表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/182

第七話 炎帝-3

 ハルクは盾を支えに、どうにか起き上がった。火を吸い込んで、気管を火傷したか。ゴホ、ゴホと咳き込むたびに、喉を焼けるような痛みが走る。


「ふん、やはり手からの放出は広範囲に拡散しすぎて、威力がイマイチだな。燃費が悪い」


 腰のホルスターから深紅の拳銃を引き抜いてハルクに油断なく銃口を向けながら、ユーシスは一歩ずつ焼け焦げた大地を歩いて距離を詰めてくる。


 ハルクの知るユーシスの炎は、こんなふざけた規模ではなかった。いつの間にこれほどの力を身につけた。一手で満身創痍となったハルクは、呆然とユーシスの顔を見つめる。


「どうした。まさか俺が、二ヶ月前からなにも成長していないと思ったか」


 銃口に炎が集中していく。ハルクは萎えた両足を叱りつけ、一心不乱に真横へ跳んだ。直後、ついさっきまでハルクのいた地点に炎の塊が着弾し、大爆発を巻き起こす。


「うわぁぁぁっ!?」


 爆風で吹き飛ばされ、ごろごろ地べたを転がるハルクにも、容赦なく銃口がぴったりついてくる。必死に立ち上がり、足を動かし、二発目、三発目を辛うじて飛び越える。


『うああああっと、これはいきなり防戦一方! ユーシス選手の息もつかせぬ猛攻に、ハルク選手、逃げるのが精一杯です!』


 次々と爆炎の舞い上がる闘技場に、リーフィアの上ずった実況が響き渡る。ハルクは逃げながらも、必死に頭を回転させた。


 ユーシスは炎獣を出す素振りがない。大勢の観客が見ている前だからか、凄まじい炎の弾幕をバチバチ張りまくり、力業ちからわざで圧倒しようとしている。


 ならば、己の盾が持つ秘策に、賭ける価値はある。そう判断し、ハルクは歯を食い縛った。


 《血溜まりの樹海》で遭遇した、戦闘時に皮膚が硬化するカバ――岩河馬ディポタス。ハルクの大盾《ロックシェルター》は、その素材を使って鍛え上げた代物だ。鉄製に比べて大幅に軽く、衝撃を受ける瞬間だけ強靭な堅さを発揮する。だが、《ロックシェルター》の本領はそれだけではない。


 この盾は、強力な煉術――【反射リフレクション】の命令式が組み込まれた煉器なのだ。


 【反射リフレクション】は、「あらゆる物理攻撃を無効化して跳ね返す」という、単発の性能で言えばトップクラスの優秀な煉術だ。消費煉素量が凄まじく、地球人のハルクでは二十四時間に一度しか発動できない。たとえナチュラルが使っても、二度で体に限界がくると言われている。


 ――ユーシスが決めに来た一撃を、【反射リフレクション】で跳ね返すことができれば……勝ち目はある!


 白皇の術があるとは言え、なるべくユーシスを直接斬りたくはない。シオンの妹コトハがいる手前、ハルクは棗流も使えない。相手の攻撃を利用して倒せるなら、ハルクにとってそれに越したことはなかった。


「目に光が戻ったな。そう来なくては」


 無表情で呟き、ユーシスはなおも炎の弾丸を乱射する。それらの軌道を見極め、間一髪の回避を続ける。


 呼吸するたびに気管がヒリヒリ痛む。痛みで動きを止めてしまったら炎の餌食だ。ハルクはぐっと息を止め、無呼吸でフィールドを駆け回り続けた。観衆がおおっとどよめく。


『ハルク選手も負けていません! 無駄のない回避です!』


『彼は目がいいね、すごく。軌道を全て一瞬で見切っている』


 しかし、このまま逃げ続ければ先に限界がくるのは自分だと、ハルクは分かっていた。どこかで隙を見せなければならない。ユーシスが一撃で決めたくなるような、決定的な隙を。


「……!」


 十何発目かの銃撃をかわしたとき、ハルクは自ら足をもつれさせた。自然にできたと思う。ハルクの体はよろめき、爆風に押されて大地に転がる。


『ああっと、万事休す!』


「終わりだ、アルフォード」


 ユーシスの銃口に、これまでの倍以上の規模で火焔が集約していく。――かかった。


「【焔砲ブ・レイ】」


 撃鉄げきてつが引かれると、炎の飽和した銃口から――極太の熱線が放たれた。


 その爆炎は、拡散しない。まるでガスの充満した見えない一本の筒の中を、一息に駆け抜けるように、凝縮された紅蓮の炎塊えんかいが真っ直ぐハルクに向かって驀進ばくしんする。想像を絶する速度に、ハルクの反応もギリギリだった。


 伏せていた大盾ロックシェルターを前方に突き出し、秘めた煉術を発動する。分厚い岩のような盾が瞬間、茜色の光を放つ。


「――【反射リフレクション】!」


 炎は盾に激突した瞬間、重い反動を伴って進路を真反対に変えた。ハッと目を見開いたユーシスを、爆炎はあっという間に飲み込み、轟音を上げて握り潰した。


 唸るような地響きに闘技場が大きく揺れ、ハルクもたまらずバランスを崩す。ユーシスの立っていた地点は、黒煙がキノコ雲を作らんばかりに昇る。


『な、な、なんと! ユーシス選手の放った大技が、ハルク選手の盾に跳ね返されてユーシス選手自身を強襲ゥ!?』


『【反射リフレクション】か! 耐え得る強度の素材がなきゃ組み込めないレア煉術だろ。あの盾造ったの誰だ?』


『シオン君の刀もそうだったけど、この国にも良い腕の鍛冶師スミスがいるんだねえ』


 白皇の言葉に、ハルクは内心で頷いた。この盾は、この国随一と名高い鍛冶師、リュウ・ムラサメ氏の一番弟子が造ってくれた逸品だ。あの樹海でシオンと交わしていたらしい約束を律儀に守って、紹介してくれたのだ、ユーシスが――


 ハッ、と気づくにも、遅すぎた。


「……【反射リフレクション】狙いだと、バレバレだ、アルフォード」


 黒煙を切り裂いて、深紅の鎧が力強く輝く。ユーシスは、無傷だった。


「自分の炎に焼かれるほど、俺は間抜けではないぞ」


 ユーシスの立つ半径一メートルほどの範囲だけ、大地が抉れず綺麗なまま残っていた。直撃の寸前に、炎を制御コントロールしたのか。最初から、こちらの【反射リフレクション】を弾切れにさせることだけを狙って――


「貴様の武器は、研究済みだ。ムラサメ嬢の情報提供に感謝せねばな」


 ハルクは呆然と唇を噛んだ。この男は、本気だ。自分程度を相手に一切の慢心もおごりもない。ハルクはユーシスと渡り合う、唯一の武器を使い果たした。


「【焔砲ブ・レイ】」


 戦意を喪いかけた一瞬の隙に、ユーシスは引き金を引いていた。心なしか威力を増した先ほどの爆炎砲が、呆けていたハルクを瞬く間に飲み込み、焼き尽くした。


 辛うじて身を隠した盾ごと飲み込んだ炎が、手始めに盾を持つ左腕を地獄に葬った。トラックの衝突を受け止めたようなインパクトが骨を易々《やすやす》と砕き、高熱が炙る。


 髪が、皮膚が、細胞がける。白熱した世界でハルクは絶叫した。気づけばハルクは、茜色の空を見上げてぼろ雑巾のように横たわっていた。両目から滴る涙が、ただれた皮膚に触れてビリリとみる。


 大観衆は声もなかった。凄惨な焼け野原に転がった痛々しいハルクの姿に、涙ぐむ少女もいた。


 全身大火傷で、左腕に至っては感覚がない。ということは、まだ白皇の術は解けていないらしい。ハルクは焼けた喉で掠れた呻き声を上げた。


 立て。立たなければならない。マリアを救うのだろう。強く自分を叱りつける。


「……グレントロールとの戦いでは、迷惑をかけたな。俺が不甲斐ないばかりに、貴様が死ぬところだった。俺はあの日、完全に誇りを折られたよ」


 油断なく銃口を向けたまま一歩ずつ距離を詰め、ユーシスは低く語り出す。


「地球人二人に守られて、情けないなんてもんじゃなかった。ナツメに負けた日より、もっとだ。アルフォード……さっきは貴様のことなど、眼中にないような言い方をしたが、正直に言おう」


 いつも冷淡な灰色の目に、熱い熱い火が灯る。


「俺が今日まで遮二無二しゃにむに追っていた背中は二つある。ナツメと、もう一人は貴様だ、アルフォード」


 どくん、と、心臓が熱い血を全身に送り出すのが分かった。


「そんなものか。俺が追ってきた男の力は、そんなものだったか。……失望させるな」


 肌を焼く火傷の熱よりも燃え滾る血潮が、ハルクを突き動かした。ガリッ、と奥歯を食い縛り、獣のように唸りながら、ハルクは剣を杖のようにして立ち上がった。客席がどよめく。


 戦いは嫌いだ。痛いのも、相手を傷つけるのも、ハルクには苦痛でしかない。


 しかし――


『俺はお前とも戦いたい』


 今朝のシオンの言葉が、ずっと頭に残っている。そして今の、ユーシスの言葉も。戦いは嫌いなはずなのに……何故だか、嬉しくて、仕方がない。


「……ユーシス。嬉、しいよ」


 左腕は骨がバキバキに砕けて、皮膚と衣服が熱でくっついてドロドロになっている。かたく握っていた手のひらから、ハルクは盾を手離した。


 使い物にならない左手を後ろに隠し、右手一本で握った片手半剣を青眼に構える。


 今朝、シオンが言っていたことを唐突に思い出した。あぁ、そうだった。ユーシスには随分失礼なことをしてしまった。


「ごめん、ユーシス。ちゃんと、殺すつもりで、やるよ」


 ハルクの青い目から、潮が引くように優しさが抜け落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつも応援いただきありがとうございます。更新を待つ間、こちらの新作はいかがでしょうか? 無能力者の主人公が物理とメンタルチートで頑張る異能学園バトルものです。 新作は↓ 塔の上のアンダーテイカー こちらから読めます。執筆の励みにもなりますので、ぜひ高評価お願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ