三十九話 内藤高志
俺は、俺はどう思っているのだろうか。
レーカスの話を聞いた今、全てを投げ打ってここまでやってきた、彼の人生の集大成を破壊し、踏みにじる覚悟はあるのだろうか?
この世界にやって来て、俺はまだ数ヶ月のヒヨッコだ。
二十年という歳月を一つの目的に、人生を捧げてきたレーカスの執念を超えるだけのものを持っているのだろうか。
目を瞑れば社会不適合者として――”異世界適合者”としてこの世界にやって来てからの日々を鮮明に思い出す事が出来た。
目の前に立つ”異世界適合者”もまた、この異世界に――『世界の意志』という仕組みに巻き込まれた被害者なのだろう。
「なあレーカスさん、あんたの気持ちは分かった。覚悟も、その思いの丈も理解は出来た」
「タ、タカシッ!?」
動揺を声に出してこちらを振り向くカー子。
対照的に自らの呼び方に再び敬称が加わった事に気付いたレーカスは、その目を見開き、そしてニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
「そうでしょうタカシさん。貴方だって目的は現実への回帰では無いのですか?」
「それも間違いない。だから最後に一つ、アンタに質問させてくれ」
「いいでしょう」
一人の人間として、同じ”異世界適合者”として、最初で最後となる同じ目線に立って聞く問い掛けだ。
「アンタはこの世界で俺よりも遥かに長い時を生きている。その間に、この二十年間でこの世界で出会った人々に対して、少しでも友情や愛着、愛情といった感情を抱く事は無かったのか? どうしてそこまで頑なに暗く冷たい道を進み続けられたんだ?」
俺の質問に対してレーカスは、さも愚問と言わんばかりの冷めた表情で冷静に答える。
「一つ勘違いをしているようですが、私に取ってこの世界は、この異世界という空間は、悪夢となんら変わりありません。タカシさん、貴方は夢の登場人物が死んでしまったり、殺してしまったところで、目を覚ましたあと現実世界でも心を痛めたり、絶望に打ちひしがれる事がありますか?」
それは、確かに無いだろうと思う。
「つまりそういう事です。この世界は全てが偽物、フェイク、夢と何ら変わりが無いのですよ。現実世界こそがリアル! 現実世界に帰る事さえ出来れば、この異世界で何をしようが一切関係が無い! 何故ならば、本来繋がっていないのだから! タカシさんもこの世界の住人の事や、そこに磔にされている小娘の事など考える必要が無いのですよ。帰ってさえしまえば全てが非現実! 二度と関わる事の無い泡沫の夢です! さあこちら側においでなさい。私が貴方も現実世界へと連れ帰る事を約束致しましょう!」
成程、大体理解できた、もしかしたら彼の言う事も一理あるのかも知れない。
「わかった。理解もまあ、一応できた」
そして俺は一歩レーカスに向かって足を踏み出した。
「タカシッ!」
彼女の悲痛な叫びが後方から聞こえてくる。
「タカシ……さん……」
声の聞こえる先を見据えれば、涙を流しながら救いを求める少女の姿が目に入る。
俺は再び思い出すようにを閉じた。
そこに見えたのは、カー子であり、キキーリアであり、アルスであり、セイコムであり、冒険者ギルドのアシェリーさんであり、門番のリピークさんであり、名前も知らない同僚であり、俺達を止めてくれた宿場の店員さん達であり……俺がこの異世界にやってきて、今日まで出会い、そして優しさに触れて来た人達の姿だった。
もう一度言おう、アンタの気持ちはわかった。目的も、その思いの丈も、そして考え方すらも理解は出来た。だけど――――
「――だけど、納得は出来ない!!」
その言葉にレーカスは顔をしかめる。
「俺にとってはこの異世界も、ここで出会った人達もその優しも、みんなリアルなんだ。それを踏みにじろうとするアンタの行為は、頭で理解する事は出来ても、決して同意は出来ない! それに――」
そして何より――
「俺を現実世界へと連れ帰る事を約束する、だったか? 悪いが俺の約束は両手に一つずつ、抱えきれないほど大事な先約で埋まっているんだ。口説き文句を間違えたな」
「「タカシ(さん……)!」」
その言葉に反応して、キキーリアの瞳に灯りが戻り、後ろにいたカー子が決意と共に、俺の隣へと一歩踏み出した。
「さあ、老人の長話はもう十分だろう。終わりにしようかレーカス!」
「下手に出ておれば小僧……付け上がりおって!」
最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。
J('ー`)し 文字数的にそろそろ終わってる予定だったのに蛇足が増えに増えていつの間にか少年漫画みたいな展開になってますね。二徹のテンションって凄い……




