未知
事件発生からもう一週間は経った。
不思議なものだ。
学校の中はちょっと前に同学校の生徒が3人も変死したというのにすでに元気を取り戻し始めている。
しかし、親や教師にとってはやっと現実問題が見えてきた。
その3人と近くで倒れているのが発見された夕姫の関係性について噂が流れてPTAともめていた。
いじめ問題や、夕姫が登校していること。
学校に子供を預けている親としては殺人犯ではないかと疑われている夕姫が登校していると思うと気が気ではないのだろう。
当の夕姫はクラスメイトとの距離がさらにあいた。
梨奈以外は誰も近寄っては来ない。
しかし、その分積極的にいじめてくる人もいない。
昼休みに入って前の席に座っていた子が片づけをしている最中にペンを落とした。
それを夕姫は拾って彼女に渡した。
「あ……ありがとう。」
彼女の顔は何かに怯えるような目のまま笑顔を浮かべていた。
それを受け取るとすぐにペンを持ったまま弁当を持って友達と走って部屋を出て行こうとした。
しかし、部屋のドアの前のゴミ箱にこっそりそれを捨てるのを夕姫は見てしまった。
「夕姫。大丈夫?」
どうやら弁当を持って近づいてきた梨奈もそれを見ていたようだ。
少し痛そうな顔をした梨奈の顔を見ると夕姫はハッとして笑顔を浮かべた。
「何が?…今日はどこで食べる?」
「…あ…そうね。屋上いこうか?」
二人はお互いに微笑みを交わすとすぐに歩き出した。
学校の屋上は金網が張られていて狭い空間だった。
二人はドアから一番奥まで行くと金網に寄りかかって地面にすわった。
たわいもない話をしながらご飯を食べる。
それはいつもよりもぎこちない雰囲気で夕姫の笑顔がやつれていた。
梨奈はその様子に自分が食べ終わったあたりで切り出した。
「夕姫、大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ。」
夕姫は笑顔を浮かべた。
「…一人で…抱え込まない方がいいよ。」
梨奈は少し先の床の辺りを見ながら言った。
夕姫はその言葉に一度隣の梨奈を見ると同じように斜め下に目を移す。
言葉もなく押し黙って考え込んだ。
「私は夕姫と一緒にいたい。一緒に悩んだり、一緒に笑ったりしたい。」
二人は床の方を見たままだった。
「…ありがとう梨奈ちゃん。でも、私もわけがわからなくて…。」
夕姫はそういうとごはんの少し残った弁当箱を閉めて片づけをした。
「そっか…」
梨奈はポツリとつぶやいた。
「あの時、私そんな気絶するほどではなかったと思うの。…でも…蹴られていたと思ったら気が付いたら救急車の中で…血がいっぱい…それに頭が割れそうに痛くて…。何が起こったのか…さっぱりわからないよ…。」
夕姫は膝を抱えて頭を埋めるとボソボソと呟いた。
横でそれを見ていた梨奈は震える夕姫の肩にそっと触れた。
―キーンコーンカーンコーン…
しばらく経つとチャイムがなって二人は静かにその場を後にした。
梨奈は気丈に夕姫を慰めていたが内心不安だった。
何か得体の知れない何かの渦に巻き込まれているのではないかと。
そして梨奈は何か嫌な焦燥感に駆られてここ最近授業は頭に入ってこない。
梨奈の成績はそれなりにいいものだ。
学年でも上位10位以内を争うほどだが、今テストがあったらきっと酷いものだろう。
梨奈は中央の列の後ろから2番目で夕姫は窓際の3列目だった。
梨奈はチラチラと夕姫を見て考えごとをしていた。
夕姫の方は授業など上の空で外を呆然と眺めていた。
どうやらその様子に数学教師は気が付いていたようだが何もとがめようとはしなかった。
その微妙な状況に言葉も出ないのだろう。
その日夕姫と梨奈は掃除当番ではなく誰にも頼まれることもなかったので久しぶりに一緒に帰ることにした。
「ひさしぶりだよね。」
「そうだね。」
二人は静かに笑顔をかわした。
教室は騒がしく放課後の活動的な雰囲気の中二人の空間だけが異質なものだった。
帰ろうとして教室を出て廊下を歩き出した時、誰かが二人の前に立ちはだかった。
「ちょっといい?」
そう言ったのは安部優達のグループの仲間の一人だった。
名前は笹島紀香。
安部の親友と呼べる存在だ。
彼女は夕姫を積極的にいじめてはいなかったが、一緒にいてもいつも見ているだけだった。
その日、紀香は風邪をひいて休んでいて、その場に居合わせることはなかった。
紀香は夕姫を静かに睨むように見つめている。
夕姫と梨奈は顔を見合わせると、夕姫の方が一歩紀香の方に近づいた。
「夕姫、私も一緒に…。」
梨奈はハッとして言った。
「あんたは校門のとこででも待っていたら?」
そう言ったのは紀香だった。少し切れたような言い方で棘を隠していない。
梨奈は紀香の目を見ると寒気が走った。
「大丈夫。すぐに行くから」
夕姫は梨奈ににっこり笑って見せると紀香が促す方へ一緒に歩いていってしまった。
梨奈はそこで固まったまま夕姫を見ていた。
「…だ…大丈夫って…あの目…。」
梨奈は一気に不安に駆られて、夕姫達の向かった方へ駆け出した。
夕姫が連れられてきたのは別棟にある3階特別教室で空き部屋だった。
もう随分古い学校なので、部屋はいっぱいあるが少子化の影響で使用しなくなってしまった部屋だ。
その代わり倉庫として使われている。
その棟は4階建てでクラスのある建物とは1階分だけ高い。
「この部屋…。」
夕姫はその部屋にはいつもは鍵がないと入れないので不安になった。
「今鍵が壊れてて開けっ放しらしいの。ほとんど誰も来ないから教師は大切なものだけ違うところに保管してそのまま直すまで開けとくことにしたみたいよ。職員室で聞いちゃった。」
紀香は窓際まで行くとそこに寄りかかってニヤニヤしながら言った。
「…入っちゃまずいんじゃ…。」
夕姫はボソボソと言うとそれを聞いた紀香はツカツカと歩いてきて夕姫の目の前に立った。
―パーン!
見事な音を立てて紀香の平手が夕姫の左頬に当たった。
「…う…。」
その衝撃で右を向いたまま夕姫は左頬を手でさすった。
「何?いい子ぶっちゃって?!あんたなんでしょ?優達殺したの!」
紀香は爆発したように夕姫に暴言を吐いた。
その怒りと言おうか悲しみと言おうか、彼女の言葉は夕姫の心に刺さった。
「…何も…何も覚えていないの。…記憶がないの!一緒にいて、蹴られて、そして気が付いたら救急車の中だった!」
夕姫はそのまま崩れ落ちて床に這い蹲る用に頭を擡げた。
その額はほとんど床に着くところだ。
夕姫の目からは滾々と湧き出る泉のように涙を排出した。
「何よ!何も覚えてないなんて!きっと忘れてるだけよ!!あんたが、殺した!!あんたが!!!!」
―ゴトン…
紀香はその近くに置かれていた花瓶のようなものを掴んだ。
夕姫はその気配にふと紀香の方を見上げた。
紀香のその腕が重そうな花瓶を振り上げた。