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14 後輩ちゃん3

 お昼休み。


 月待さんが来てからゴタゴタしていたので、すっかりお弁当を作り忘れていた。

 こういう機会に学食のメニューを一度は食べてみたいが、一番安い蕎麦の値段三百円さえも俺には痛い出費である。


 パンが激安な、学生人気が一番高い購買で、パンを二つ買って食べればそれなりに腹にたまるだろう。

 今日は購買のパンを食べることにした。


 購買は財布の懐が寂しい学生には人気なので授業が終わると同時に生徒たちでごった返す。

 今ごろはきっと修羅と化していることだろう。


 善は急げということで、椅子を引いて立ち上がると、クラスの前のドアの入口に見知った顔の子がいた。


 その子はどうやら人を探しているようなのだが、目立たないようこっそりと顔だけを覗かせていた。

 しかし、その子は一学年下のリボンをしており、控えめに言っても目立つ金髪と麗な容姿をしているから、クラスの幾人かの生徒は彼女の存在に気づいていた。


 あの幼げな雰囲気ながらも大人気な顔立ち。

 人目を惹く金髪は俺の知っている限り一人しかいない。


 ふと昨日。


「また明日です!」


 みたいなことを言っていたのを思い出した。

 しかし、まさか本当にやってくるとは。


 となると、このままここにいたら朝川ちゃんは、クラスの誰かに俺を呼んでもらうようお願いするだろう。

 そうなれば流れ的に騒ぎになるかもしれないので、颯爽とクラスの後ろのドアから購買に向かった。


 廊下で固まり談笑する生徒たちをゲーム感覚で避けていく。

 一回も誰にも当たることなく購買までたどり着けたらクリアだ。


 紆余曲折しながら人を掻き分ける。


 無難に誰にも当たることなく購買までたどり着いた。

 僅かな達成感を感じたのも束の間。


 購買は想像を遥かに超えてくる勢いで地獄絵図と化していた。


 生徒たちは他の生徒を押し退けながら自分の目的の品をゲットしている。

 皆んな、ちょっとでも良いものが食べたいからあの人ゴミに突っ込んでいく。

 だけど、俺はどっちみち売れ残ったパンを買うだけなのだから騒ぎが引くのを待っていることにした。


「…………」


 他人事のようにパンに群がる生徒たちを眺めていると、隣で同じように呆然と立ち竦んでいる月待さんがいた。

 戦闘を放棄した俺とは違って、ただあの殺気の中に入っていく勇気がないという様子だ。


 そういえば、そうだった。

 俺と月待さんは、朝食は作ったけど昼食は作っていなかった。

 同居しているのだから月待さんもお昼ごはんがないはずだ。

 お弁当を持参してないから、パンを買いにきたのだろう。


 俺と月待さんの視線の先では人がまだ増えていく。


「お、押すなって!お前らは後から来たんだから俺が買うまで待ってろ……って、おい。何をする。やめろ。う、うわ、うわああああー!」


 前方の方から男子生徒の悲鳴のような声が聞こえる。

 すると視界の先。

 今パンを持って、清算しようしていた男子生徒の姿がどこかに消えた。


「ははは!ざまあみやがれ!」


 押し寄せる生徒たちに踏みつけられてないと良いのだけど。

 購買とは怖いところである。


「ひ……」


 隣から短い悲鳴のような声が聞こえた。

 横目で月待さんを見ると、怯えながら購買に群がる生徒たちを唖然と見ていた。


 無理もない。

 俺でさえ、たかがお昼のパンの為に命をかけて周りを潰し合っている生徒たちが理解できないし、引いている。


 ……と。


「きゃ……!」


 購買から離れているが、それでも行き交う生徒たちで溢れていたから。

 友達とダベりながら歩いていた生徒が勢いよく月待さんにぶつかった。

 月待は衝撃の反動で、無防備に背中から地面に叩きつけられるだろう。


 そんなことは嫌だ。


 思考をそれが支配すると同時に、体が勝手に動いた。

 気づけば俺は、月待さんを支えるような格好になっていた。


「……えと。ありがとうございます。 ……って、ふぇ!?」


 月待さんは体勢を整えながら、感謝を言おうと顔を上げると驚いた。


「お、岡崎くん……どうしてここに……あ、そういえば岡崎くんも一緒ですもんね……パンを買いに来ただけですよね。えと、その……」


 驚いたと思うと、今度は耳を赤くしていく。


 もしかしたら、助ける為に月待さんの身体に触れたのがいけなかったのか。

 変なところは触れてないし、助ける為にはしょうがないことではあったが、女の子の身体に触れるのは軽率だったかもしれない。


 申し訳ない気持ちとともに、支える腕に感じる、月待さんの背中の柔らかさに恥ずかしくなってきた。


「ごめん。倒れそうだったから!」


「いえ、どうも……」


 慌てて謝って手を離した。

 月待さんはペコリと小さくお辞儀をした。


「助けてくれてありがとうございます……」


「いや、俺はただ身体が動いただけだから……わざと身体に触れようとしたんじゃないから」


「……そうですか」


 変に意識していることが悟られるような発言をしてしまった。

 だというのに月待さんは、穏やかな眼差しで俺を見ていた。


 お互いに何か話題を話さないといけないと思いつつも、いい話題が浮かばない。


 普通に家にいる時みたいに自然に話せば良いんだ。

 なんだけど、学校にいるというシチュエーションで周りの目を変に意識してしまい、お互いに上手い言葉を見つけられずにいた。




「岡崎先輩?」


 ふと、聞き慣れた快活な声が聞こえる。

 一学年下のリボンと女の子の制服が視界に覗き込んできた。


「なんだ。こんなところにいたんですか。探したんですよ? ……ひどいなあ、もう。昨日言ったじゃないですか。一緒に帰ろうって」


 ふてくされるように頬を膨らませながら、器用にピンク色の唇を尖らせる少女は、朝川恋花ちゃんだ。


「どうしたんですか。 ……先輩?」


 運良く朝川ちゃんには、月待さんと話していた所は見られていなかったようで俺だけに抗議の視線を向けてくる。


「おや、そちらの方は……」


 月待さんが隣で速やかにこの場を立ち去ろうとしていると、朝川ちゃんは月待さんに視線を移した。

 月待さんは肩をピクリと跳ねさせた。


「同じクラスの岡崎? ……くんですよね。助けていただきありがとうございます」


 月待さんは怪しまれないように朝川ちゃんの様子を見ながら、俺とは初めて話すように言った。


「そ、それでは……」


 月待さんは朝川ちゃんを睨むわけでもなく、ジッと見つめてから立ち去った。


「…………私あの人とどこかで会いましたっけ?」


 見つめられた理由がわからない朝川ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。


「なんだったのでしょう……?」


「さあ、なんだろう」


 月待さんが朝川ちゃんを凝視していた理由は分からないけど、適当に濁しておく。

 万が一にでも朝川ちゃんに、俺と月待さんが知り合いとでも思われたら大変だからである。


「ですが、とはいえ驚きましたよ。月待さんと岡崎先輩が話していたので、すっかりお知り合いなのかと思ってしまいました」


「え!?」


 続けて「見てたの!?」と言いそうになったがなんとか堪えた。


「ん?」


 まさか見られていたとは思わなくて過剰に返事をしてしまった。


 朝川ちゃんは顎に人差し指を当てて少し考え。

 それから不敵に笑った。


「もしかして岡崎先輩は、さっきのアニメのような展開で、月待先輩に見惚れちゃった感じですか。そうなんですか?」


 そうなんですよね? ……と、笑顔で言う。


 俺は安心した。

 いきなり笑い出すから、俺と月待さんの関係を疑われたのかと思ってしまった。


 まあでも普通に考えたら、俺と月待さんが立ち話を少ししていただけで、知り合いと仮定する方が難しいかもしれない。それぐらいに月待さんとは、朝川ちゃんから見ても遠い存在なのである。


「私もその気持ち分かりますよ。同じ女から見ても月待さんは綺麗ですから」


 珍しく朝川ちゃんは、感慨に浸るように、遠くの角を曲がろうとしている月待さんの背中を眺めながらそう呟いた。


「はい。誰だって好きになるんじゃないですか。だってあんなに性格と容姿がいいんですから」


 妬みではない口調だった。

 もはや比べることなど許されないくらいに遠いという感じに聞こえた。


「へーそうなんだ。同性から見ても可愛いんだ。やっぱり」


「ええ、もちろん。岡崎先輩はそういうのに鈍いから分からないでしょうけど、相当整った顔立ちをしていますよ。性格も同性の誰からも好かれるような性格をしていますし」


「さりげなく毒を吐くのをやめて欲しいんだけど……」


「ふふ、気にしないでください。私と岡崎先輩の仲じゃないですか」


 愉快に笑う朝川ちゃんを見ると、同じ女の子なのに、月待さんとは全然違うんだなと思った。


「あ、今。私をバカにしたような顔をしていますね?」


 そうでしょう? ……と前のめりに寄ってくる朝川ちゃんを宥める。


 朝川ちゃんは「じゃあ」、と切り出した。


「約束をすっぽかした分を含めまして、今から学食に行きませんか?」


「誘ってくれてありがとう。だけどごめん。金がないんだ」


「いいですよ、別に私が出しますので。岡崎先輩のお家の事情は知ってますし。この朝川恋花に任せてください」


「いやいや、後輩に奢られるわけには……」


「いいですから。いつもお仕事を丁寧に教えてくださるお礼です」


「待って、朝川ちゃん!」


「行きましょうか。席が埋まってしまう前に」


 朝川ちゃんは、有無を言わさずに俺の腕を引いて走り出した。


 ☆☆☆


 後輩の、しかも女の子に。

 ご飯を奢られている男の先輩という光景があったらさぞ情けないことだろうな。


 いや、俺のことだった。


 強引に誘う朝川ちゃんに、内心で食費が浮くぞ!と思う気持ちと、朝川ちゃんに奢られるのは申し訳ないという気持ちで葛藤していると、気づけば学食の席に向かい合って座っていた。


「素直なんですから」


「…………」


 ニタニタと、まんまとご飯に釣られてきた俺を見て楽しんでいる。


 目の前には朝川ちゃんに奢ってもらった、うどん定食が置いてあった。

 ちなみに朝川ちゃんは普通の定食である。


 うーん、流れでまあいいやと思いつつ奢られてしまったが、なんだか悪いことをしてしまった気持ちになってきた。

 お詫びに近いうちに、朝川ちゃんに何かプレゼントでもあげよう。


「お返しとか要りませんから。先ほども言ったようにこれは普段のお礼なんです」


 唐突に、朝川ちゃんは爽やかに言った。


「俺口に出してた……?」


 独り言を呟くとか、かなり恥ずかしいぞ。


 首を振り否定してから。


「ただ岡崎先輩の顔が、なんだか悪いことしちゃったなーみたいな顔をしていたので」


「え、なんでわかるの?」


 素でそう尋ねると、今度こそ朝川ちゃんはくすりと笑う。


 そして、ひとしきり笑い終えた後に、肘を机について、その手に顎を乗せ。

 凛然とした表情を浮かべた。


「先輩のそういう素直なところ、凄く良いと思います」


「そんなことはないよ……」


 照れ臭くて頬をかいた。


「照れないでください。なんだかこっちまで恥ずかしいじゃないですか。もう、早く食べちゃってくださいね。せっかく奢ったんですから味の感想くらい欲しいです。あ、あと、本当にお返しとかいいですから」


 照れくささを早口で誤魔化すように言いながら、最後にさり気なく朝川ちゃんは釘を刺してきた。


 それはそれで、俺にはフリにしか聞こえなかった。

 俺の財布の紐では考えられない少し豪華な物を、そのうち朝川ちゃんにサプライズで渡してやろうと企むのであった。


 うどんを啜りながら、


「美味しいよ。ありがとう」


 そう食べた感想を言うと、朝川ちゃんは満足そうに笑う。


 悩み相談を聞いて欲しいんです。

 昨日朝川ちゃんは、確かそんなことを言っていたっけ。

 落ち着いたから、その悩み相談を聞くとしよう。


「朝川ちゃんさ、昨日別れる前に悩み相談があるって言ってたけど……?」


 その訳を話すように、促すように切り出した。


「あ、そうでした。岡崎先輩と話していたらすっかり忘れてました」


 本当に忘れていたらしく、呆けた顔をした。


「それで。その相談って何かな」


「はい。あんまり面白くない話なんですけどいいですか?」


 朝川ちゃんは珍しく真面目なトーンで声だした。


「いいよ。何でも言って」


 普段元気で悩みの一つもなさそうな子が、いきなりこんな顔色で相談なんかしてきたら心配になる。

 正直、相談というのも俺をからかう機会を作る為の口実だと思っていたので軽く流そうと思っていたが、そうではなかったらしい。


「ありがとうございます」


 朝川ちゃんは潤った口許を緩めると、重い感じで口を開き、まん丸な瞳を向けてきた。


「えーと。私事なんですけど。これはまだ、家族にも友達にも言ってないんですけど……」


「うん」


 言い回しからして、職場内での問題ではないようだ。

 一先ず安心だ。

 バイト先の先輩から告られたんですけどどうしたらいいですか。

 みたいな話を聞かれたらどうしようかと思ったからだ。


「実はですね……最近弟が私に構ってくれないんです」


「……は?」


 本気で悲しそうに語る朝川ちゃんに、俺は正直拍子抜けをした。


 一体どんな相談がくるのだろう。

 それをどう解決しようか。

 その為にどう動こうか。


 せめて、俺が朝川ちゃんにできる精一杯のことをしてあげようと思っていたのだが。

 割とどうでもいいというか、くだらな……と言ったら、真剣に悩んでいる朝川ちゃんに悪いか。


「そんな見るからに呆れないでくださいよ。私にとっては死活問題なんですから」


「そうは言われても、俺は姉もいなければ、弟もいたことないし」


 力にはなれそうにない。


「それに、構ってくれないっていうのは思春期だからで、そんなに問題だとは思わないんだけど」


「そんなことないです。今までは私を見る度に抱きついてきて、「お姉ちゃん大好きだよ!」 ……って、言ってくれていたんですよ!」


 必死に熱弁されても、ある程度の年齢を取っているのに、姉に抱きつく方が問題があると思うし。

 多少、拡大解釈されている気もする。


「ちなみに弟くんは何歳で、いつからそういう感じなの?」


「弟は私より2つ下で、つい一週間前から突然しゃべってくれなくなったんです」


 二つ下となると、朝川ちゃんとそう変わらない。

 俺は兄弟がいなかったらそこのところは分からないけど、その歳にしては甘え過ぎてはいないか。

 それに、一週間前ってつい最近じゃないか。


「お風呂だって一週間前までは一緒に入ってくれていたのに……」


 淡々と事実を語っているんだろう朝川ちゃん。

 普通の姉弟は、中学生と高校生でもお風呂を一緒に入ったりするものなのだろうか。


 いや、多分しない。

 それはないだろう。


「朝川ちゃん。前提としてその歳で弟とお風呂に入るのはどうかと思うよ?」


「何言ってるんですか先輩。姉弟なら普通のことですよ」


 そうなんだ、初めて知った。

 姉弟なら中学生と高校生でもお風呂に入るのか。


 だとしても、俺がどうこう出来るようなことではない。

 これは、朝川ちゃんに不満を言ってもらって、話を聞いてあげてストレス発散させてあげることが、相談ということになるだろう。


「それでですね。私の弟ったら……」


 色々と.聞いてもない話を饒舌に語る朝川ちゃんの話は多種多様で。

 気づけば。

 よく喧嘩するとか、魚が嫌いで私の作った料理を食べなかったとか、ノックをしないで部屋に入ってくるとか、正に愚痴の領域になっていた。


 朝川ちゃんの話す話は、面白おかしくて笑ってしまうようなものだった。


 だけど兄弟は愚か、今は両親さえいない俺にはとても眩しい、贅沢な話に聞こえ、兄弟がいたらこんな感じなのだと聞き入っていた。


「ごめんなさい。私ばっかり話して。面白くなかったですよね?」


「ううん、面白かったよ。特に朝川ちゃんが弟と間違えて、知らない人を後ろから飛び蹴りした話はね」


「忘れてください。つい勢いでしゃべってしまったことです」


 顔を赤くして恥ずかしそうに下を向くけど、中々知らない人を飛び蹴りした人は、世の中を探せど、百人もいない気がする。


 知らない女の子に、いきなりバックキックされた少年が一番可哀想である。


「あの時の子には、誠心誠意謝りました」


 一通り話し終え満足したのか、ホッと頬を緩めた。


「お話を聞いてくださりありがとうございます。スッキリしました」


「いつでも相談?……してよ。俺ならいつでも話を聞くから」


「ありがとうございます」


 しかしこの時俺は、毎日のように愚痴を聞かされることになるとは思いもしなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、評価をいただけると励みになり執筆が進みます。よろしくお願いします。

また見ていただけたら嬉しいです。


月待さんと朝川ちゃんはどっちの方が人気があるのでしょうか。。

(ラブコメなのにコメディ要素がなかったので少しずつコメディ要素を入れさせていただきます)

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