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矛先 1

 夕姫は池のほとりで一人佇んでいた。

おなかがなってずっとご飯を食べていなかったことに気が付いた。

昨日病院で食べた朝ごはんだけだ。

それ以来公園の水道で水を飲んだくらいしか口にしていない。

夕姫はフラフラと立ち上がり、水道のところに行くととにかく水だけは飲んだ。

夕姫はその足で灯りのある方へ歩いていった。池の水で足とサンダルを洗ったせいか足跡が土にくっきりと残っていった。

 しばらく歩くと公園から続く道から上に坂が伸びていてそれをゆっくり上がっていく。

息を切らしながら力の入らない足に鞭打ち登っていく。

足元が覚束なくて躓いて転んでしまった。


―プツン…


それはまるで糸が切れるようだった。

夕姫にはその感覚が何度か味わったことのあるものだとわかった。

『夕姫、あんたってほんとお人よしね…。お金持ってないからって食べることも出来ないなんてバカバカしい。こんな食べ物が溢れているのに…フフフ…』

夕姫は軽やかに立ち上がると坂道の脇にあった民家の生垣の中へ入っていった。

夕姫の意識はそれを拒んだ。

しかし、自分の体が自分のものではないように勝手に動いてどんどん遠慮もなく中に入っていく。

縁側にたどり着いた夕姫はその家を眺めると灯りの灯った窓に向かって右手を左から右に振った。


―バリーン!


その音と共にガラスがわれ、それに気が付いた家主が飛び出してきた。

「だ…誰だい!」

出てきたのはおばあさんで、一人暮らしのようだ。

夕姫はそのおばあさんに向かって右手をさっきとは逆方向に振った。

すると強烈な旋風が巻き起こり容赦なくおばあさんに襲い掛かった。


「あぁぁ!!」


―バタ


おばあさんは力なくその木の床に倒れこんだ。

夕姫はそれを気にせず、縁側から家の中に入り込むとその机の上に置かれた林檎や柿などを幾つか掴んで近くに置いてあったビニール袋に詰め込んだ。

そしてあたりをぐるっと見渡すとそのおばあさんのものと思われるバックがあって、それを漁った。

中には財布があり、夕姫はそれを取り出してそのまま袋に詰め込んだ。

そして静かに同じように縁側から外に出ると静かにそこを去っていった。

夕姫は顔色一つ変えなかった。

 彼女は夕姫であり、夕姫ではなかった。


夕姫はそのビニール袋から取り出した林檎をかじりながらとぼとぼと歩いた。

後ろの方で何か騒がしい人の声がしても振り返ることはなかった。

しばらく夕姫はそうして歩いて坂を上りきると街灯の多くある道路に出た。

どうやら国道に出たらしい。

その国道は夕姫の住んでいた町に通じている。

夕姫はさらにそれをそちらとは逆方向に進んだ。

その方向にはその市の中心街と呼べる町の方向で夕姫はその灯りに集っていくようにフラフラと歩き出した。

 後ろの方から幾つかのパトカーが通り過ぎていく。

その様子を横目で確認するとまた林檎をかじった。

そのパトカーのうち何台目かの車が突然夕姫の進行方向のコンビニの駐車場に止まった。

夕姫は一瞬止まってその様子を見ていた。

乗っていた巡査の一人が夕姫に近づいてきたのがわかった。

しかし、夕姫はその場を動くことも目をそらすこともなく彼らを見続けた。

「君!こんな時間に危ないよ!さっきそこで強盗殺人があって、ここら辺にまだ犯人がいるかもしれないんだ。早くお家に帰りなさい。」

夕姫はその巡査の言葉を受けて少し間をあけると口を開いた。

「すみません。迷子になってしまって…。家がどっちだったかわからないんです。けっこう遠くまで来てしまったし…」

夕姫は苦笑いして見せた。

「え?まいったな…。とりあえず、僕ら今署に戻るところだったから、一緒に警察署に行く?」

巡査は少し困った様子で笑うと夕姫もそれに笑顔で頷いた。

夕姫は彼に連れられて車の方へ戻るともう一人巡査がいて彼に事情を説明して三人はパトカーで警察署に向かった。

 警察署までは10分程度でついた。


 夕姫は巡査に車から降ろされあたりを見渡した。

制服を着ている人に混じって私服警官が車へ向かっていくのが見えた。

夕姫はそれをジッと見るとその中に会った事のある人物がいた。

柴田と吉原だった。

他の人物がさっさと車に乗って出て行くのに対して彼らはゆっくりと署の玄関から出てきて階段を下りてきた。

吉原の方は焦っているように柴田をせかしている。

「あぁ…わかっているよ…。」

柴田はその吉原の対応にめんどうくさくなった。

夕姫は巡査が来るようにうながすその腕をイラッとした顔で振りほどいた。

「え…」

巡査は少し驚いたような表情で突っ立っていた。

その数メートル先に柴田達がおり、柴田はふと夕姫の方を見た。

そして視線を前にもどしてすぐにまた夕姫の方を見直した。

吉原は柴田の少し前を歩いていた。

柴田はその場で呆然と夕姫を見て止まった。

 柴田がついてこない様子に吉原は数歩柴田の方へ向かいその表情に首をひねった。

そして柴田の見る方向を見た。


「時任…夕姫…」



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