第5話-3
ロイドの言葉の意味は、すぐに分かることとなった。ハルが血相変えてロイドに食ってかかったからだ。
「教官!? まさかシオンに《ランク戦》をやらせるつもりですか!?」
「そうだけど」
「そうだけどじゃないですよ! シオンは今日入学したばかりなんですよ!?」
ロイドは犬でもあやすようにハルの肩を押し戻した。
「分かってるって、ただエントリーするだけだろ。数日先まで対戦スケジュールは出てんだから。なにも今日これから戦わせようってわけじゃない」
「それにしても早すぎますって!」
「えぇー……でも」
ロイドが、俺を親指で指した。
「ランク戦……? なんですかその心踊るワードは。詳しく!」
「ホラな、もう手遅れ」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ハルが頭を抱えて崩れ落ちた。
「ハルク、友達が心配なのは分かるが、コイツはガチのウォーカー志望だ。流血沙汰の戦いも、早かれ遅かれ通らなきゃならん道だろ。友達なら背中押してやれ」
ロイドの言葉に、ハルはうなだれたまま、しばらく沈黙した後。蚊の鳴くような声で呟いた。
「……はい」
「おし、じゃあ中に入るぞ。シオン、学生証を準備しとけ」
先導するロイドを追いかける前に、俺はハルに手を貸した。
「心配してくれてありがとな。俺なら大丈夫だ。戦いは嫌いじゃないし、一刻も早くウォーカーになって、ステーキを奢りたいやつがいるからさ」
ハルは、俺に手を借りて立ち上がってから、小さく「ごめん」と謝った。
「僕、人見知りだし、弱いから、ウィードでもなかなか友達ができなくて。だから、新入生が来るの楽しみにしてたんだ。もしその子が登校してきたら、勇気を出して話しかけて、色んなこと教えてあげようって」
ハルは泣きそうな顔で笑った。
「まさか同い年の男の子だとは思わなかったなぁ。シオンは話しやすくて、強くて、かっこよくて……君と友達になれたことが、今日、本当に嬉しかった。……だから、ごめん、シオンが僕のポイントなんてあっという間に追い抜いて、すぐに卒業していっちゃうこと想像したらさ」
俺は驚いて、目の前の、イギリス人の、金髪碧眼の美少年を見つめた。思えば本当に不思議な出会いだ。あのまま地球にいたら、俺にこんな友達なんて、一生できなかっただろう。
「俺なんて、向こうじゃろくに友達いたこともないんだぜ。だからこっちのセリフだよ。今日、ハルが話しかけてくれた時、めちゃくちゃ嬉しかったんだ」
生来の口下手で、気の利いた言葉の一つもろくに出てこないが、恥を忍んで、たどたどしくも精一杯自分の気持ちを伝えた。
隣の席に案内してくれて、色んなことを教えてくれて、授業も、昼食も、ずっと一緒に過ごしてくれた。それが俺にとって、どれだけ心強かったか。
「まだまだ、ハルには教えてもらわなきゃいけないことがたくさんあるぞ。これからも世話にならせてくれよ。代わりと言っちゃなんだけど、毎日剣を教えるからさ。一緒に卒業しようぜ、ハル」
コーヒーのシミがついたハルの胸に、どんっと拳を押し付けると、ハルはますます泣きそうな顔になってしまった。
「おい、泣くなよ。言っとくけどペースを合わせるつもりはないからな。最速でウォーカーを目指すのは変わらない。けど、たとえ進路が分かれても、ずっと友達だ」
「うん……うん……!」
ついに泣きじゃくってしまったハルを照れ隠しにどついてから、俺はハルの背中を押し、ゆっくり歩いてくれていたロイドの背中を追いかけた。
***
アリーナの中は、大勢の候補生でごった返していた。ロイドの姿をみとめると、みな居住まいを正して頭を下げる。
「お疲れ様です、ロイド教官!」
「ほーいご苦労さん」
道を開ける人々の間を迷いのない足取りで通り抜け、ロイドは一直線に、受付と思しきブースに向かっていく。制服姿の女性事務官が、椅子から立ち上がってロイドを迎えた。
「ロイドさん、どうされました?」
「うん、候補生の《ランク戦》エントリーに。コイツなんだけど」
「かしこまりました。学生証を確認させてくださいね」
用意していた学生証を手渡すと、受付嬢は眼鏡の奥の目を曇らせた。
「あら、発行日が今日……どおりで名簿が白紙なんだわ。失礼ですが、《剣術基礎》の単位がないとアリーナは利用できないんです」
「もちろん。その単位なら俺がさっき出したとこだ」
「まぁ、一日で?」
眼鏡美女に感心したように見つめられて、俺は思わず顔をそらした。
「名簿に反映されるのは翌日からだけど、ここは俺の顔パスで頼むよ」
「それでわざわざいらしたんですね。分かりました、手続きいたします」
「ありがとー、恩にきる」
ロイドがパチンと手を合わせた。
「ナツメ候補生。そこの掲示板に、マッチング待ちの一覧と、アリーナ闘技場の空いている時間帯が出ています。授業の時間割と相談して、対戦日程を組んでください」
俺は礼を言って、よく分からぬまま、受付嬢の示してくれた方向に歩いてみた。その先には確かに人だかりができていて、見上げるほど巨大な木の板--もはや、木の"壁"--がそびえ立っていた。
俺たちが近づくと、ロイド教官のおかげで人だかりは続々とスペースを譲り、快適に掲示板の前に近づくことができた。
「でっか」
内容に目を移すと、木目の美しい蜂蜜色の表面に墨文字で、いくつもの名前が羅列されているのにまず目がいった。上の方にあった名前で目が止まる。「Maria Sinclair」……マリア? あの、今朝いきなり俺を殴り飛ばしたゴリラ女じゃないか。
候補生の名前だけではない。その横に続いて、学籍番号、所属クラス、エントリー状況などがつぶさに記されているのだ。エントリー状況の欄は、「マッチング待ち」と書かれた者もいれば、たとえばマリアの欄には「8/14 2nd match」とある。来週の月曜日の二試合目、マリアは誰かと対戦するようだ。
それだけに留まらない。項目の一番右端には、四桁から二桁の数字の羅列がずらっと下まで伸びている。どうやら、この数字の大きい順に名前が並んでいるのである。マリアの数字は、「7,071」。
この数字はまさか……ポイントか。あの女、もうそんなに貯めてるのかよ!
「すごいですね、これ……日々変動する個人のポイントまで表示してるなんて。どうやって更新してるんですか?」
「こいつはちょっとすげえぞ。一番下を見てみろ」
ロイドに言われて、掲示板に記された名前の一番下を見る。知らない名前だった。この人がなんだというのだろう。
その時だった。
その名前の下に、まるで"炙り出し"のように、独りでに黒い墨文字が滲むようにして浮かび上がってきたではないか。
新しく、掲示板の一番下に追加された名前は--「Sion Natsume」。
「お……俺の名前が」
学籍番号も所属クラスも間違いない。エントリー状況は「マッチング待ち」になっていた。ポイントは、「0」。今日の増減分はまだ反映されていないらしい。が、そんなことはどうでもいい。
「いっ、今、俺の名前が勝手に!」
「うはは、すげえだろ? これが《世界樹》の掲示板だ」




