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第十三話 暴走-1

 不意を突き、這いつくばった体勢から体を回転させて下段を斬りかかるも、いとも簡単に刀を踏みつけられる。その凍てつく眼差しに、どう足掻いても刃が届かない。


 発狂寸前に追い込まれた俺は、刀から手を放してバネの如く弾けた。油断した白皇の顔面に渾身の拳を叩き込む。


 それが届く寸前、腹部に穴の空くような衝撃が走った。


「が……!?」


 白皇の剣の柄頭つかがしらが、腹にめり込んでいた。からい味が込み上げ、全身を硬直させて悶絶する俺の胸ぐらを、白皇は乱雑に、表向き優しく掴んで立たせた。


「僕の目を見ろ、アカネウォーカー」


 まるで口づけでもするように、至近距離に迫った白皇の銀色の目が、俺の眼球を抉るように射貫いた。次の瞬間、白皇の端整な顔がぐにゃりと歪み、水彩画に水をぶっかけたように、色彩が浮き、混ざる。吐き気で、目を開けていられなくなる。


「なん……だ、なにをした!?」


 拘束を振りほどき、片目を押さえて数歩後退した俺は、激しい目眩によろめいた。


「今から耐久テストをする」


「は、テスト……!?」


「望みは薄いが、最期のチャンスだ。もし耐えきれれば、処分は延期しよう」


 いきなりなんの話だ――困惑する俺の体は、直後、背後からの軽い衝撃で不自然に反り返った。


 背から腹を何かが貫いて、ドス赤い血に塗れたその先端が顔の前に飛び出す。銀色の、剣――脳が潰れるほどの激痛が、熱を帯びてはらわたを駆けずり回る。


「っ、ふ……!?」


 血が、腹からも口からも大量に溢れる。待て、意味が分からない。今俺は白皇の術にかかっていないんだぞ。こんな傷を負ったら、死んでしま――


 ズドンズドンズドン。新たに四方から飛来した三本の剣が次々と俺の体を貫き、はりつけにした。視界が真っ赤に染まる。喉が焼けんばかりの絶叫が、闘技場に響き渡る。


 待て、待て、待て待てマテ。なんで誰も止めないんだよ。こいつは狂ってる。頭がおかしいんだ。刀もアイツが踏んだままだ。殺、される。誰か、早くこの試合を終わらせてくれ。


 すがるような目で周囲を見渡すと、それまで死んだように静まり返っていた客席が、ようやく騒ぎだした。



「こ、ろ、せ! こ、ろ、せ!」



 四本の剣に串刺しにされ、血まみれになった俺に、観客たちは一様に満面の笑顔で拳を突き上げ、「殺せ」と、囃し立てる。うすら寒い冷気が、地を這ってきて俺の足首を掴む。


「な……に、言ってんだ、お前ら……」


 四本の剣でマリオネットのように固定された俺は、倒れ込むこともできずその場に項垂うなだれた。降り注ぐ罵声と「殺せ」の音頭が、血と共に体温を奪っていく。


「シオン!!!」


 太陽のような暖かい声が、ハッと俺を我に帰らせた。ハル。息を荒げて俺の前に現れた親友は、心配そうに俺に向かって手を伸ばす。


 抱きつかんばかりにその手をとろうとしたとき、ハルの胸から、白銀の剣先が突き出した。


 瞳孔が開く。音が消える。俺の名を呼び、事切れたハルの背後から、白皇の底冷えする双眸そうぼうが俺を見下した。


「意外だね。君が最も守りたい存在は、今は彼だったか」


 剣を払い、串刺しになったハルの亡き骸を乱雑に放り捨てた白皇の向こう側。空気中を踊る無数の赤い星々が、今、再び鮮烈にえる。


 思考が途絶える。赤が流れ込む。溺れるような茜色の波濤はとうの中で、たった一つ、何があろうと、この意志だけは、死んでも最期まで離すまいと決意した。



 ――オマエダケハ、カナラズコロス。



 地から噴き出した深紅の閃光が、火柱の如く俺を貫いた。






「……やっぱりダメか。耐久テストは不合格だよ、ナツメ君」

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