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山荘の怪談

作者: 小松八千代






「ここ長いこと誰も来なかったのかしら。ずいぶん埃がしてるわ」

レイコは埃だらけの茶碗をゆすぎながら言った。

「叔父さん、長いこと使ってないのよ。たまに来るけど、家の中覗いたらすぐに帰ちゃうんだって」

「そう、あんまり来ないんだ」

「ここで、前事件があったのよ」

サダコは持って来た布巾で、茶碗を拭きながら小声で言った。

「えっ、事件って?」

「女の子の死体が遺棄されてたのよ」

「ええっ!!」吃驚して大声を上げてしまった。

しっ、とレイコの脇腹を肘でつついて

「誰も知らないんだから、言ったらだめよ」

レイコは黙って、タツミ達が座っているリビングの方を見た。ケンスケがこっちの方を見ているが顔が笑っている。さっきサダコが言ったことは聞こえなかったようだ。リビングとキッチンの間には、目隠しのように下に収納の付いた細いカウンターがある。

十畳ほどの広さのリビングに、八脚の椅子がセットになったテーブルと、木製のソファが置かれている。そこに座ってタツミ達が談笑している。

それを横目で見ながら、レイコが

「リビングの方はあまり鉾ってなかったわね」

「リビングは掃除してるんじゃないの」そして「ねえ、早く食事にしちゃいましょうよ」

「うん…」背筋に寒気が走るのを堪えて、取り皿、ホーク、ナイフなどをテーブルの方へと運んで行った。

「何か手伝う?」ミツルがレイコの方へ顔を向ける。

一瞬ぎょっとしたような顔でやっと答えた。

「うん、じゃあ運ぶの手伝って」

ミツルが訝しそうに見返した。

サダコがキッチンの方から「ご馳走いっぱいあるからね」と、言って笑っている。

「俺も手伝うよ」と、タツミもケンスケも立ち上がった。

スーパーで買ったご馳走を並べて、各々が皿に取って食べるのですぐに準備ができた。ここで作ったのは野菜サラダだけだ。テーブルの真ん中にタツミが買ってきた鶏の丸焼を置いた。

「うわぁ、すげえぇ!」ケンスケが伸び上がって覗き込んでいる。

「うめぇぞぅ!」と、タツミが包丁で切り裁き始めた。手足が胴体から外れていく。一番先にケンスケが手を伸ばして、腿の部分をホークに突き刺した。

それを見ていたレイコは吐き気を覚えてきた。立ち上がって部屋に向かった。本当はトイレに駆け込みたかったのだが、皆の気を悪くしてはいけないと思い寝室の方へ走り込んだのだ。

「なんだよ、あいつ?」と、ケンスケ。

「丸焼きなんか見たことないんだよ」と、タツミは言いながら自分も腿の部分を皿に取った。

「あれ、俺は手羽かよ」ミツル。

「変えてやってもいいぜ」タツミが言うと

「もう!手羽だっておいしいわよ」

と、サダコに叱られて、皆黙って食べ始めた。

そのうちレイコも来て、食べはじめたが青白い顔で食欲がない。

窓外の木々が揺れて騒がしくなった。さっきから風が吹いていたのだが、強風になって来た。遠くで雷が鳴っている。

「なんだか、大雨になりそうね」サダコが窓に目をやって言った。

「今日、雨になるって言ってたか?」

天気予報など気にしてなかったミツルが言った。

「天気のはずだったんだけど?」と、タツミがスマートホンを見ながら「当てにならないな、この天気予報」と言ってスマートホンをテーブルに戻した。

「早く食べて、片付けましょうよ」サダコがまだ口をもぐもぐさせながら言う。

食事が終わって後片付けが済むと、タツミが

「ちょっと出かけるぜ」

皆が一斉にタツミを見た。

「ええっ、何処へ行くんだよ?」と、ケンスケ。

「うん、すぐ近くだ」

と言って、ソファの横に置いてあったリュックを掴んだ。すると、申し合わせていたように、サダコが

「私も行くわ」

「ええっ!!」皆呆気にとられたようにサダコを見る。

サダコは、そんなことは気に留めず、タツミの跡を追って飛び出して行った。

皆ぼんやり見送っていたが、ケンスケが

「まじかよ。雨が降りそうになってるのによ」

「あのタツミって、何者?」ミツルが訊いた。

「あれ、お前知らなかったのか?サダコの彼氏だよ」

「でも、何処で知り合ったんだ?」

「出会い系サイトで知り合ったって、言ってたぜ」

「出会い系?ふうん」

「サダコもやるよな。ほんと」と言いながらケンスケがソファに座ると、ミツルもレイコもソファに座った。

レイコ、ミツル、ケンスケを誘って、叔父の山荘に一泊で行く計画を立てたのはサダコだ。車も運転免許も持っているタツミを紹介して、彼の車で行けるからという。彼氏とは言わなかったが、彼氏のような雰囲気が匂っていた。

レイコは、高校生最後の夏休みだというのに、何処へも行かなかったし山へ行ってみるのもいいかな、と行く気になった。ミツルもケンスケもそんなところだった。

山荘に着いてみると、ここは標高千五百メートルとかで、クーラーがなくても過ごせる。着いた時はもう薄暗くなり始めていた。

皆で「やっぱり山はいいなあ」と言いながら、傾斜地に建っている山小屋のような山荘に、荷物を運び込んだ。

夏休みも後三日で終わりだ。


雨がバラバラと屋根を叩き始めた。

「降って来たな」ケンスケが高い屋根裏を見上げるようにして言った。

天井がないので、交差した梁や桁、垂木が丸見えだ。

「あのう…」黙っていたレイコが口を開いた。

「え、なに?」

「え、あ、あのなんでもない」

ここで死体遺棄があったことを言おうとして飲み込んだ。

タツミを除いた四人は高校の同級生で、レイコがおとなしくて口数が少ないことはよく知っている。二人とも聞き返そうともしない。

ミツルが立ってテーブルにノートパソコンを広げた。レイコも立ち上がった。

「あれ、もう寝るの?」

「うん」と頷いただけで寝室に入って行った。女一人になって同級生とはいえ、不安を感じていた。

ケンスケはパソコンを覗き込みながら

「あいつ、ちょっとおかしくないか?」

「誰が?」

「レイコだよ。ご飯もあんまり食べなかったし」

「さあぁ」

ミツルはパソコンの方に気を取られているのか気のない返事をする。

「なんだ、お前も出会い系やってんのか」ケンスケは呆れたように言って「俺、もう風呂は入って寝るよ」と寝室に向かった。

ここは、リビング、ミニキッチン、寝室二部屋のこぢんまりとした山荘だ。

もちろん、広めのお風呂もトイレもある。

周りは木々で囲まれていて、隣の山荘とは百メートル位離れている。

雨脚が強くなった。窓ガラスを雨が叩きつける。


「レイコ!起きろ!!」ドンドンと戸を叩く音。

「え、うん?なに?」

昨夜は怖くて布団の中で縮こまっていたのだが、いつの間にか寝てしまったようだ。ドアの方を見て気が付いた。昨夜鍵を掛けたのだ。サダコが帰って来て入れないんだわ。レイコは慌てて起き上がって、パジャマのままで鍵を開けた。

ケンスケが立っていた。

「大変だ!!サダコが!!」

「えっ、どうしたの!?」てっきり車で事故った、と思った。

三人が見上げている屋根裏に目をやって、気絶しそうになった。

誰かが高い梁から紐で首を吊っている。下にさがって来た電気の傘の陰で、顔など定かではないが服はサダコの物に間違いない。

「サダコ?まさか?わわわぁ?サ、サダコ?」

「サダコだよ」

「早く、早く降ろしてぇ!!」

「なに言ってるんだ。もう死んでるよ」

「梯子無いの?テーブル、テーブルじゃ届かない?」

「そんなことより110番だ」ケンスケがスマートホンを耳にあてた。

「ちょっと待て、やめろ。俺たちが疑われるよ」タツミが言った。

「ええっ!?」三人ともタツミを見る。

「なんで、疑われるんだよ。何もしてないのに」ケンスケが言う。

「そうだよ。おかしいよ」おとなしいミツルも声を張り上げた。

レイコがいきなりケンスケの腕をつかんだ。

ケンスケはぎょっとなって「な、なんだよ?」

「あ、あ、あの!!」顎ががくがくして唇が震えている。

レイコの目線を手繰って、窓の方に目を向けた。すると、窓ガラスを黒い影が横切った。

「うわあぁ!!誰かいるよ!」

「逃げよう」タツミが言って、テーブルの上のキーを掴む。

「外に出るの怖いわ!」レイコが正気に戻ったように言った。

タツミが部屋に入って、リュックを取って来た。

「行かないのか?俺行くよ」

「行くよ。行くよ。ちょっと待って」ケンスケが、リュックを取りに部屋に向かった。辰巳が車で逃げだしたら、三人はここに取り残されたままになる。

「私も行く」レイコも部屋に走り込んだ。

「うん、俺も行く」ミツルも部屋に入ってリュックを取って来た。

皆、ドシャ降りの雨の中を外に出る。幸い車庫は、傾斜地に建っている山荘の床の下にあるので、乗る時は濡れないで済む。

「早く乗れ、早く」タツミが急かす。

車が動き出すと、皆ほっとしたのか溜息を突いた。でも、まだ前方は雨がドシャ降っているので、そっちの方が気になって来た。家まで帰れるだろうか。

フロントガラスに張り付いた二つのワイパーがひっきりなしに左右に動いて、雨水を弾き飛ばしていく。タツミは薄暗い視界に目を凝らしながらスピードを上げる。

「ねえ、さっきのほんとにサダコだったの?」

「サダコがいないんだから、サダコだろう」

「そんないい加減な!あの山荘何年か前に女の子が遺棄されてたんだって」

「ええっ、ほんとうかよ!」

「それ、ニュースで見たけどあの山荘だったのか」ケンスケが後ろを振り向いて、言った。そして「犯人まだ見つかってないんだよね」

誰も返事をしない。ミツルは最も何も知らなかった。

「レイコ、誰から聞いたんだよ?」ケンスケがなおも後ろへからだを廻す。

「え、うん、サダコから」

「いつ?」

「昨夜、ご飯食べる前」

「ご飯食べる前?あ、だからお前食欲なかったんだな」

レイコは返事をする代わりにこくっと頷いた。

「そういえば、昨夜タツミさんサダコと出掛けたよね」

「うん、一緒に帰って来たよ。俺が先に風呂に入って出た時は座ってスマホいじくってたよ。その後風呂入ってすぐに寝たと思ったんだ」

「それで、タツミさん先に寝たの?」

「そうだよ、もう遅かったし、風呂出るの待ってたってしょうがないだろう」

「なんか、おかしいじゃないかよ!」

「なにがおかしいんだ。俺は何もしてないよ」

もしかして、こいつ少女を遺棄した犯人じゃないか。それをサダコが感づいたので殺した。

三人の頭の中にそういう空想が生じてきた。知らないふりをしておかないと俺達も殺されるかもわからない。ケンスケはまた後ろを向いて、ミツルとレイコを見た。二人とも目線を送って来た。

タツミは頭の上のルームミラーにちらっと目をやった。疑われていることを感づいたようだ。そして「俺、なんか忘れてきたよ」

「ええっ!何を!?」三人が一斉に声を上げた。

「タオルだよ。風呂場に置いたままだ」

「タオル!?あ、俺も部屋に置いたままだ」ケンスケがうろたえたように言った。

「何もしてないんだから、タオルが見つかったってどうってことないよ。やっぱり110番しよう」ミツルが声を上げる。

「それはまずいよ」タツミが言って、急にハンドルを切って草むらに突っこんだ。三人が吃驚して顔を引きつらせていると、車はバックして向きを変えた。

「やっぱり、おまえおかしいよ!」と、ケンスケがタツミの腕を掴んだ。

「なにがおかしいんだ!はなせ!」声を荒げて、腕を振り払おうとハンドルから手を離した。車が横にスリップして横転しそうになった。ケンスケが慌てて手を離してダッシュボードに両手を突いた。

「怖い!!」レイコがミツルにしがみついた。

「危ないなあ!タオル取りに行くだけだろ」ミツルが言った。

それから、皆黙ったままで、山荘へと向かう車の中で身をよじりもしない。

車を床下の車庫に押し込んで、タツミがタオルを取りに走った。

「俺も取ってくるわ」と、ケンスケも車から出た。

車のキーがかすかに揺れている。二人ともなかなか戻ってこない。

「おっせぇなぁ」ミツルが痺れを切らしたのか車から降りた。

レイコは不安になって、視線がミツルの背中を追いかける。吸い込まれていった薄暗いドアの方に目をやる。一時して車から出ようかと思っているところへ、ミツルが戻って来た。

「どうしたの!?」レイコが吃驚して怯えたように言った。

「逃げよう」

「ええっ!ケンスケは!?」

「もう殺されてるよ。殺人鬼はあの家に居るんだ」

「そんなあ!」と言っているまに車はバックして、ハンドルを切ってさっき来た道を進み始めた。

「あの家に殺人鬼がいるって、ほんとうなの!?」

「ほんとうだよ」

雨が少し小降りになった。

「あら、さっき通った道と違うわ」

「うん近道をしてるんだ」

「…」本当だろうか。もしや、この男が怪しいのでは…。それにミツルは運転免許なんか持ってないはず。

同級生とはいえ、それほど親しい間柄ではない。

暫く走って、雑木林に囲まれた山荘の前で止まった。

「おい、降りろよ」ミツルがドアを開けた。

レイコは危険を感じた。反対側のドアから飛び出した。まだ小雨が降っているし、視界は真っ暗でどう走っていいかわからないが一目散に走った。ドン、額を何かにぶつけてひっくり返った。誰かの手が伸びてレイコを抱きかかえた。必死でもがいたが、抱きすくめられて自由を奪われ、山荘の中へと連れ込まれた。埃っぽい臭いがする床の上に転がされた。さっきぶつけた頭がくらくらする。額の方に手を当てると、苔のようなものが手にくっついてきた。苔の生えた大木にぶつかったのだろう。薄暗い中で、誰かの顔が迫ってくる。

「ミツル!?」恐怖で顔が強張って、それ以上声が出ない。助けてえ、やめて、どうしたのよミツル!

「俺、ミツルじゃないよ」

「ええっ!ミツルはケンスケは!?」

「皆、俺に協力してくれたんだ。仲良く並んでぶら下がっているよ」

「ぶら下がって!???協力!???」

「少女に暴行して、山荘に遺棄する、それはこれから始まるんだ」

「ええっ!!」

起き上がろうとすると肩を押さえつけられた。

「キャア―!!」








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