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嫌悪と憎悪

 「夕姫!おはよう。」

「おはよう。」

梨奈と夕姫は笑顔で挨拶を交わすと、教室の席につく。

普通の風景だが、そこにクラスメイトの冷たい表情で温度差がある。


 夕姫は検査等がすぐに終って2日で退院した。

最初の登校で夕姫は他人の目がこんなに痛いものかと実感した。

学校では事件発生から3日でよからぬ噂が流れていた。

それは死んだ3人は夕姫によって殺されたのではという話だ。

人の噂とは恐ろしい物だ。


遺体は一人の人間がやったとは思えない状態であった。

警察の発表では3人の遺体は無数の傷で覆われるようにずたずたの状態で発見されたらしい。

まるで四方八方から切りつけられたような。

3人ともほとんど同じような傷だったが、安部優の遺体の状態はあまりに酷かった。

警察の新人が吐いていたのを野次馬の人が見ていた。

その中には夕姫達の学校の生徒もおり、どんな惨状だったのかと想像を掻き立てた。

3人とも学生証や身元のわかるものを所持しており、見かけた人の証言からも身元はすぐにわかった。

しかし、顔では判別できる状況ではなかった。

夕姫には病院でもカウンセラーが付き添って、警察が事情を聞いていた。

カウンセラーが止めたにもかかわらず、警察がその惨状について言ってしまった。

それを聞いた夕姫は言葉を失い、眩暈を起こした。

そのせいで、事情聴取は途中で切り上げられた。

おそらく、それだけで警察が食い下がるはずもないが。

あまりにも3人の死が怪奇なものであったので、警察は頭を抱えていた。


 「すみませんね。授業中に…。」

応接室に通されていた刑事の二人が夕姫と連れてきた先生に会釈しながら言った。

なんだか頼りない感じの刑事だ。

もう一人の方はむすっとしていて無言だが、いかにもベテラン刑事と言った感じだ。

夕姫はその二人には見覚えがあった。

病院に来た刑事と同じ二人だ。

確か名前は新人の方は吉原、ベテランの方は柴田と言った。


「えっと…もう具合はいいんですか?」

吉原はこの前の事情聴取で夕姫が具合が悪くなってしまったその発言を言った人だった。

そのためか作り笑いを浮かべて少し次の言葉を考えているようだった。

「大丈夫です。この前はすみません、途中で…。」

夕姫は苦笑いをすると吉原という新人に気を使った。


―ウォッホン…


吉原の左隣に座っている柴田がそのたどたどしい様子を見て一つ咳払いをした。

「あ!…えっと、それでですね。当時のことなんですが、あなたは彼女達に大山公園に呼ばれて行き、しばらく一緒にいたとのことですよね?その時、何をしていたのですか?その近くにはベンチもなかったし、おしゃべりをしていたにしては人気もなくて不自然です…。」

吉原は手帳と柴田の方を気にしながら話していた。

夕姫はその問いかけにしばらく下を向いてだまってしまった。

「何か言い辛いことでもあるのかな?君は未成年だし、プライバシーは守るよ。」

柴田はため息を一つ漏らすと少し身を乗り出してお父さんのような顔をして言った。

その入り口にいた女性教師に視線をやると彼女はハッとしたのか開けたままの扉の向こう側に行こうとした。

「あ…。」

夕姫は出て行こうとする先生を引き止めるように見つめた。

彼女はそれを察したのか、また元の位置に戻った。

「いいんです。もう」

夕姫は両手を膝の上で握り締めると呟くように言った。

刑事の二人はその夕姫の様子にさらに身を乗り出した。

「私…阿部さん達に…その…殴られたりとか…蹴られたりとか…。…その…私が駄目だったから、皆、怒っちゃったんです、きっと…。」

それを聞いた先生はハッとして口元を手で覆った。

刑事は真剣な眼差しで夕姫を見つめている。

「でも、地面に伏せて蹴られている時から記憶がなくて…。気が付いたら救急車の中でした。」

「…え…。」

夕姫の話が案外すぐに終ってしまったことから吉原は思わず漏らした言葉に夕姫は吉原の目を見てしばらく見詰め合ってしまった。

それを見て柴田はため息をして深くソファーに体を委ねた。

「ようは、君はいじめられて気を失い、その間に事件が起こったということかな…。」

夕姫は柴田の顔を見て苦い顔をした。

「いじめられたなんて…違いますよ…刑事さん…。」

そのまままた下を向いた夕姫はいつの間にか動悸がはげしくなっていることに気が付いた。

息苦しい。

心臓が痛いほど脈打っている。

「ここの他の生徒に聞いたところ、君がいじめられていたということは聞いていたよ。」

夕姫はその柴田の発言に少し驚いた。

しかし、すぐにそれはそうかとまた下を向いた。

「君は彼らを憎んでいて、君が殺したと考えることは安易だが、あれは君みたいな子ができるような事件じゃないからな…。」

夕姫と吉原は柴田を見つめた。

吉原はその柴田の気が抜けた様子に少しびっくりしているようだ。

その吉原をチラッと見ると柴田はさっと立って部屋を出ようとした。

「し、柴田さん?」

吉原は柴田を呼び止めながら立ち上がった。

「帰るぞ。」

柴田は吉原を振り返って不機嫌そうに言い放った。

「は…はい!えっと…あぁ、これ。もし何か思い出したらここに電話してください。では失礼します。」

吉原は夕姫に名刺を渡すと夕姫と担任に会釈をして柴田の背中を追って去っていった。

夕姫は二人の出て行った先を見るとその目を名刺に向けた。


 「時任さん…その…私、知らなくて、辛かったでしょ?」

教室に戻るところで担任は沈黙を破って声をかけた。

教師としてどうしたらいいかわからないのだろう。

「いえ、大丈夫です、先生。心配しないでください。」

夕姫は苦笑いで返した。


夕姫は、自分はいじめられていないとどこかで思っていながら、その事実を認めて先を見ていこうと思い始めた。

人に打ち明けたことが心の重荷を少し取り払ったのだろうか…。

それでも教師にとっていじめというのは対処しづらい問題であるという認識がある夕姫はせめてもの気遣いをした。

いじめをしていた中心人物は死んだのだ。

その事実は夕姫に安心と共に自己嫌悪をもたらした。



 「柴田さん!いいんですか?」

吉原は車に乗り込んだところで助手席に座っている柴田に話しかけた。

「何がだ。」

柴田はまだ気が抜けたように窓の外をみている。

その目線の先には体育館に向かう生徒達がいた。

笑顔でおしゃべりをしていた。

「何がって、彼女にもっと聞くべきことあるんじゃ…。」

「聞いてどうする。彼女に出来ると思うか?あんな…お前だって現場で吐いていたじゃないか…。」

柴田は吉原に手を払うようにして車を出すように指示した。

ムスッとした顔をしてそれに従った吉原は学校の校門を出たあたりでまた話を振った。

「どうなるんですかね、この事件。」

「さぁな…俺でもこんな事件は初めてだ…。」

柴田はほお杖を付いてまだ窓の外を眺めていた。

「夢だったら覚めて欲しいくらいです。あんな…うぅ…。」

「ここで吐くなよ。…夢だったとしても俺はいやだな…。」

「確かに…。」

吉原のその言葉で二人はしばらく黙った。

「…まだだな…きっとまた起こる。」

街角の交差点の赤信号で止まったあたりで前方の歩行者を見ながら柴田は突然呟くように言った。

「う…」

それを聞いた吉原は気持ち悪そうに口元を押さえた。

「青だぞ。」

そんな吉原をチラっと見ると柴田は忠告してまた横の窓の外を見つめた。


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