水野家 1
「勇気!何処行っていたのよ。心配したんだから!?」
勇気の家に行くと姉の望がリビングから出てきて勇気の腕を掴んで叫んだ。
「い…痛い!」
「え?…ごめん。」
望は腕を離すとその勇気の様子をまじまじと見つめた。
「ゆうき?」
その時ふと梨奈がそれを呟いて勇気は思い出したように口を開いた。
「あ!自己紹介まだだったね。僕、水野勇気。三日前に越してきたばっかりなんだ。」
勇気は苦笑いでぱっと自己紹介をした。
「え…本当にゆうきっていう名前なの?」
梨奈は驚いて勇気をジッと見つめた。
当の本人は見つめられているわけがわからず二人は見詰め合った。
そんな様子をみていた望は二人を見て何がなんだかわからなかった。
水野家の勇気の部屋に招かれた梨奈は色々と事情を説明した。
何故かそこに望も割り込んで話を聞いていた。
キッチンの方では母が夕飯を作っているのかいい匂いが漂ってきた。
「じゃぁ、あの子もユウキって言うんだ。」
勇気は時任夕姫との共通点にちょっと驚いていたが、それ以降の話に関してはもう呆然とするしかなかった。
「…ってことはあの夕姫ちゃんっていう子がまるで人が変わったみたいになって、なんらかの力で人を殺したってこと?」
勇気はそれを要約して口に出した。
その必要もないが二人は頭が混乱していたので言葉にすることでなんとなくそれを理解できた気がした。
その様子を見ていた望は何がなんだかわからないが興味を持ったのか部屋から出て行こうとはしない。
「ねぇ、その子何か武器とか持ってたんじゃないの?」
望はワクワクした顔で二人の顔を交互に見た。
勇気はその様子を見て、望を立ち上がらせドアの方へ押しやった。
「ちょ…何よ!気になるじゃない!」
「姉ちゃん、邪魔…。」
勇気は望をドアの外に放り出した。
「ちょっと!そうやって男の子と女の子が密室にいちゃいけないわよ!襲われるわよ!梨奈ちゃん気をつけて!」
望は冗談なのか本気なのかドアの中に向かって怒鳴った。
「お…襲ったりなんかしないってば!」
「あら!男は狼って言うじゃない!」
「俺がそんなことするわけないだろ!」
勇気がそう言うとしばらく沈黙があった。
「…それもそうね。勇気は文字通りの勇気もないへなちょこだしね…。」
望はそういうとそのドアの前からリビングに降りて行った。
「う…。」
勇気は憂鬱な気分になりながら振り返り、ため息をついた。
「兄弟っていいわね。」
梨奈は少し笑って言った。
「そう?」
勇気は苦笑いした。
「私も夕姫も一人っ子だから、弟が欲しいねって話していたのよ。」
梨奈は含みを持たせた微笑を勇気に向けた。
勇気はそんな梨奈をちょっと見て、そのまま右の方にある本棚に向かった。
その中から一番上にあった本に手を伸ばした。その高さは勇気が手を伸ばしてギリギリ取れる高さで梨奈には取ることは出来なそうだった。
勇気は中学生だが成長が早いのかもう170センチ後半っぽかった。
「あの夕姫ちゃんの能力って、これじゃないかな?」
そう言って取り出したのは妖怪事典のような妖しい本だった。
本棚にはそういう本が他にも沢山あって、超能力だとか妖怪だとか霊だとかという文字が並んでいる。
中には心理学という文字もあった。
勇気はその本のあるページを開いて梨奈に見せた。
「かまいたち?」
梨奈がそう言うとその傍に座って勇気が話し始めた。
「これはあくまでそういう現象を妖怪として形にしただけなんじゃないかって言われているんだ。実際にかまいたちにあったような傷を追った人は結構昔からいて、それほど珍しい話じゃないって聞いたことがある。」
勇気は突然学者のような口調になったもんだから梨奈は呆然とそれを聞いていた。
「かまいたちは突風とかによって発生した真空じゃないかっていう説があって、それに触れた皮膚が皮膚の筋に沿ってぱっくり割れるんじゃないかっていう話……って聞いてる?」
呆然としたままの梨奈はその問いに苦笑いを浮かべた。
「…でも、そんなのって人間が出せる能力じゃないでしょ?」
勇気はそれを聞いて梨奈を見つめたままとまった。
「そりゃそうだよね。非現実的だ…。」
勇気は自分の考えを追い払うようにそれを笑って本を閉じた。
「でも…梨奈ちゃんが言うように性格が変わったって…まるで霊に憑依されているみたいじゃない?」
勇気はまた浮上してきた考えを口にした。
「え…いやぁ…私にはわかりかねます。…でも明らかに雰囲気とか声も性格も変ってて…。」
梨奈は勇気の言葉に少し呆れたが、夕姫に何かが起こったということは捨てきれなかった。
「…解離性同一性障害…とか?」
勇気がぽつんと言葉を発した。
「え?…かいり?…何ていったの?」
「解離性同一性障害。多重人格のことだよ。最近では脳内物質の異常のせいで起こるんじゃないかっていわれたりもしてるけど……あぁ…でも記憶はあるんだよな…。多重人格って多くの場合他人格になっている時の記憶はないことが多いんだって…。」
梨奈はその勇気の話にさらに気が遠くなった。
その様子に気が付いた勇気は梨奈の目の前で手をヒラヒラさせた。
「あぁ…で、多重人格って…どっかでいじめとかでなるとかって聞いたことあるけど…。」
梨奈はふと思い出した情報を確かめてみた。
「…そういう話も聞くね……もしかして夕姫ちゃんっていじめにあってたの?」
梨奈はその勇気の言葉を聞いて頷いた。
二人の間を沈黙が取り巻いた。




