17 襲来、来襲
雨音が心地よい。
こんな日は、家から出ずにカタツムリになるに限る。
「お茶を淹れてきますね」
「ありがとう」
月待さんは、軽い足取りでキッチンへと向かった。
まだ同居をしてから数日足らずだというのに、ある程度の物の位置を知っている自然体な月待さんを見るだけで、ずっと前から月待さんと暮らしていた錯覚さえする。
それくらいに、月待さんとの生活は平穏であった。
「……明日も学校かあ」
「……ふふ、日曜日くらいは学校のことは忘れましょう」
キッチンの方から苦笑いが聞こえてきた。
今日は日曜日。
学校が休みなので、俺と月待さんはゆっくりしていた。
そこへ――
ピンポーン。
という甲高い音が鳴った。
さらに、風を入れる為に開けていた廊下側の窓から声が聞こえてきた。
「ごめんくださーい」
凛とした、高い女の子の声。
聞き慣れた、一つ歳下の女の子の声。
その声を聞いて、思わず反射的に立ち上がってしまう。
タッタッタと、月待さんもキッチンから駆けてきた。
ことの事態を理解してくれているらしく、あたふたとしている。
「ど、どうしましょう……岡崎くん」
「とりあえず、ごめん、襖かベッドの下に隠れておいて……!」
そう言って、俺は急いで玄関へと向かった。
少し待たせてしまったら、変に勘ぐられると思ったからである。
とはいえこの時の俺は、どうして居留守を使うという手を思いつかなかったのだろうと後で後悔した。
「せんぱーい?」
玄関につくと、コンコンコンとドアをノックしながら、朝川ちゃんが俺の名前を呼んでいた。
「あれ、おっかしいなあ……ここだと思ったんだけど」
ガチャガチャと、ノブが回されている。
ちょっと、怖い。
「……待って、今開けるから!」
ドアを開ける前に、月待さんの靴を靴箱の中に隠した。
玄関に月待さんの私物がないことを確認してドアを開けた。
「こんにちは、先輩♪」
そこには満面の笑みをした、朝川ちゃんが立っていた。
ていうか、休日にもこの子は、普段から学校の制服を着ているのだろうか。
「うん」
俺の返事を聞くと、朝川ちゃんは嬉しそうに笑って部屋に上がろうと、靴を脱ごうとする。
待て、色々おかしいが、とりあえずは一つ一つ聞いていこう。
「朝川ちゃん、こんなお休みの日にどうしたの?」
部屋に上がるのを制止するように、朝川ちゃんの前に立ちふさがって言った。
我ながら無難で、且つ、この状況で至極真っ当な質問である。
なのに朝川ちゃんは、俺の質問が変だとでもいうように、ほへ? ……と首を傾げた。
「休日に、後輩が先輩の家に遊びに来るのはおかしいでしょうか?」
目をジッと見据えて来ながら、覗き込むようにしてくる。
綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
「いや、おかしくはないけど……」
おかしくはないけど、朝川ちゃんは女の子だから、女の子が男の家に遊びに来るのはおかしい気がする。
「じゃ、上がって良いですね!」
「ちょっと待って!」
俺の話を聞かないで、グングンと部屋に向かおうとするので、そうはさせないと腕を掴んだ。
この先に行かせる訳にはいかない。だって、先には二つのベッドがあるんだ。
月待さんが上手く隠れていたとしても、誰かと同棲していると思われたら、それで終わりなのである。
朝川ちゃんは、捕まれている自分の腕を見て、顔を赤らめると、ブンブンと腕を振った。
「は、離してください……!」
「ごめん……」
朝川ちゃんの腕を解放する。
「気安く女の子に触れないようにしてくださいね。女の子は繊細なんですから……」
「ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだ」
「もう、なんですか……? そんなに部屋に上がらせたくないなんて。まさか先輩、女の人でも連れ込んでたりして……」
にしし、と笑いながら鋭いことを聞いてくる。
どう答えるべきか。
別に連れ込んではいない。一緒に住んでいるだけだ。
ここは嘘にはならないし、違うよと言っておくとしよう。
「違う……よ?」
しかし、気づいたら朝川ちゃんの姿は視界内にはなかった。
「隙あり……!」
しまった。
ちょっと油断したら、急に朝川ちゃんが身を屈めてダッシュした。
先を行く朝川ちゃんの腕を掴もうとしたが、上手く避けられてしまった。
「鬼ごっこは得意なんです! ……と、先輩の部屋に到着到着―……」
奥の部屋から朝川ちゃんの声が聞こえる。
そして。
「こ、これは!? あ、ああーーーーーーーー!」
朝川ちゃんの大きな叫び声が響いた。
月待さんが見つかってしまったのだろうか!?
俺は慌てて部屋に向かった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。m(__)m
また次回も見て頂けたら嬉しいです。
 




