三十二話 八年前の真相
「ごめんなさいね……えーと今は念の為キキさんの方がいいのでしょうか」
「そ、そうですね……それで、大丈夫です……」
「あの二人も悪い人じゃないんですよ? ただちょっとタカシの友人だけあって類は友を呼ぶと言いますから」
フォローを入れてくれるのは有り難いのだが、さり気なく俺をディスるのは辞めて貰えないだろうか。
見ろ、キキーリアも愛想笑いになっているじゃないか。
一先ず何とかなったか。後ろで話している二人を横目に店を出ていこうとするアルスとセイコムの後ろ姿を見送りながらホッと溜め息をつく。
しかしこの時、幸か不幸か帰り際の彼等の会話が、俺にだけ聞こえてきてしまった。
「しかし美人さんだったなー。でも俺あの子どこかで見たような覚えがあるんだよなー」
「あーあれじゃないか? 昔商会長の護衛で遠出した時に助けにいった村の生き残りの親子、あの母親の方、髪の色も違うし年ももう少し上だった気がするが……」
「あー確かに。あのお母さんは綺麗だったなー。娘さんの方もまだ小さいだろうけど何時かキキさんやあのお母さんみたいな美人さんになるんだろうなー」
ちょっと待て……今、あの二人は、生き残りの親子と言っていたか?
「悪い、二人共。あいつらに仕事の話があるのを忘れてた。ちょっと行って伝えてくるから先に飯を食いながら待っていてくれ」
二人を後にして店を出た俺は、アルスとセイコムに追い付き二人を呼び止める。
「タカシ? お客様の事置いてきて大丈夫なのか?」
「ああ、あっちはカー子に任せてある」
それよりも――と続けて話があるという事で二人を店の裏路地へと連れ込む。
「おいおい、どうした。内緒話か?」
「ああ、その……なんだ。ちょっとさっきお前らが店を出る時に話していた親子の事について聞きたいんだが」
二人は年齢こそ俺と同い年だが、一般的に十四歳で大人として認められ仕事に着くこの世界では、社会人歴十年の大先輩だ。
二人は幼馴染で、十四の時に田舎から出て来てレーカス商会で働き始めたと聞いていたのだが、恐らく先程話していたのは八年前に起こったキキーリアの故郷の村襲撃事件の事で間違いないだろう。
「ん? ああ、あの話か……随分昔の話になるんだが……えーとこの話ってして良かったんだっけ?」
「あー、どうだったかな。基本的に出先で得た情報は同僚であっても他言無用だからなぁ……」
セイコムに尋ねられたアルスがバツの悪そうな顔をしながらポリポリと頬を掻いて答える。
「頼む! 二人が遭遇した事件って八年前の通りがかった村が襲われていた事件で間違いないよな? 俺、今レーカスさんの屋敷でその子と仲が良いんだよ。何とか救ってやりたいんだ。 何でもするから……頼む、この通りだ!」
そう言って俺は膝と両手を地面に着き地面へと頭を擦り付ける。
カー子に殴られた時とは違う、生まれて初めての恥も外聞も捨てた心よりの土下座だった。
「お、おい。止せよ」
「そうだぜ、そこまでしなくたって……あーったくもう! わかった、わかったから!」
俺の必死の土下座により二人が折れた事で、ようやく頭を上げて二人に礼を言う。
「もういいから。それよりさっき何でもするって言ったよな? 今度カー子ちゃんと一日デートさせて貰うからな。それでチャラだ」
セイコムの言葉に俺は顔をしかめる。それはいいな、と同意するアルス。
マジかこいつら、本当にちゃっかりしてやがる。まあこんなノリだから俺の事も邪険にせずに友達やってくれているのだろうが。
また厄介な頼み事を引き受けてしまったが背に腹は変えられない、カー子には後で話を通して殴られるとしよう。
「それで、お前らさっき生き残りの親子って言っていたよな? 間違いなく母親も生き残っていたのか?」
「ああ、間違いないよな。セイコム?」
「そうだな、確かに生き残りは母と子の親子二人だったぜ。ってどうしたんだタカシ?」
二人の答えに混乱してしまう。確かにレーカスさんは生き残ったのはキキーリア一人だと言った。
それにキキーリア自身も一人でこの街に連れられてきたと言っていた筈だ。
「いや、俺はその時の生き残りは娘一人だけだって聞かされていたんだよ。実際その子もそういう認識をしていたし……一体どうなっているんだ」
俺が悩んでいるとセイコムが声を掛けてきた。
「なあ、その子って当時五歳くらいだった小さな女の子だろ? 確かその子は俺達に保護された時にはショックで倒れていたと思うし、実は母親の方は大きな傷を負っていて、保護されて連れ帰る途中で亡くなってしまっただけじゃないのか?」
成程、と一瞬納得仕掛けたのだが、そこでアルスが口を挟んできた。
「いや、あの時村中が惨殺されていた中で、あの親子だけは無傷だった筈だ。黒髪黒眼の人種は珍しいから奴隷にしようと襲われて、だから親子だけ無傷だったのだろうとレーカスさんが言っていたのを覚えている」
その話はキキーリアから俺も聞いた。しかしそうすると母親がどこに言ったのかが謎になる。
そうしてまた暫し考えているとアルスが付け加えてきた。
「あの時は俺もこいつもガキだったし深く考えは至らなかったんだが、事件の時村に駆けつけた俺達は賊と戦闘になったんだが、奇跡的に死者は一名も出なかったんだ。俺達にも、そして盗賊達にも……」
「おい、アルス。それって!」
アルスの言葉にセイコムが声を荒げる。
「分かっている。俺だって雇用主を疑うような真似はしたくない。だが俺もお前も、もう大人だろう? 今になって考えればあの時の戦いは全てがおかしかった。俺達が火の手に気付いてすぐに駆けつけたのだってレーカスさんの指示だ。それに――」
疑いたくないといいつつも、一つ一つ思い出しながら当時の事を語るアルスの喋り方は、どこか確信を得たものへと変わっていた。
「盗賊はわざわざ村に火を放ったりしない、目立つしばれる可能性があるからだ。それなのに火は放たれた。村人が全滅するタイミングでだ。まるで誰かに合図でも送るかのように」
「た、確かに……だけどそれじゃあ」
「そして俺達は交戦したのにもかかわらず、怪我人こそ多少は出たものの死者は互いに0名だった。これは余りにも出来すぎじゃないか?」
「ちょ、ちょっとまってくれ二人共。それってつまり……」
俺が割り込んだ事によりアルスとセイコムまで黙ってしまう。そして俺は二人の話を聞いて自分の頭の中に浮かんできてしまった最悪の想像を、自らの口から発するのだった。
「つまり……盗賊達はレーカスさんに雇われていて……全てはレーカスさんがその親子を手に入れる為に仕組まれた茶番だった……と」
アルスとセイコムは下を向いたまま答えない。
その沈黙こそが、自分達が辿り着いた答えも同様であると肯定するかの様に。
そしてそこまで辿り着けば想像が付いてしまう。
あの日、地下研究所でレーカスさんが言っていた「新しいストック」という言葉の真意に。
恐らくキキーリアが元々ストックであり、同時に保護されていた元精霊の子孫である母親の方は既に……
カラン――
その時、背後から物音が聞こえた。続けてだれかが走り去っていく音が聞こえた。
続けて見知った顔が裏路地に顔を出す。
「タカシ? こんな所で話していたのですか? 今貴方の帰りが遅いから様子見てくると言って出ていったキキーリ――キキさんまで帰ってこないので二人を探しに出てきたところなのですが……それに今あちらに走っていったのって……」
しまった。時間を掛け過ぎてしまった。心配して探しに来てくれたキキーリアに話を聞かれてしまっていたらしい。
俺は慌ててキキーリアの後を追って走り出す。
「え、ちょっと? タカシ?」
「お、おいタカシ。どういう事だ!?」
「ちょっと待て。説明をだな!」
三者から説明を求める声が掛かるが今は時間が惜しい。一刻も早くキキーリアを追いかけなくては。
「アルス、セイコム、すまん。約束は守れそうにない! カー子! 俺はあの子を追いかける! 事情は二人に聞いてくれ、そして出来れば今夜の事は忘れさせてやってくれ」
アルスとセイコムは分かっていないようでポカンとしていたが、カー子だけは俺の言葉に納得したように頷くと、二人に向かって距離を詰めていった。
今夜のカー子は傍目からは分からないが、”限定解除”を行った精霊状態を保っている。
二人には悪いが俺にした話と同じ内容をカー子に話してもらった後は、彼女の魔法で俺としたデート斡旋の約束ごと今夜の記憶は失ってもらおう。




