Epilogue〜前進する者〜
奇声を上げて飛びかかってきたシンリンゴブリンの胴を、黒い刃が空中で二つに分断した。
舞う血飛沫の間隙を縫い、続々と襲いくる緑色の小鬼たちの位置を確認する。それぞれ木を削ってこしらえたような粗雑なこん棒を握りしめ、ぎゃあぎゃあわめきながら突進してくるゴブリンの群の先頭を、先ほどの血飛沫が血に落ちるより早く斬り殺し、次。
一匹一匹の動きは単純だが、とにかく数が多かった。非常に繁殖能力が高く、わずか一ヶ月で成人するゴブリンは、ひとまとまりの群が百匹規模に達することもあるという。今俺が対峙しているゴブリン軍団も、四十はくだらない数であった。
多勢に無勢は刀の弱点。それでもあの樹海を生き延びた俺にとって、今さらとるに足らない相手だった。手にすっかり馴染んだ刀が、襲いくるゴブリンたちを豆腐のように斬り捨てていく。
その時、俺の背後をとった一頭のゴブリンが、血走った目を爛々と輝かせ、こん棒をぶるんと振り上げた。俺はその気配を察知するも、任せることにした。
ぎゃりん、と硬質な音を響かせて、俺の後頭部を痛打するところだったこん棒が、何ものかに受け止められる。間に割って入ったのは、まるで岩石のような色彩の、盾。
岩河馬の皮膚素材を使用した円盾だ。通常時は柔らかく、非常に軽い盾でありながら、衝撃を受けた瞬間に鋼を上回る硬さに変貌する。
それを操る金髪の騎士は、美しい顔を色一つ変えずこん棒を弾き返すと、対の剣でゴブリンの喉を一刺しにした。彼に任せていた間に、俺は二匹のゴブリンを斬ることができた。
「油断しない!」
「してねぇよ、ナイス」
未だ取り囲まれている輪の中心で、俺とハルの背中が合わさる。俺たちは一瞬笑みを交換すると、再び弾けてゴブリンたちに向かっていた。
*****
地獄を生き延びた日から一ヶ月。俺とハルは、晴れてルミエール修剣学校を卒業した。
シンリンゴブリンは一頭ずつ討伐すればノルマとしてはクリアだったのだが、俺たちにとってははぐれを見つけるよりも断然手っ取り早いので、森の奥までずんずん入って、ハルの炯眼によって巣穴を見つけ出し、突撃したのだった。
やりすぎた感は否めないが、あの規模の巣を野放しにしていたらとんでもない被害が出ていたはずだ。ギルドに駆除要請の出ていた巣穴だったらしく、順番は前後したが依頼を受注することで、後日報酬まで受けとることができた。
アカネに来て、十一ヶ月。俺は、ハルとともに、正式にウォーカーとなった。
俺たちには、ウォーカーの身分証明である免許証が発行された。例によって、世界樹を素材に作られた木札だ。スマートフォンサイズのこの木札が、ウォーカーとしての情報を全て記憶し、管理する。
最たるものに、冒険者階級という指標がある。その名の通り、ウォーカーとしての質を示すものだ。
依頼の達成、モンスターの討伐、素材の納品、装備の生産や強化などの活動内容をギルドへ報告し、それが確認されれば、世界樹製のライセンスに適切に査定された《経験値》が蓄積されていき、一定ごとに冒険者階級が上がっていく仕組みだ。
学生証と同様、ライセンスに羽ペンで呼び掛ければ、冒険者階級も含め、様々な情報をいつでも照会できる。
俺とハルの冒険者階級の初期値は、学生時代の成績や経験、卒業試験の内容などをもとにギルドの人事・スカウト課によって審査が下されたらしく、ハルは《14》、俺は初期値の上限である《20》。
基準がわからなかった俺たちは、一ヶ月前に一足早くウォーカーとなったマリアの初期値が《10》だったと聞いて驚いたものだ。
どうやら、学生時代あの樹海に落ちながら生きて帰ったこと、そして、第三級の指定危険モンスターだったグレントロールの首を、やつにやられ殉職した二人の冒険者の愛剣とともに持ち帰った一件が、査定を大幅に上げたらしい。持ち帰ったのはロイドとユーシスなのだが。
それに関しては、現場にいた唯一の現役ウォーカーであるユーシスが、手柄や活躍内容の全てを俺とハルの名で報告したのが原因だ。ギルド側はグレントロールの首を切り落としたのは、駆けつけたロイドによるものと当初決めつけていたが、ロイド本人があっさりそれを否定した。
結果、ギルド正式の記録に、“新種”グレントロール最初の討伐者の名は「シオン・ナツメ(候補生)」と刻まれたのである。討伐に次いでウォーカーの名誉となる“討伐補佐”の欄には、ユーシスとともに「ハルク・アルフォード(候補生)」の名が。
あの件で言えば、俺をあそこに突き落とした張本人、ブラッド・レッドバーンは、俺たちが生きて帰ってきたのとほぼ時を同じくして、行方がわからなくなっている。
やつはあろうことか、俺を突き落とした直後に合図を出してロイドを呼び戻し、マリアと三人で見当違いの場所を捜索し続けたという。「私が見ていながら……申し訳ない……!」と涙ながらに振り絞るその迫真の演技はマリアやロイドの目を欺くほどの出来だったそうだ。
俺の証言によって、今回の一件がブラッドの蛮行によるものであるとギルドは断定。現在は国中に指名手配され、ウォーカーたちによる捜索が続けられている。ブラッドはそれを見越し、国外に逃亡した可能性が高いと、ギルドの人間は言っていた。
ユーシスもかなりショックを受けたはずだが、以前顔を会わせたとき、学生時代のランク戦でユーシスが俺に敗れて以降、父親の様子が輪をかけておかしくなっていたことはなんとなく気づいていたと、なんと父に代わって頭を下げてきた。あの日から変わったのは、ユーシスの方こそである。
それはともかく。新種の、それも危険度三級という、討伐例の激減するランクのモンスターの、第一討伐記録に候補生の名が乗るのは異例中の異例。滅多につけないという二桁の初期ランクを、俺とハルは授かることになった。
目に見えて実力が格付けされるこの仕組みによって、ウォーカーたちは競うように仕事へ向かうというのだから、よくできている。かくいう俺も、人のことは言えない。
そんな話をすると、隣のハルが呆れたように目を細めた。
「相変わらず血の気が多いんだから。僕は興味ないよ。こんな数字、上がれば上がるほど責任が増していくだけじゃない」
「お前こそ相変わらずの優等生だな。そのぶん、受注できる依頼も任される仕事も増えるじゃねえか。遠くのフィールドにだって遠征に行ける」
「まぁ……それはそうだね。冒険がしたい気持ちは、僕だって負けないよ」
「だったら、ガンガン経験値稼がないとな」
俺が差し出した肘に、ハルは苦笑して自分の肘をぶつけた。卒業から二週間、白い騎士鎧を白薔薇のマントで包んだハルは、すっかり戦士の顔になった。
俺とハルは、王城の一階にあるギルドの酒場にやってきていた。酒場といっても夜だけで、それ以外の時間はウォーカーの集会場だ。今は午前九時。マーズさんを含む三名の受付嬢が並ぶバーカウンターは、仕事を求めるウォーカーたちで長い列ができていた。
「お待たせ、二人とも」
女の声に二人して振り替えると、ずいぶん低い位置から栗毛の少女が俺たちを見上げていた。人形のような美貌に似つかわしくない、身の丈を越える蒼氷色の大剣を肩から斜めに背負って、というより引きずっていた。
白銀の胴鎧から、スラリと華奢な素足が伸びる。下半身に防具をほとんどつけないのは、機動力を落とさないためだそうだ。サイズがなかったとかで白薔薇のマントは装着していないが、見た目の幼さを差っぴいても、オーラのある冒険者がそこにいた。
「よっ、マリア」
「久しぶりだね」
マリアは曖昧に笑った。俺たちより一月早くウォーカーとなった彼女は、ソロも厭わず日夜フィールドに出まくっては、依頼を片っ端から達成して狂ったようにランクを上げていたようで、俺たちがウォーカーになる頃には、もう白薔薇の中で一二を争うパーティーの一員になってしまっていて、滅多に時間が合わなかった。
今日は、久しぶりに三人が揃ったのだ。
「わぁ、三人でフィールドなんて、あの日以来だね」
「縁起の悪いこと言わないでよ」
「なぁマリア、ウォーカーランクいくつになった?」
「あんたは相変わらずね……おいそれと他人に言いふらすもんじゃないでしょ」
久しぶりに会うマリアは、少し元気がないような気がしたが、ハルが「マリアにずっと会いたかったんだ」などと言ったら顔をしかめて赤くなった。いつものマリアである。
「今日はなにする?」
「なんでもいいわよ、あんたたちのレベルに合わせてあげるから」
「言ったな? 俺とハルの強さに腰抜かすなよ。四ツ星クエストで決まりだな!」
「えぇ、無理だよそんなの、死んじゃうよ」
「面白そうね、行きましょう」
「マリアまで!?」
「観念しろハル、このメンツで多数決はお前に部が悪いぞ」
受け付けにいたマーズが俺たちに気づいて、ぱあっと笑ってブンブン手を振ってきた。
俺は一度、腰に差した刀の柄をそっと撫でると、マーズに向かって力強く一歩を踏み出した。
第一章 茜色の異世界 ウォーカー候補生編 完
To be continued...




