02 初めての笑顔
驚いた、本当に驚いた、まさかフードの中から女の子が出てくると思わなかった。しかも、クラスメイトの月待さんが出てくるとは、思いもしなかった。
「……驚かせてすみません」
水色の蒼いキラキラした瞳が見てくる。
「……あの、聞いていますか。私の話……」
俺が返事をしないでいると、月待さんは、俺の視界の前で手をぶんぶんと振った。
「すみません。聞いてます」
ちょっと、びっくりしただけである。
「学校のクラスメイトの、月待美桜さんですよね?」
俺の声に反応して、月待さんは瞬きをした。
「……はい、けど意外です。岡崎くん、いつも私たちのグループを敬遠しているようでしたから、顔も覚えてもらえてないと、思ってました」
月待さんは、平然と言った。
「そんなことないですよ」
「……そうですか」
でも、月待さんのグループを敬遠しているのは本当です、ということは、口には出さないで飲み込んでおいた。
自己紹介が済んだらしく、月待さんは座り直し、正座に戻った。男と二人でいるせいか、強張った表情をし、身を小さくしている。
こういう時は、どういう気の遣い方をすればいいんだろうか。お互いに、初対面みたいなものだから、なかなか話もし難い。
「そうだ。飲み物とか、飲みますか?」
お茶を淹れに行こうと立ちあがる。
すると、月待さんは、びくっ!と、座ったままの状態で、器用に跳ねた。さすがにそこまで警戒されると傷つく。
「……お、お願いします」
部屋の端にあった、冷蔵庫を開けた。一瞬、大きなペットボトルのジュースを、コップに淹れて、渡して上げようと思ったが、普段俺の使用しているコップを使うのは、嫌がられそうなのでやめておいた。無難に、たまたま買い置きしておいた、小さなペットボトルを渡す。
「どうぞ」
「……っえと、いえ……ありがとうございます……」
どうしたんだろう。
一度、ペットボトルを受け取るのを、躊躇していたような。
「安心してください、すぐそこのスーパーで買ってきた新品ですから。毒なんか、入ってないです」
「……いえ、そういう訳ではなくて、ですね」
では、どういう訳なんだろう?と眺める。
すると、それを、味を飲んだ感想を教えて欲しい、と勘違いしたのか、キャップを開けて飲んで見せてくれた。
「……っ―!」
しかしなんだろう、炭酸を飲んでいるだけなのに、顔を真っ赤にしながら、プルプル震えている。
それから飲み終えると、はあはあ、と小さく吐息を吐いてから、口を手で抑えた。
「炭酸が苦手だとは思わなかったので……」
謝罪の意味を込めて、ペコリとお辞儀をする。が、彼女はギューっと目を閉じて、何かを我慢するように、ぷくぅーと膨らんだ口を、空気が出ないように、手で抑えていた。
ああ、なるほど。そういうことか。俺は、ことが済むまで、待っていることにした。
「……っひく」
途中、可愛らしい音が、静かな部屋に鳴った。
しばらくの沈黙後に、月待さんは言った。
「……美味しかったです」
「そうですか、良かったです」
俺は笑顔で言った。
「……本題に入りましょうか」
彼女はなかったことにしたいのか、凛とした声を張った。
俺も一人の男なので、黙って頷いた。
「……あ、それと、ため口でいいですよ」
過程はどうであれ、少し気を許してくれたみたいだ。
「そう?ありがとう。月待さんも、ため口でいいよ。同級生だし」
「……私は自然体なので、気にしないでください」
そういえば、月待さんが学校で、ため口でしゃべっているところは、見た事がなかった。
「俺の方から、質問してもいいかな」
「……どうぞ」
「なんで、いつもフードを被っていたんだ?」
「……フードを被っていたのは、性別が女だとバレない為です」
なるほど。
「じゃあ、なんで、男子しかいないはずなのに、月待がこのアパートにいるんだ?」
俺が聞くと、月待さんは言いにくそうに眉を顰めてから言った。
「……このアパートに住まわせてもらっているのは、大家さんの、了解と、ご厚意のもとです」
大家さんの了解か……
あの叔母さん、だからはぐらかすように、一階さんについて、ちゃんと説明してくれなかったのか。
「フードを被っていた理由は、何となく察しがつくけど。どうして月待さんは、このアパートに住んでいるんだ?一人暮らしをするなら、もっといい物件は沢山あったと思うけど……」
「……言わなくては、ダメでしょうか」
重い理由でもあるのか、辛そうな表情をしている。
「いや、嫌ならいいや。無理に聞くようなことじゃないし」
彼女は少し考えてから言った。
「いえ、やっぱり簡単に説明しますね。これから一緒に住むことになるので……」
「ありがとう」
一緒に住む、という実感は未だに湧かない。
「……理由なんですけど。私、実は最近両親が亡くなってしまって、それで安いアパートを探していたら、ここが見つかりまして……」
それ以上は語らなかった、いや、語れないのか口を紡いでしまった。
最近と、彼女は言った。
まだ、心の整理が出来ていないんだろう。
「そっか」
月待さんにも月待さんなりの抱えている物があるらしい。
「あの……私、ここを追い出されたら、行くあてがなくて……黙っていてもらえますか?」
懇願するような眼差しを向けてくる。
不覚にも、そのウルウルした上目遣いに、ドキッとしてしまう。
「安心して。俺もここを追い出されたら、行くところないから……それに、俺も両親、二人ともいないから」
「……そうなんですね」
親がいない、という共通点に親しみを感じたのか、月待さんは俺を見つめてきた。
まあ、何にせよ、月待さんが寝泊まりセット?を、持ってきているのだから、しばらくは本当に一緒に住むことにはなりそうだ。
「挨拶が遅れて、ごめん。これからよろしく、月待さん」
床に指をついて、頭を下げる。
「いえ、こちらこそよろしくお願いしますね。岡崎くん」
彼女も、同じように頭を下げた。
俺たちの始まりは、ぎこちない挨拶だった。
それから顔を上げると、月待さんは、くすりと微笑んだ。
「これ新婚さんの挨拶みたいですねっ」
勿論、彼女に他意はない。
月待さんの初めての笑顔。
それが、とても可愛くて……
俺は彼女を直視できないので、そっぽを向いた。
あと、くん付けで呼ぶのはやめて欲しいものだ。
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