第七話 火竜ジフリート-3
巻き上がった湖の水が、数秒間大粒の雨を降らせた。濡れ鼠のテトが立つ水面に、ぷかり、ぷかりと大小様々な水棲生物の死骸が浮かんでくる。
狩りの常套は、まずターゲットを弱らせること。大物釣りと同じだ。いきなり引き上げず、じっくり抵抗させて疲れたところを釣り上げる。それさえ忘れて、いきなり首を狙って突っ込んでいった自分があまりに情けない。
弱らせるために、テトの電撃ほど優秀な攻撃はない。だが高熱を発するジフリートの体に直接触れて、テトが電撃を与えるのは難しい。
あの状況で、即座にそこまで考えて、カンナはジフリートが自ら水中に潜るよう仕向けた。知らなかった。俺とカンナに、これほど差があったなんて。てっきり、もうすぐ手の届くところまで来たものとばかり思っていた。
「……っ!?」
何かを察知してテトが水面から飛び退った直後、大量の死骸が浮いた湖の中心が、ボコリと盛り上がった。
水面を突き破って現れた巨竜に、さしたるダメージは見られなかった。空中で独楽の如く巨体を捻ったジフリートは、水しぶきを撒き散らして一息に上空へ飛んだ。
身構えた俺達だったが、ジフリートは一直線に上昇していくと、やがて赤い雲の中に姿を消してしまった。
「……逃げた、のか……?」
「賢い竜だね。決して感情的にならない。格下相手に撤退なんて。かなり警戒されちゃったから、もう私達の前には現れないかも」
カンナは、ふぅ、と少し疲れたように額を拭った。
俺とマリアは、ジフリートの消えてしまった空を見上げていた。何もできなかった。呼吸するたび、火傷した喉が弱さを責めるようにヒリヒリ痛む。ヤツがもう現れないと聞いて、じわりじわりと、苦い味が舌の根に広がる。
「大丈夫だよ、シオン君。まだチャンスはある」
「……え?」
「私が投げつけたのはね、生卵に注射器で《腐臭スライム》の粘液を注入した特製《マーキングボール》だよ。投げつけると殻が割れて中身が付着する。激臭でモンスターを追い払う効果と、洗っても三日三晩落ちないその激臭を辿って、モンスターを追跡できる効果があるの」
「……追えるのか。まだアイツを」
カンナが頷く。思い出したように、全身が震えだして困った。
「あのヤロー、おれの電撃食らってピンピンしてやがった。次は容赦しねえ」
「あたしも、次こそは、アイツに一撃ぶち込む算段があるわ」
燃える俺たちの顔を、カンナは姉のような目で見守る。早速追いかけたがった俺を制して、カンナは「追うのは明日にしましょう」と有無を言わさぬ調子で提案した。言われて、もうあと二時間ほどで夜が来る時分だと初めて気づく。
「忘れてるかもしれないけど、三人とも疲労困憊なんだよ。体以上に頭が、判断力が鈍ってる。いきなり三人揃って突進するんだもん、呆れたよ」
「う……」
「返す言葉もない……」
「それに、あんなに暑い中歩き回って汗びっしょり。水浴びして、着替えたいもんね」
服の胸元をつまんでパタパタするカンナに、ついクラっときた。




