二つの意思
― なんで…
― なんで、飛べるの?
― 違う、知っている…
― 風を掴む感覚
― この身体は覚えている
― いえ、そんなことよりも行かなければ…
― 私は行かなければいけない
― 今だけは、この力に感謝する
― 私を導いてくれる
『…わたせ…』
― 誰?
『…力を…』
― 誰なの!?
『…身体を…』
― やめて
『…心を…』
― いやぁ!
何十メートルほどの跳躍を繰り返して移動する夕姫は5キロほど移動したあたりで着地した。
頭を抱えてしゃがみこむが、すぐに、立ち上がり、ふらふらと歩いた。
夕姫は街の片隅にあったベンチに腰かけるとふと上を見上げた。
その視線の先にはビルがあり、そのビルは駅ビルとなっていた。
夜の11時過ぎを回った時計が中央に光っていて、電車がそのビルの端から現れるのが見えた。
「遠くに…行かなきゃ。」
夕姫は立ち上がるとふらふらとそのビルに吸い込まれていった。
夕姫は改札の前に着くと少し困ってしまった。
夕姫が持っているのは夕姫の身体に巣食う何かしらがお婆さんから奪った果物と財布の入っているビニール袋だった。
自分のお金を持ち合わせていなく、戸惑った。
しかし、夕姫は心を痛めながら決心をした。
夕姫は初めて自らの意思で罪を犯すことに極度の緊張を示し、指が震えた。
夕姫の身体に巣食う何かしらは夕姫に死なれては困ると思ったのだろうか。
おそれくそれは夕姫が餓死しないために盗った物だろう。
それにまんまと填る自分に強く嫌悪を抱いた。
「この電車は最終電車です。」
夕姫がホームに着いたころ駅員がマイクでそう告げていた。
夕姫は迷うことなくその電車に乗り、座った。
意外と人がいたので隅の方に座ると一気に眠気が襲ってきた。
しかし、夕姫は必死で目を見開き、向かい側の窓から外を眺めていた。
行き先はもう決めていた。
小さい頃両親と家族旅行に行った海辺の町。
観光の町のせいか別荘ばかりで住んでいる人が少ない。
海辺の町で仄かに海のにおいがする場所だった。
夕姫の短い生涯で家族旅行に行ったのはそこしかなかった。
―プシュー…
夕姫が窓の外を見ているとドアが閉まりやっと電車が動き出した。
「さよなら…」
夕姫は周りの人に聞こえないほど幽かな声で町に別れを告げた。
その町が全てだった。
穏やかな人々とその風が好きだった。
母や父が好きだった。
明日香が好きだった。
梨奈が好きだった。
失いたくなかった。
だから、さよなら…。
夕姫はその町を眺めた。
暗闇に灯る街の灯が空を照らしている、その町が過ぎていくのがわかった。
夕姫は俯いてポタポタと涙を流した。
その情動に湧く感情が引き金になることはわかっていた。
だから、涙を拭いて思いっきり息を吸い込み、吐いて気を落ち着かせた。
目的地に着くまでその気配を押し込めなければいけないと必死だった。
そして電車の天井に釣り下がっている広告を見た。
そこにはもうクリスマスの文字があった。
それらの広告をぼんやりと眺め電車に揺られていた。




