16 妹ポジション羨ましいです
岡崎は月待さんより早く帰宅する。
月待さんは放課後に友達と談笑をしてから帰ることが多いからである。
また、なるべく二人の帰宅する時間が被らないようにしているからでもあった。
先に家に到着した岡崎は制服からラフな格好に着替える。
チラリと視線を月待さんの部屋サイドに向ければ、月待さんの部屋着が折りたたまれていたりする。
本人がいない時にそういう物を見るのはいけないと思ったので、岡崎は月待さんが帰ってくるまで今日の授業の予習をしておくことにした。
動かしていたペンを置いて、背中から倒れて天井を見上げた。
「それにしても面倒なことになったな……」
岡崎には可愛い後輩がいる。
可愛いというのは言葉通りの意味もあるが、バイト先での大切な後輩という意味の方が大きい気がした。
とにかくなんだか知らない間に、朝川ちゃんと付き合っているという噂が学校中に流れていた。
「おかしいなあ……」
そうなってしまう原因が分からない。
常日頃から月待さんもそうだけど、朝川ちゃんにもそういう噂が流れないように俺は慎重に行動している。
一体どの行動が朝川ちゃんと付き合っているなどと思わせたのだろう。
「もしかして、お昼ご飯を朝川ちゃんと食べたからか……?」
あの時はタダでご飯が食べられると思っていたから正直油断していた。
しかしよくよく考えてみれば、朝川ちゃんみたいな可愛い子と二人でランチをしていたのはよくなかったかもしれない。
「あの時欲を出していなかったら朝川ちゃんに変な噂も流れてなかったのか……」
頭を抱えてダンゴムシのように丸まる。
今頃後悔しても遅いのだが、あれが原因なのは確実だろう。他に思い当たらないし。
きっと今頃朝川ちゃんは、「岡崎先輩と付き合ってる? ……私が先輩と付き合う訳ないじゃん。ああいう人タイプじゃないし。だって私は〇〇先輩が好きだし。マジ最悪」とか言っているに違いない。
胃がどんどん痛くなってきた。
とりあえず、噂が落ち着くまでは学校で朝川ちゃんと顔を合わせることになっても極力他人のフリをするとしよう。
朝川ちゃんに好きな人がいたら、その人が俺と朝川ちゃんが付き合っていると誤解してしまうかもしれないから。
悩んでいると、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
どうやら月待さんが帰ってきたらしい。
スッと立ち上がって玄関に向かった。
「おかえり」
「……た、ただいまです」
玄関のドアを開けると、両手を前にして鞄を持っている月待さんがいた。
月待さんは当たり前の挨拶にぎこちなく返答した。
心なしか頬も赤く見えた。
二人で部屋に移動する。
「カーテンを閉めてもいいでしょうか?」
「え?」
「……着替えたいので」
消え入るような声で蒼色の綺麗な瞳を揺らがせて言った。
学校から帰ったので、ゆっくりできる楽な格好に着替えたいのだろう。
特に否定する必要もないので頷いた。
「…………んっ……と…………」
シュッというスカートを脱ぐ音。
パサッとスカートが床に落ちる音。
パチパチとボタンを外す音。
聞こうとしてもないのに、聞きたくない音が鮮明に聞こえてきてしまい自然と月待さんの
今の姿を想像してしまう。
制服を脱いだという事は下着しか付けていないはずで……
「……岡崎くん」
「な、なに!?」
変なことを考えていたので、過剰に反応してしまった。
けれども仕方ないことではないか?
学年でも有名な美少女がすぐ隣で着替えているのだ。
唐突に名前を呼ばれたらビックリもする。
「……?」
俺の裏返った声を聞いてから月待さんはしばらく沈黙した。
その間に何を考えられていたかは分からない。
せめて引かれていないことを祈るしかない。
そうして額に汗を滲ませていると月待さんが口を開いた。
「あの……聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「聞きたいこと? ……別にいいけど」
少し驚いた。
月待さんは基本的に自分を出さないで人を優先する人なので、こうして質問してくることが珍しいことだから。
「私の気のせいだったら申し訳ないんですけど。ちょっと学校の方で耳にしたことがありまして。友達から偶々聞いた話で小耳に挟んだだけなんですけど。岡崎くんは……その。朝川さんという下級生の子と付き合っているのですか?」
カーテン越しで月待さんがどんな顔をしているのか分からないけど、いつにも増して声に元気がないように聞こえた。
「付き合ってないよ! ……っていうかやっぱり、二年生の間にも噂は広がっていたんだ……」
学校中に広がっていると知り合いから聞いていたのだが、まさか二年のうちのクラスにまで広がっているなんて。
それほど朝川ちゃんは皆の目を引くということか。
「……付き合っては……ないんですね」
「え? ……うん。付き合ってはないよ」
俺と朝川ちゃんが付き合っている訳がない。
確かに朝川ちゃんは人当たりが良くて可愛い子だけど、親密にしてくれているのは単に俺をからかいたいだけだと思うし。
ただ単にアルバイト先が一緒で仲良くなっただけなのだ。
「……朝川さんって百円均一にいた女の子ですよね?」
「そっか。月待さんは朝川ちゃんを一度見た事があったね」
先日、カーテンなどの買い出しを月待さんとしている時に偶然居合わせたのが朝川ちゃんであった。
しかしそれがどうしたんだろう?
「……可愛い子でしたね。付き合いたいとか……思わないんですか?」
偉くグイグイ聞いてくる。
女子は恋バナにはうるさいイメージはあるけど、月待さんもそういうのに興味があったのか。
「付き合う……か。全然そういう感じじゃないかな」
「そうなんですか?」
耳元から声が聞こえた。
振り向くと、屈むようにしている月待さんの顔が俺の耳元にありジッとこちらを見据えていた。
可愛らしい月待さんが、真ん丸な宝石でまじまじと覗き込んでくる。
顔の近さについドキドキしてしまった。
いつの間に着替え終わったのだろう。
まだ夏の残暑もあるので月待さんは学校のジャージに身を包んでいた。
半袖半ズボンは白い肌が露わになっていて目に毒だ。
慌てて月待さんから目を背けた。
「……二人っきりで街中で話していたり、二人っきりで学校でお昼ご飯を食べたとお友達から聞いたので、てっきりそういう関係だと思ったのですが……」
「違うよ。月待さんが誰に何を聞いたか知らないけど俺が朝川ちゃんと付き合うとかはないんじゃないかな。朝川ちゃんとは仲が良いけどそういう関係じゃないし、朝川ちゃんはさ、俺が面白くて絡んできてる感じだからね。」
それにあの子と俺じゃ恋人として釣り合わないだろう。
「……そうですか」
横からやけにホッとしたような声がした。
視線だけで見てみると、なぜか月待さんは安心したように胸に手を置いていた。
「……ということは、お友達なんですね」
「友達……っていうよりかは、俺にとっては妹みたいな存在かな。まあいつもからかわれているだけなんだけどね」
冗談で言ったので笑ってくれるだろうと思った。
だけど月待さんはどうしてか何か言いたげな顔をしていた。
朝川ちゃんと恋人同士なのはおかしいと言われるのはいい。
けれども月待さんに、「……朝川ちゃんみたいな可愛い子が岡崎くんの妹なわけありません」と言われたような気がしてちょっと落ち込んだ。
月待さんもそういう所には厳しかったのか。
「…………妹」
月待さんは岡崎の横顔を見つめながら、凛とした声でそう囁いた。
「妹がどうかしたの?」
尋ねてみると、目を逸らすことなく岡崎を直視しながらギュッと服の裾を握っている。
「月待さん……?」
そして、勇気を振り絞るようなに表情を強張らせながら、小さく桜色の唇を開く。
「お、おにぃ……」
それ以上の言葉は続かなかった。
「…………無理です」
月待さんは、開いた唇をゆっくりと閉じた。
「おにい?」
聞き返すと月待さんは、瞬く間のごとくに顔を真っ赤にしてしまう。
おに。おにい。鬼い?
今日は節分じゃなかったはずだ。
「……なんでもないです。忘れてください」
結局うな垂れるように肩を落としてしまった。
「……?」
なんだったのだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
(どなたか分かりませんが、たくさんの誤字報告をしてくれた方がいらっしゃいました。ありがとうございます)