暁の決意 1
―ピンポーン…ピンポーン…
そのチャイムは虚しくもなるだけで中から何も応答はない。
勇気と梨奈は約束通り一緒に夕姫の家の前で家主が出てこないかと見守っていた。
それは朝9時ごろのことだった。
梨奈はその可愛らしい顔を歪めてしかめっ面をしている。
しかも目の下にクマまで作っている。
勇気も同じようにクマをこしらえて疲れた顔で立っていた。
「駄目ね…。」
梨奈はその扉に右手を掛けるとため息を付いて勇気を見た。
勇気も梨奈を見返した。
―コツ…コツ…コツ…
二人がそうして夕姫の家の前で佇んでいるとその後ろの方から誰かが歩いてくる音がした。
革靴の音だ。
「どなたですか?」
歩いてきたその人は梨奈たちを見ると怪訝な顔をして尋ねた。
「あ…夕姫の…いや、時任夕姫さんのクラスメイトなんですが…。」
梨奈は慌ててそれに答えた。
「…夕姫の?そうですか。はじめまして夕姫の父の泰三です。すみません、色々立て込んでて、今帰って来たんです。中にお入りください。」
その人物はどうやら夕姫の父のようだ。
泰三は鍵で扉を開けると二人を招きいれた。
彼は物静かそうな感じで少しよれたスーツを着ていた。
疲れた顔だが、面影は夕姫に似ていて、優しい雰囲気がある。
中学生の子供がいるわりには若い感じがする。
家の中に招き入れられた二人は居心地が悪そうにソファーに腰掛けると泰三の入れてくれたコーヒーをすすった。
いかにもインスタントで美味しくもまずくもない。
「夕姫…どこにいるんですかね…。」
カップを持ったまんまの二人に向かって泰三は突然口を開いた。
「え?」
勇気は思わず驚いて言葉を漏らした。
「妻が…夕姫の母親…陽子は聖明病院で怪我をして、生きてはいますが酷い怪我を…。顔も…腕も足も背中も胸も…。」
泰三は俯いて身体を震わして呟いている。
その表情は俯いているからよくわからないが声が震えていた。
「夕姫はきっと巻き込まれたんだ…きっと…陽子のように怪我をしているかもしれない。夕姫は…可愛いから誘拐されたんだ……そうだ。そう………怪我でもしていたら……俺は…どうしたらいいんだ…。」
泰三の言うことは支離滅裂だった。
彼はずっとガタガタと身体を震わせて俯いて呟いていた。
まるでそこに梨奈と勇気がいないようにひどく混乱して座っていた。
「おじさん…?」
梨奈は腫れ物に触るように静かに呟いてゆっくりと泰三の肩に手を伸ばした。
「君達!知らないか?夕姫は…夕姫はどこに…。」
その途端に切迫した赤い目の泰三が顔を上げて大声を上げたので驚いて息を呑んだ。
梨奈はその様子を見て細かく首を横に振った。
それを見た泰三はまた俯いてブツブツと呟き始めた。
「おじさん。…捜すから、私、夕姫見つけてきますから…。」
梨奈は痛そうな顔をしたままそう告げると、勇気に目配せをしてその家を後にした。
「あれは…その…なんていうか…。」
勇気は言葉に詰まって梨奈を見た。
梨奈は門を出たところで家を見つめてその勇気の言葉を聞いていた。
「大人だって万能じゃない。…私は私の出来ることをする。」
梨奈はそう言うと横目でしばらく勇気を見た。
「やっぱり、水野君は止めた方がいいよ。危険すぎるし…。」
「な!?馬鹿言うなよ!ここまで来て!俺だって興味本位でやってるんじゃないよ。」
勇気は梨奈の言葉に食って掛かると少し大きな声をだした。
それに梨奈は少しびっくりしていた。
「あの目…このまま放って置いたら何が起こるかわからない。そうだろ?だったら俺はやる!」
勇気のその意気込みに梨奈は少し笑みを漏らすとちょっとだけ頷いた。
「そうだね。正直一人は辛いし、嬉しいよ。だけど、危ないと思ったら逃げてね。私のことは気にしないで…逃げて…。」
梨奈はまた渋い表情で下の方を見た。
勇気はその様子をじっと見詰めていた。
二人は次に前日夕姫と会ったビルに入っていった。
しかし、そこで夕姫に出会うことはなかった。
屋上の景色を眺めながら二人はしばらくそこで次にどこに行くか考えようと花壇の奥にあったベンチに座った。
その時ふいに勇気は口走った。
「夕姫ちゃんはなんでここにいたのかな?」
梨奈はその問いにしばらく間をおくと口を開いた。
「ここは夕姫に強く影響を与えた場所なのよ。」
勇気はそれを聞くとジッと次の言葉を待つように梨奈を見つめた。
梨奈の方は花壇に咲いているコスモスを見ていた。
花壇は昨日の出来事で少し壊れたままのようだ。
「私と夕姫が始めて言葉を交わしたのはこの場所なの。」
梨奈は坦々と自分と夕姫について語り始めた。




