた声で、不思議そうに目を丸くしている。


 口許は、お風呂上がりで雅に潤っていて……



 ……集中、集中。


 それからしばらくの時間、俺は月待さんに勉強を教えてもらった。


「やっと、全部終わった」


 はぁ、とため息をつく。


「お疲れ様です」


「これも月待さんのおかげだよ。教えるの上手くてびっくりした」


「……ありがとうございます。こう見えても、お友達に勉強を教えることはよくあるので、得意なんです」


「凄いなー。俺なんか平均点を取るのも精一杯なのに……」


「……そんなことないですよ?私も岡崎くんの呑み込みが早くて楽に教えられましたから。多分ですけど、もっと勉強時間を増やせば確実に点数は伸びると思いますよ」


 絶対です、と笑ってくれた。


「ありがとう」


「……いいえ、こちらこそ。また何か分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね」


 月待さんは不思議な人だ。

 学校では、色々な目立つ人たちと関わっているのに、俺にこんな親切に勉強を教えてくれるなんて。


 それに彼女の笑顔を見ていると、なんだか凄く気を許してしまうような、朗らかな気持ちになった。


 話をする時にきっかけはまだ必要だけど、気軽に話をできるようになったのは、大きな進歩かもしれない。




「そろそろ寝ようか」


「……そうですね」


 部屋の壁時計を確認すると、時刻は零時を少し過ぎていた。


 思ったよりも、勉強に付き合わせてしまっていたらしい。


「付き合わせてごめん」


「大丈夫です。私も予習になりましたから……」


 ちょっとの皮肉くらいは言ってもらえるくらいに、仲良くなりたいと思った。


 敷布団と掛け布団なのだが、事前に大家さんが前日に持ってきてくれていたから、布団袋に入った状態で、襖に入っていた。なので、月待さんの布団の心配もない。


 部屋の真ん中あたりにあるテーブルを、隅に置く。


 これなら余裕で、二人分の布団が敷けるだろう。


 とはいえ、俺と月待さんは年頃の男女だから、距離を開けて、それぞれが壁の近くに布団を敷いた。


「電気消していい?」


「はい」


 俺も、月待さんも布団に入って横になった。


 カチ、カチ、カチ、カチ。

 閑静とした場に、時計の秒針が進む音だけが響く。


 隣には人の気配。


 なんだか変な気分だ。

 今まで一人で寝ていたのに、隣に人がいるなんて。

 しかもそれが、あのクラスで美少女と言われている月待さんだなんて、未だに信じられない。


 でも、ちらっと横を見てみると、月待さんがそこにいるのが当たり前かのように存在していて。


 ポーッとした表情で、天井を見つめていた。


 やっぱり、まだ不安なのだろうか。


「寝れない?」


「……岡崎くん」


 このシュチュエーションで話しかけられたことが恥ずかしいのか、掛け布団に隠れるようにして半分だけ顔を出し、暗い中でも分かる蒼い瞳をパチパチと瞬きした。


 まるで、小動物みたいだ。


「……どうしました?」


「うん。なんだか寝れなくて……」


 月待さんは私も……と消え入るような声を出してから言った。


「……私もです。隣に岡崎くんがいるのが不思議だなー、と思うと寝れなくて……」


「……そうだよね、やっぱり。俺もそうなんだ。隣に月待さんがいるのが不思議で、変な夢でも見てるみたいだよ」


 ジッと見つめ合ってから。


 二人して顔を合わせて、くすりと笑った。


「良かったです」


 唐突に月待さんが言った。


「え?」


「……実は私、こう見えて人見知りなので、最初、岡崎くんと住むことになるってなった時、正直怖かったんです」


「人見知りって、学校ではそうは見えないけど……」


「…………本当は人見知りなんです。なので、岡崎くんクラスではあまり喋ったところを見たことがなかったので、怖かったらどうしようかなって思ってたんですけど、大家さんの言っていた通りに、本当は良い人だって分かって安心しました」


「良い人って、大袈裟だよ……」


 見つめられているのが、なんだか耐えられなくて、月待さんに背中を向けるように寝返りを打った。


「……また、明日も頑張りましょうね」


 凛とした声で、月待さんは囁いた。


「……おやすみなさいです、岡崎くん」


「……おやすみ、月待さん」


 こうして、俺と月待さんの初めての夜は終わった。

読んでいただかありがとうございました。

ブックマーク、評価をしていただけますと、励みになり執筆が進みます。


沢山の人が見てくれているのが、とても嬉しいです。

ただ、凡人の中の凡人なので、自分の力量以上は出せないので、せめて自分の最大限の力は出せるように頑張りたいと思います。

(○´―`)ゞビシッ

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