表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

04 ラーメン好きな女子は多いらしい

「近くに小さなラーメン屋さんがあるんだけど、そこでいい?」


 こくりと頷いてくれた。


 二人で夕食について話し合った結果、この家から徒歩五分ほどで行ける、こじんまりとした小さなラーメン屋に行くことにした。駅前のファミレスが最終選考のもう一つだったが、知り合いがいる可能性が高い、ということで却下になった。


「フードは被らなくていいの?」


「……いいです。たぶん知り合いの人はいないと思いますし……」


 月待さんは、身に付けていたフードを綺麗に畳んで、部屋の隅に置いた。


 おそらく気を遣ってくれたのだろう。

 正直、こってりしたラーメンを好きだという女子高生は少ないだろう。

 本音を言えば、ファミレスに行きたかったと思うが、そうなると、駅前のファミレスはうちの学校の生徒が多いから、フードを被って行かないとかなりの可能性でバレてしまう。月待さんは、俺の学年に留まらない人気だから、こちらが知らない人に見られても、まずい危険性がある。故に、ファミレスに行くのなら、月待さんはフードを被ることになる。

 しかし、フードを被るということは、俺と一緒に居る所を見られたくない、ということだ。月待さんはそれを嫌ったのだ。


「……行きましょうか」


 そう言って、月待さんは立ち上がった。

 さっきまでフードを被っていたせいだろう。女子高生らしい制服に身を包んだ彼女は、俺でも分かるくらいに美少女だった。


 ジャージも脱いだのか。

 俺は座っているので、視線の先に白い素足が映る。白くて、綺麗な肌をしていた。

 制服も凄く似合っていて、性格を抜きにした可愛いって言うのは、ああ……こういうことなのか。と、深く理解した。


 ハッと、気がついて視線を上げた。


「……~!」


 仄かに目の下を赤くして、口を紡ぎ、言葉にならない叫びを叫んでいる。

 ジッと、刺すような視線が痛い。


「ごめん、遠くから見ていた月待さんが近くにいて、なんていうか、綺麗で見惚れてた……」


 いくらそれが事実とはいえ、彼女は今日から俺と、男と、暮らしていくんだ。だというのに、幸先から、卑猥な視線を向けられたら嫌な気持ちだろう。


 心から謝罪し、土下座した。


「……今回だけは、許してあげます。頭を上げてください」


 嘆息をついて、顔を上げた。

 顔を伺おうと思っていると、俺に背中を向けるようにして立っていた。


 耳が赤くなっていた気がした。


 ☆☆☆


 ラーメン屋へ行く途中。

 学校の生徒がいたら、すぐにでも他人のフリをするようにと、警戒しながら出掛けたが、目的地へ行くまでに、それらしい人に会うことはなかった。


 到着すると、そこは思っていた通りに、外から見ても空席が目立った。

 さらに、このラーメン屋さんは、狭い路地の入り組んだ場所にあるから、通な人しか来ない。


 中に入ると、お客さんが自分達だけであることが分かった。


「……空いてる。混んでなくて良かったです」


「うん、適当に座ろうか」


「……そうですね」


 外から見える、オープンな席に座るのは躊躇われたので、カウンターの席に二人並んで座る事にした。

 月待さんが先に座ったので、俺は気を遣って一つ間を開けて、腰を下ろした。


「……気を遣ってくれなくても、そのくらいなら大丈夫ですよ」


「そっか」


 突っ込まれてしまったので、仕方なく彼女の横に腰を下ろした。

 真隣に座らなかった理由、いや、座れなかった理由……。実は、今気がついたのだが、俺はどうやら、制服を着た女性という存在に、とても馴れていないらしい。


 特にこのラーメン屋は危険だ。

 席と席の間隔が狭いから、ちょっと肘を動かすと月待さんに当たってしまう。


 僅かに、左に座る彼女から離れるべく、右寄りに座った。


「岡崎くんは何にします?」


 俺が一人で葛藤していると、一人でメニューと睨めっこをしていた。


「俺は普通に醤油ラーメンにしようかな」


「醤油ですか。好きなんですか?」


「好きっていえば好きだよ。ただ、消去法かな。ラーメンに言うのもあれだけど、味噌とか濃いのは身体に悪そうだし、塩は単純に味が苦手なんだ」


「身体に……悪い」


 言い方に配慮が足りなかったのだろうか、月待さんはメニューの味噌ラーメンを凝視していた。


 五分ほど深く思案した結果。


「……私は味噌ラーメンにします」


 恥ずかしそうに、顔をメニューで隠して呟いた。

 どうやら、月待さんは普通に味噌ラーメンが好きだったようだ。


 しばらくして、ラーメンが運ばれてきた。


 こってりとしたドギツイ油がスープに浮かび、刻まれている円のネギが沢山入っていて、失礼しますという感じで海苔が添えられていて、若干薄いのが憎くも嬉しい肉があって、我が主役と言うばかりの黄金の卵黄がその存在感を主張していた。

 さらに芳しいスープの匂いが、とどめを刺してきた。


 これは……

 晩御飯が少し遅くなってしまった、食べ盛りの俺たちには食欲をそそりすぎる。


 月待さんも、涎が垂れそうな勢いで、ラーメンに魅入っている。俺がいなかったら、食べ方や、年頃の女子だということなど気にしないで、口に掻きこみ、啜りまくる勢いだ。


「……美味しそう……」


 ごくりと喉を鳴らしている。


「……っ!」


 やっと我に返ったらしく、俺の方を見た。

 そして、顔を真っ赤にして、静かに前を向いた。


「い、いただきます……」


 月待さんは手を合わせると、割り箸で麺をいきなり掬い上げ、ふぅーふぅーと、潤った唇から息を吹きかけると、勢いよく口へと運ぶ。


 俺がいるから気を遣っているのかしれないが、おしとやかに、静かに食べている。

 麺を含み、咀嚼し、ごくりと嚥下させると……


「幸せです……」


 そう言って、学校では見た事にないような、幸せそうな顔で頬に手を当てた。


 今思い出したが、ファミレスかラーメンに決めるかの話し合いで……


『……駅前は人が多いので、知っている人に見られるかもしれません』


『……牛丼屋さんは学生が多いと思います』


『……定食屋さんは友達の家が近かった気がします』


 あれは本当は、ラーメンが食べたかっただけかもしれない。


「…………」


 そしてまた、我に返り俺を見た。

 今度ばかりは、ごまかしが効かないと分かっているのか、俺の反応を待っている。


「…………」

「…………」


 見つめ合って、十五秒後。


 俺は自分のラーメンに向かって、手を合わせた。

 いや、普通にお腹減っていたし。


「いただきます……」


 月待さんは、なに不自然なく食べ始めた俺を、何か言いたげに見ていたが。

 しばらくして、彼女も自分のラーメンに向き直り、食事を再開した。


 その後は、黙々と食べるだけで、二人に会話はなかった。


読んでいただきありがとうございました。

続きが気になる方は、ブックマーク、ページの下部から評価をして貰えると、励みになり、執筆が進みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ