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第15話-2

 ユーシスは左腰に差した剣を、鞘ごと引き抜いて俺に投げ渡した。鞘も柄も見事に赤い剣だ。貸し出し用の鉄剣の倍は下らない重さだった。


 少しだけ抜き身にすると、炎にも似た深紅の刃が茜空の下に晒された。諸刃の片手剣だが、一流の日本刀を思わせるほど美しい刀身にため息が出る。一目で判る業物だ。


「うわぁ、いい剣だな。貸してもらっちゃっていいのか?」


「勘違いするなよ。俺は剣がなくとも戦えるが、お前は剣がなければ何もできまい」


「へいへい、そうですね」


 ずっしりとした重量感もすぐ手に馴染み、俺はその場で抜き放って二、三鋭く素振りした。空気を斬った感覚だけで、俺が使っていた鉄剣とは桁違いの威力が伝わる。


「気に入ったか。良質なモンスターの素材で、二度ほど鍛え直している。俺は剣主体の立ち回りではないからそれほど優先的に強化していないが、貸し出し用の鉄剣よりは数段マシだろう。単なる鉄の剣では、一定以上のランクのモンスターには刺さりもしないぞ」


「へぇ。素材で武器を強化するのか。普通刀剣ってのは、不純物がないほど硬く研ぎ澄まされるんだけどなぁ」


「それはお前の世界の話だろう。ギルドには地球人の刀鍛冶ソードスミスもいるが、話を聞くと技術体系がまるで違う。まぁ、その者も今ではルミエール随一の腕前と呼び声高い。こちらの世界のことわりを熱心に勉強し、地球での知識と組み合わせて独自の製法を編み出したと聞く」


 俺は少しだけ、希望を見出した。あのバケモノに打ち負かされたときは、死を覚悟したし、あんなのに勝てる日なんて一生来ないと思っていた。だが、もしあいつの首を、一撃で刎ねられる強さの剣があれば。


「なぁ、ユーシス。お前はさっきのバケモノについて何か知ってるのか。ハルでさえ知らないみたいだった」


「知らなくて当然だろうな。あいつは《グレントロール》。最近確認されたばかりの新種のモンスターだ。まだ、白薔薇内部までで情報が止まっている」


「新種!?」


「珍しいことではない。現在解明されているモンスターの数なんて、全体の五割に満たないって話だからな。グレントロールは既に二度、白薔薇の討伐隊を壊滅させている。二度目は評判の高い大剣使いの双子、フーリとジークのペアが挑んだが……一ヶ月経った今も帰ってこない」


「大剣……おい、それって」


「ギルドに帰ったら残念な報告をしなければならないな。グレントロールが持っていた二振りの大剣は、間違いなく兄弟の愛剣だった」


 現役のウォーカー二人がかりでさえ、倒せなかった相手。やつのニタニタ笑いを思い出すだけで、背筋に寒いものが走る。


「少ないが、グレントロールについて分かっていることはいくつかある。一度目の討伐隊に一人、辛くも逃げ帰ってきた者がいたからな。その中で最も注意すべきは、やつの目だ」


「目?」


「あの目は、視力こそほとんどないが、優秀な熱源感知器サーモグラフィーになっている。どれほど深い茂みに身を隠そうと、突き抜けて居場所を突き止められる」


「あ……だから火をつけながら逃げたのか!?」


「そうだ。やつは鼻も恐ろしく利くし、人間を食べることに対して尋常じゃないくらいの執念がある。見えなくなるまでどこまでも追いかけてくるぞ。今も俺たちを探し回っているはずだ」


「うぇ……」


 ここも長居はできないというわけだ。鼻が利くなら、全身に泥でも塗って匂いを誤魔化さなければならない。そう思ったが、既に俺はパンツの中まで泥まみれだった。


「ユーシス、このフィールドの出口まで案内してくれ。ハルは俺がおぶる」


「ふむ。そうだな。それなんだが」


「なんだよ?」


 ユーシスは明後日の方向を見ながら、何かごにょごにょ言い出した。


「俺もここには初めて来たんだ。お前の持つ夫婦石の片割れを頼りに走ったから真っ直ぐお前達の元までたどり着けた。そこまでは計画通りだ。それにしても、空気が綺麗だなここは」


「ユーシス?」


「俺は今日の卒業試験の救援担当リリーバーだったんだ。お前らの守護石が割れたら世界樹経由で通知が届き、俺が出動することになっていた。勘違いするなよ、受験者がお前たちだったから志願したわけじゃない。白薔薇のウォーカーから一人必ず用意しなければならない役目で、俺がたまたま暇だったからだ。で、お前の守護石が割れたから俺は夫婦石の片割れを持って飛び出した。飛び出したってほどでもなかったな、早歩きぐらいだが、とにかく、俺はお前らがてっきり初っ端の森でゴブリンかなんかを相手に不覚を打って致命傷を負ったと、当然そう思うだろう。ところが夫婦石の動く方角に走ったらいつのまにか断崖絶壁で、石に気を取られていた俺はうっかり足を滑らせて下に落ちてしまった。まぁ落ちてやったようなものだが、それにしてもここは自然が豊かだな」


「おい、ユーシス、お前もしかして帰り道わからないのか」


「……うん」


 最後には大人しく頷いたので、俺もこれ以上追求するのはやめてやることにした。それにしても……


「状況、悪化してないか」


「何を言う。俺がいなければ死んでいただろう、感謝しろ」


「いやそれはそうなんだけど……」


 ユーシスが俺たちの夫婦石を持ってきてしまったということは、もうロイド教官やマリア、白薔薇のウォーカーたちには、俺たちの居場所を知る術が完全になくなってしまったということだ。


「どうするんだよ! 俺たちいよいよ絶体絶命だぞ!?」


「俺を責めても状況は変わらんぞ。そもそも、卒業試験は王国付近の森で行われたはずだろう。何を間違えたらこんなところに落っこちるんだ」


「人のこと言えないだろ……そもそも元はと言えばお前の親父がなぁ!」


「……父上がどうかしたか?」


 ユーシスが怪訝な顔になったので、俺は慌てて口を噤んだ。さすがにブラッドが俺を突き落としたなんて話は、ユーシスには伏せておくべきだろう。


「なんでもない。それより、考えようぜ。これからどうするか」

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