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第七話 火竜ジフリート-1

 カルデラ――火山の活動によって形成された巨大な凹《おう》地のことである。そこに水が溜まって湖となったものを、カルデラ湖と呼ぶらしい。


 それは、ここが火山地帯であることを忘れるほど美しい湖だった。透き通った薄紅色の水面《みなも》は、空さえ青ければさぞ綺麗な青色を映したに違いない。


 喉がカラカラに乾いていた俺は、湖畔に膝をつくと両手で水をすくい、そっと口をつけた。大地に冷やされたその水は、信じられないほど美味くて、飲んだ瞬間に細胞が生まれ変わったみたいだった。


「う、めぇ……」


 豊潤な煉素に浄化された湖の水は、天然のミネラルウォーターと化していた。貪るように飲み始めた俺につられ、テトとマリアも両脇にやってくる。三人揃って犬みたいに水を味わうさまを、カンナが遠くから笑顔で見守っていた。


 涼しい水場で生きた心地を取り戻した俺達は、近くの平地に簡易テントを立て、その前で輪になり腰を下ろした。


「ここなら見晴らしもいいし、戦闘になっても立ち回りやすいね。ここから空を見張ってあの竜を探そう」


「賛成」


「なぁ、あの竜って名前とかあんのかな? あの竜あの竜って呼ぶのもめんどくせぇし」


「竜は存在自体が伝説みたいなものだから、個体ごとに名前はつけられてないと思うよ。そもそもモンスター図鑑に載ってない種は、同じモンスターでも地域によって好き勝手に呼んでたりするし」


「なるほど。でも呼び名は欲しいな、便宜上」


「じゃあ私達でつけちゃおうか。名前」


 いたずらっぽく笑うカンナに、俺達は無邪気に賛同した。すぐさま挙手したテトの「アルティメットドラゴン!」はマリアに「ださい」と一蹴された。


「そう言うならあんたも案出してみろよ!」


「そ……そんなにポンポン浮かばないわよ」


「ならアルティメットドラゴンに決まりだな!」


「じゃ、じゃあX《エックス》でいいんじゃない、とりあえず。未知の生物だし」


「とりあえずじゃダメだろ、今後俺たちのつけた名前がモンスター図鑑に載るかもしれないんだぜ!」


 まずい、俺がなんとしてでもマトモな案をひねり出さなければ、このままではあの竜がアルティメットドラゴンという名で世界に轟いてしまう。


 ゴブリン、ライカンスロープ、トロール……――モンスターの中には、地球が生んだ空想や神話から名前を輸入されたものが数多くいる。それは、ナチュラルでも地球人でも、名前から即座にモンスターの外観や特徴を連想しやすくするためだ。


「上空を飛んでたから姿をちゃんと見てないけど、なんせ火山の竜だから、火に関係する名前がいいよな。……イフリート、とかどうだ? あぁでも、他のモンスターと被ってそうかも」


「じゃあ、《X(未知)》の《IFRIT(火竜)》ってことで」


 カンナは指で地面の砂に大きくアルファベットを並べて書いた。


「どう?」


 XIFRIT――火竜ジフリート。それが妙な程しっくりきたものだから、誰も異を唱えなかった。


「ここまでほとんどモンスターと遭遇してないことからも、ジフリートが影響を及ぼしているナワバリの広さがよく分かる。もしかしたら、この火山全域がヤツのナワバリなのかもしれない」


 モンスターの形成するナワバリの広さは、群れの頭数と一頭ごとの強さに比例する。単体でありながらこの莫大なフィールドのほとんどを独占してしまえるということは、それだけ他のモンスターにとってジフリートが脅威であるということなのだ。


「カンナの経験を踏まえて、こんな広さのナワバリを単独で保持できるジフリートの危険度は、いくらくらいだ」


「一級最上位」


 即答するカンナに、恐怖とは別種の鳥肌が立った。俺がこれまで討伐したモンスターで最高の危険度は三級中位。例のグレントロールだ。いったい、今の俺の力がどれほど通用するのか――早く、早く試してみたい。


「おっしゃぁ、燃えてきた! 絶対やってやろうぜ、ジフリート討伐!」


 テトが高く空へ突き上げた拳の先で、紅蓮の雲海がドロリと溶けた。


 そう見えたのは、雲を上から突き破りながら、巨大な何かがゆっくりこの湖へ降りてきたからである。


 最初に見たときより、一層ハッキリと、大きく、鮮明に、目の当たりにする。生態系の王の姿。


 片翼だけで十メートルを越える剛翼を一つ羽ばたかせるたび、水面が泡立ち、強風が吹き降ろす。地上に近づいてくるにつれ、風圧が加速度的に増していく。


 頭から翼、背、五メートル以上の尾の先に至るまでびっしり覆う赤褐色の龍鱗。口の端から迸る噴炎。ヤギのような、悪魔を連想させる湾曲した黒い立派な角が二本、竜のこめかみから伸びて天を突いている。


 姿を隠す隙も、余裕もなかった。

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