04 ラーメン好きな女子は多いらしい
「近くに小さなラーメン屋さんがあるんだけど、そこでいい?」
こくりと頷いてくれた。
二人で夕食について話し合った結果、この家から徒歩五分ほどで行ける、こじんまりとした小さなラーメン屋に行くことにした。駅前のファミレスが最終選考のもう一つだったが、知り合いがいる可能性が高い、ということで却下になった。
「フードは被らなくていいの?」
「……いいです。たぶん知り合いの人はいないと思いますし……」
月待さんは、身に付けていたフードを綺麗に畳んで、部屋の隅に置いた。
おそらく気を遣ってくれたのだろう。
正直、こってりしたラーメンを好きだという女子高生は少ないだろう。
本音を言えば、ファミレスに行きたかったと思うが、そうなると、駅前のファミレスはうちの学校の生徒が多いから、フードを被って行かないとかなりの可能性でバレてしまう。月待さんは、俺の学年に留まらない人気だから、こちらが知らない人に見られても、まずい危険性がある。故に、ファミレスに行くのなら、月待さんはフードを被ることになる。
しかし、フードを被るということは、俺と一緒に居る所を見られたくない、ということだ。月待さんはそれを嫌ったのだ。
「……行きましょうか」
そう言って、月待さんは立ち上がった。
さっきまでフードを被っていたせいだろう。女子高生らしい制服に身を包んだ彼女は、俺でも分かるくらいに美少女だった。
ジャージも脱いだのか。
俺は座っているので、視線の先に白い素足が映る。白くて、綺麗な肌をしていた。
制服も凄く似合っていて、性格を抜きにした可愛いって言うのは、ああ……こういうことなのか。と、深く理解した。
ハッと、気がついて視線を上げた。
「……~!」
仄かに目の下を赤くして、口を紡ぎ、言葉にならない叫びを叫んでいる。
ジッと、刺すような視線が痛い。
「ごめん、遠くから見ていた月待さんが近くにいて、なんていうか、綺麗で見惚れてた……」
いくらそれが事実とはいえ、彼女は今日から俺と、男と、暮らしていくんだ。だというのに、幸先から、卑猥な視線を向けられたら嫌な気持ちだろう。
心から謝罪し、土下座した。
「……今回だけは、許してあげます。頭を上げてください」
嘆息をついて、顔を上げた。
顔を伺おうと思っていると、俺に背中を向けるようにして立っていた。
耳が赤くなっていた気がした。
☆☆☆
ラーメン屋へ行く途中。
学校の生徒がいたら、すぐにでも他人のフリをするようにと、警戒しながら出掛けたが、目的地へ行くまでに、それらしい人に会うことはなかった。
到着すると、そこは思っていた通りに、外から見ても空席が目立った。
さらに、このラーメン屋さんは、狭い路地の入り組んだ場所にあるから、通な人しか来ない。
中に入ると、お客さんが自分達だけであることが分かった。
「……空いてる。混んでなくて良かったです」
「うん、適当に座ろうか」
「……そうですね」
外から見える、オープンな席に座るのは躊躇われたので、カウンターの席に二人並んで座る事にした。
月待さんが先に座ったので、俺は気を遣って一つ間を開けて、腰を下ろした。
「……気を遣ってくれなくても、そのくらいなら大丈夫ですよ」
「そっか」
突っ込まれてしまったので、仕方なく彼女の横に腰を下ろした。
真隣に座らなかった理由、いや、座れなかった理由……。実は、今気がついたのだが、俺はどうやら、制服を着た女性という存在に、とても馴れていないらしい。
特にこのラーメン屋は危険だ。
席と席の間隔が狭いから、ちょっと肘を動かすと月待さんに当たってしまう。
僅かに、左に座る彼女から離れるべく、右寄りに座った。
「岡崎くんは何にします?」
俺が一人で葛藤していると、一人でメニューと睨めっこをしていた。
「俺は普通に醤油ラーメンにしようかな」
「醤油ですか。好きなんですか?」
「好きっていえば好きだよ。ただ、消去法かな。ラーメンに言うのもあれだけど、味噌とか濃いのは身体に悪そうだし、塩は単純に味が苦手なんだ」
「身体に……悪い」
言い方に配慮が足りなかったのだろうか、月待さんはメニューの味噌ラーメンを凝視していた。
五分ほど深く思案した結果。
「……私は味噌ラーメンにします」
恥ずかしそうに、顔をメニューで隠して呟いた。
どうやら、月待さんは普通に味噌ラーメンが好きだったようだ。
しばらくして、ラーメンが運ばれてきた。
こってりとしたドギツイ油がスープに浮かび、刻まれている円のネギが沢山入っていて、失礼しますという感じで海苔が添えられていて、若干薄いのが憎くも嬉しい肉があって、我が主役と言うばかりの黄金の卵黄がその存在感を主張していた。
さらに芳しいスープの匂いが、とどめを刺してきた。
これは……
晩御飯が少し遅くなってしまった、食べ盛りの俺たちには食欲をそそりすぎる。
月待さんも、涎が垂れそうな勢いで、ラーメンに魅入っている。俺がいなかったら、食べ方や、年頃の女子だということなど気にしないで、口に掻きこみ、啜りまくる勢いだ。
「……美味しそう……」
ごくりと喉を鳴らしている。
「……っ!」
やっと我に返ったらしく、俺の方を見た。
そして、顔を真っ赤にして、静かに前を向いた。
「い、いただきます……」
月待さんは手を合わせると、割り箸で麺をいきなり掬い上げ、ふぅーふぅーと、潤った唇から息を吹きかけると、勢いよく口へと運ぶ。
俺がいるから気を遣っているのかしれないが、おしとやかに、静かに食べている。
麺を含み、咀嚼し、ごくりと嚥下させると……
「幸せです……」
そう言って、学校では見た事にないような、幸せそうな顔で頬に手を当てた。
今思い出したが、ファミレスかラーメンに決めるかの話し合いで……
『……駅前は人が多いので、知っている人に見られるかもしれません』
『……牛丼屋さんは学生が多いと思います』
『……定食屋さんは友達の家が近かった気がします』
あれは本当は、ラーメンが食べたかっただけかもしれない。
「…………」
そしてまた、我に返り俺を見た。
今度ばかりは、ごまかしが効かないと分かっているのか、俺の反応を待っている。
「…………」
「…………」
見つめ合って、十五秒後。
俺は自分のラーメンに向かって、手を合わせた。
いや、普通にお腹減っていたし。
「いただきます……」
月待さんは、なに不自然なく食べ始めた俺を、何か言いたげに見ていたが。
しばらくして、彼女も自分のラーメンに向き直り、食事を再開した。
その後は、黙々と食べるだけで、二人に会話はなかった。
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