降下 1
「なんだこれは…」
勇気はそう呟くと警察署の方を眺めながら自転車を止めた。
炎の竜巻のようなものが立ち上っていた。
警察署の手前の坂を下ったあたりでそれを見ていたが、その場へ近づくことを少し恐れた。
しかし、勇気は決意し、また走り出した。
そして、警察署のある大通りにそって100メートルほどの南の距離に来るとまた自転車を止めた。
というか止めざるを得なかった。
周囲には瓦礫が散乱している上に人々がそこから逃げようと自分の方へ向かってきていたからだ。
人にぶつかりそうなところギリギリでよけた。
その道の脇にはコンビニがあり、そこに自転車を止め鍵をかけると、人々の進む方向とは逆に進んでいった。
「うわぁ!?」
―ドサ!!
そんな勇気の目の前に何かが飛んできそうになったのでそれを間一髪で交わすと、自分より斜め後ろにそれは落ちた。
それは人だった。
頭を南側に向け西を向いた状態の横向きで横たわっている。
体つきから男性のようだが、顔が右耳のあたりから横にざっくりとえぐれていた。
それ以外にもその様な部分が多々あり上側になっている右側の腕は肘より下の部分の骨が見えてしまっている。
しかも服はところどころ焦げたように黒くなっていた。
「ぅうう…。」
勇気はそれを見て吐きそうになり、口を押さえるとすぐに視線をそらした。
その場を走って逃げていく人はそれを見てどよめき、足を速めた。
勇気は意識を別のことへ向け落ち着くとまたよろよろと走り出した。
30メートルほど進んだあたりで逃げる人を見かけなくなった。
進めば進むほど風が増し、まるで台風が来るかのような風だった。
しかも前方から色々と物が飛んでくるし、それらは燃えていることが多かった。
勇気はその通りにある建物や塀を盾にしながら進んだ。
飛んでくるものは様々だ。
壁の一部か何かであろうコンクリートや自転車、車、木、ガラスの破片、それに人…それは凶器でしかなかった。
木なんかはほとんど炎に包まれて飛んでくるのであたりは火の海と化していた。
それが止まっている車にぶつかったりしてさらに大爆発を引き起こし、火はとどまることをしらなかった。
その竜巻のようなものの50メートルほど近くまでくるともう立っては居られないほどだった。
「まいった。」
勇気はぼそりと呟いた。
その時だった。
かなりの強さで吹いていた風の音がやんでいった。
そして風はほとんどなくなった。
炎のせいで吹く上昇気流とその土地独特の風が少し吹くだけだった。
「え?なんで?」
―ドサ!!!…バサ!!…ドササ!!!!
突然上空から勇気の居たあたりの建物の横にあった木の上に何かが落ちてきた。
そしてそれは木をクッションに地面に落ちた。
「う…」
「いってぇ…」
それは二人の男だった。
勇気は驚いて、そちらを凝視していた。
ちょうど影でよく見えない。
―タッタッタッ…ポンポン!!
その固まったままの勇気の後ろに走りよった誰かがその肩を叩いた。
「ぅわぁぁ!」
その不意の出来事にびっくりした勇気はマヌケな声を上げた。
「あ…ごめん。」
勇気は口を押さえて後ろを振り向いた。
そこにたっていたのは息を切らしている梨奈だった。
どうやら勇気に少し遅れて、同じように途中から走ってきたようだ。
「木にぶつかって助かるなんてラッキーですねぇ、柴田さん!」
そう言ったのは落ちてきた二人の男のうち若い方だった。
立ち上がりながら、暢気な口調で言った。
しかし、彼の左足から血が流れだしている。
「ラッキーなもんか!馬鹿!早く止血しろ!!」
その柴田と呼ばれた初老の男は若い男の足の怪我を指差して言った。
その男も左腕に怪我をしているらしく血が流れ出ていたがボロボロになっていた背広の腕の部分を無造作に剥ぎ取ると自分のその怪我の部分に押し付けきつくまいた。
その様子を見ていた若い男も習い布を剥ぎ取りそれを足に巻いた。
見た感じ他にも怪我をしているようだが、致命傷となっている傷はなさそうだった。
「あれってなんだったんでしょう…。」
若い方の男は布を縛りながら柴田に言った。
「吉原…お前は馬鹿か…俺だってわかるわけねぇだろが…。」
「そりゃそうですよねぇ…。」
吉原と呼ばれた男は苦笑いしながら、上体を起こし、周りを見渡した。
その時10メートルほど先にいた勇気達と目があった。
「あ…き…君たち、ここは危ないから逃げなさい!!」
吉原はいきなり大人らしい真剣な眼差しで大声を上げた。
それに気が付いた柴田もそちらを見ると梨奈を見て目を見開いた。
「風見…梨奈さん…だね?」
柴田は数歩歩み出るとボソッと呟いた。
「え?風見…って…。」
吉原は柴田の後姿を一瞬見て、また梨奈に視線を戻した。
梨奈は勇気の斜め後ろあたりで固まっていた。
その4人はその場でしばらく動かなかった。
沈黙が続いて、次の瞬間それは突如破られた。




