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十五話 タカシ、冒険者辞めるってよ

J('ー`)し ようやく何処に差し込もうかと迷っていた”魔眼封じ”に関するエピソードを挟む事ができました。ワイバーン先輩に黙祷。

 城壁を出て町から西へと向かった先、辺り一面が草に覆われた草原地帯に俺達は居た。

 手には冒険者ギルドの受付嬢、アシェリーさんが見繕ってくれたF級の依頼書が握られている。


 本日の依頼はF級クエスト”薬草の採取”だ。俺は依頼書に記載されている薬草の特徴を何度も見ながら、目の前の草花を掻き分けて目的の薬草を探しては採取していた。


 今回の依頼内容の薬草が生えている採取ポイントは、町からはかなり距離が離れているものの、辺り一面に遮蔽物が無く、西に向かった先にある森からも十分に距離が離れている為、日が落ちる前に町へと帰れば遠目に魔物を発見しても普通に町まで逃げ切る事が出来るという相当簡単な依頼となっている。


 流石は俺の希望を反映してアシェリーさんが選んでくれた、極力安全な依頼である。

 



 依頼内容の薬草の採取も終わり日も西に傾き始めた頃、今日は早めに町に戻ろうかとカー子と立ち上がり帰り支度を始めた時、西の森の方角から前触れも無くそれは現れた――


 巨大な爬虫類のような頭部に先端を鋭く尖らせた長い尻尾、全身を緑の鱗に包み蝙蝠に似通った皮膜の翼を腕部から生やしたそれは、ファンタジー世界の代名詞、空を駆ける翼竜――、ワイバーンそのものだった。


 俺は空を羽ばたき真っ直ぐに此方に向かってくるワイバーンを見据えると舌打ちをした。

 通常の二足歩行や獣型の魔物ならまだしも、流石にあの速度で空を飛んで来るワイバーンからは逃げ切れない。


 アシェリーさんからこの近辺には、大型の飛行モンスターは生息していないと聞いて安心していたのだが、はぐれワイバーンだろうか?

 しかし本当についていない、たった一日F級の依頼、それも冒険者ギルドの人に見繕ってもらった可能な限り簡単で危険度の低い依頼を請け負っただけでこの有様だ。


 俺は異世界適合者の筈なんだが、この世界の『世界の意志』とやらに嫌われているのだろうか?


 俺は目の前の状況に焦りつつも、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()慣れた手つきでカッターを取り出すと、自分の左手指先に押し当ててカー子に視線を送った。


 カー子によると俺の血中の魔力濃度は、一度カー子が血を吸い取って『限定解除』を行うと、摂取した血液量にもよるが、最短で二、三日程度のインターバルをおいて回復するらしい。


 俺がこの異世界に転移してきてから、俺とカー子は都合10回以上に渡って『限定解除』を行ってきた。初日にカー子が俺に説明していた”魔眼封じ”の為である。

 カー子が精霊状態の時に使える《幻想効果付与(ファンタズム)》という《魔法効果付与(エンチャント)》の上位互換にあたる魔法で、俺の眼鏡を”魔眼封じ”の魔道具へと変質させていたのだ。


 この《幻想効果付与(ファンタズム)》も以前にカー子が使っていた《魔力創造構築(クリエイション)》と同様に、定期的に重ね掛けをしなくては数日程度で”魔眼封じ”の効果が失われてしまうとの事で、俺達は数日置き周りが寝静まった頃合いを見計らって宿泊先の宿の一室で”限定解除”を行っていた。


 最後に限定解除を行ったのは二日前の夜だったろうか?

 俺は視線を送った先のカー子が「大丈夫だ」と言わんばかりに頷いたのを確認して押し当てたカッターに力を入れる。


「カー子!」


 俺の指先を咥えるカー子。


 此方に向かって迫り来るワイバーン。


 目と鼻の先まで迫った所で一旦大きく高度を上げてホバリングしながら獲物である俺達に狙いに定めるようにして見下ろしたワイバーンは、一拍置いて大きく口を開くと、真っ直ぐと俺達に向かって急降下してきた。


 目を瞑る俺、途端聞こえてくるワイバーンの叫び声。


「ピギャァアアアアアッッ――――!!」


 否、これは断じて叫び声等では無い、そう、断末魔である。

 襟首を掴まれて後方へと引っ張られる。気が付けば左手の指先からはカー子の唇の感触は消えていた。


 引っ張られた衝撃に目を開いてみると、俺の目の前――、先程まで俺達が居た正にその場所に真っ黒に焼け焦げたワイバーンが今正に落下して来た瞬間だった。

 既にワイバーンは絶命しており、その遺体のすぐ脇には、以前にも見覚えのある高熱により一部が融解した地面を発見する事が出来た。


 ジャイアントオーク戦の後に説明を受けたこの魔法の名前は《深炎の御柱(フレイムピラー)》というらしい。通常単体の対象を炎の柱の中に閉じ込めて焼き殺す魔法との事だ。

 今回は頭上から迫り来るワイバーンに対して対空魔法として使用したのだろう、哀れなワイバーンは自身の真下から突如として発生した《深炎の御柱》にその身を貫かれて、腹部には背中まで貫通する穴が空き、残った身体の部分は余す事なく火炙りにされてその生命を終えていた。



 ◇



 完全にやっちまった――――


 ワイバーンの死骸を放置してそのまま町へと帰ってきた俺達は、町の入り口で衛兵に囲まれると、そのまま冒険者ギルドへと連行されていた。

 どうやら街を取り囲む城壁の上で警備をしていた兵隊に、西の森からワイバーンが突如として出現し、俺達に討伐されるまでの一連の流れを見られていたらしい。


 俺はカー子の”限定解除”と精霊の姿について、一体どう説明したものかと頭を悩ませながら冒険者ギルドのギルド長室と書かれた部屋へと通されていた。


「いやはや本当に素晴らしい! 流石はこの町始まって以来の魔力適正Aランク。単体で脅威度Aランクを誇るワイバーンを屠るとは……まったく末恐ろしいとは正にこの事だ」


「はいっ?」


「とぼけなくても良い。城壁からも距離が遠かった故詳細までは確認されておらぬが、周りには他の冒険者の存在は確認出来ず、ワイバーンはお前達のいる場所で地に落ちたとの事。そして報告にあった天を穿つ炎の柱、お主の魔法で仕留めたのだろう?」


 完全に勘違いなのだがカー子の事を誤魔化す手間が省けたのは正直助かった。

 自分の手柄を全て俺の功績として奪われたカー子は隣で膨れっ面なのだが……今日は帰ったらなんでも好きな食事を頼ませてやろう。

 そのまま俺は目の前で俺達の功績を称えるギルドマスターを名乗る中年のハゲオヤジに適当に話を合わせていくのだった。



 ◇



「どうしてこうなった……」


 ギルド長室を後にした俺達は重い足取りで冒険者ギルドの受付のある広間までやって来ていた。

 周囲の視線が痛い、「あれがワイバーンを単独で撃破した……」、「ほら、この間新人の適正検査で魔力適正Aランクを叩き出したって噂の……」、「俺前あいつに舐めた口聞いちゃったよ」などとそこら中から噂話が聞こえてくる。


 正直適性検査の時は舞い上がっていたものだが、あの時に感じた興味に期待といった類の視線に加えて今では羨望の眼差しまで感じる始末だ。しかも実力が伴っていない虚像の俺に対してである。

 引きこもりの社会不適合者である俺にとってこの注目のされ方は本当に辛い、またキリキリと胃が痛み出してきた。

 もしかしたら俺はこの異世界転移者史上初、胃に空いた穴が原因で死ぬかもしれない……


 ――と、俺達の方に向かって駆け寄ってくる人影が一つ、アシェリーさんである。


「タカシ様、カーバンクル様、この度はCランク冒険者への特例昇級おめでとうございます!」


 そう――、これがもう一つの胃の痛みの理由である。


 ワイバーンを単独撃破した俺達は、町の危機を未然に防いだ功績として多額の報酬と共に特例昇級措置によって冒険者ランクをCまで上げられてしまっていた。

 俺は冒険者ランクの方はそのままでいいと断ったのだが、ワイバーンを単独撃破する程の猛者を低ランクで腐らせておくなんてとんでもないと力説されてしまった。


 元々高ランク冒険者と師弟関係にあった弟子や元騎士等が冒険者登録をする際に、Fランクスタートではあまりにも周りと実力差があるとの事で、Aランク以上の冒険者の推薦がある場合に限って、冒険者登録の際にFランクでは無くCランクから始める事が出来る制度が在るらしい。

 今回はその制度を利用して元Aランク冒険者のギルドマスターの推薦という形で半ば強引にCランク冒険者へと昇格してしまったという訳だ。


「フフッ。初めてお会いした時からタカシ様には驚かされてばかりですね。G級の依頼ばかり受けているので不審には思っていましたが、まさか実力を隠されていたとは」


 アシェリーさんが俺の手を両手で握りながら羨望の眼差しを向けてくる。

 か、可愛い。そして無意識だったのか、俺の手を握っている事に気が付いたアシェリーさんは慌てて手を離した。

 その顔は、先程よりも若干赤くなっており、心なしか瞳も潤んでいるように見える。

 ん? これはもしやフラグというやつなのでは?


 難聴でも鈍感系主人公でも無い俺は、アシェリーさんから感じ取った僅かな変化を決して見逃さなかった。


 物語に登場する女性経験の無いピュアな主人公達は、天然タラシの癖に登場する女の子達から寄せられる好意に気付かず、いつの間にかハーレムが完成しているという話をよく見かける。

 しかし俺はそこに異を唱えたい。女性経験の無い童貞な男の方が下心丸出しで異性が放つ一挙手一投足に敏感に反応して一喜一憂しているに決まっているのだと。


「いえ、俺なんてまだまだですよ。俺の目指す高みは遥か頂きにありますから」


 自分でも何を言っているのか解らないし、別に高み等目指してないが取り敢えず格好良さげな台詞を吐いてみる。隣ではカー子が白い目を此方に向けてくる。

 ほっとけ、これは俺の人生最初で最後のチャンスかもしれないのだ。


 そして続くアシェリーさんの言葉に俺は硬直する。


「そうですよね。これからはCランク冒険者。最低でもD級からB級まで、命の危険を伴う依頼まで請け負うわけですから。タカシ様は高みを目指しているとこの事ですからB級の依頼を中心に受けていくのですよね? 私も依頼選び協力しますね!」 


 そう、以前冒険者登録の際にアシェリーさんから説明を受けた通り、冒険者は依頼書の中から自分の”冒険者ランク”に見合った仕事を選んで受けるのだ。

 そして冒険者は自身のランクに対応する等級から同等級、又は上下1等級以内の依頼しか選んで受ける事が出来ない。


 つまり俺達はもう安全なG級どころかF級の依頼すら受ける事が出来なくなってしまったのだ。

 アシェリーさんの言葉でその事実に気付いた俺は絶句する。そして少し間を開けると咳払いを一つしてアシェリーさんにこう告げた。


「俺、冒険者引退します」


 こうして俺の冒険者生活は、建ちかけていたフラグと共に盛大に砕けて散るのであった。


J('ー`)し という訳で冒険者編終了です。仮に続けていたとしてもタカシが感じた通り冒険者家業というのは、日雇い派遣に似たものがあり、この世界でも就職と社会貢献からは程遠い一攫千金狙いの非正規雇用の代表格みたいな仕事なので現実世界に変える事と精霊体を取り戻す事を最終目標としている二人は遠からずその事実に気付いて冒険者を辞めていた事でしょう。

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