その3
「ほら、荷物持てよ。お前、荷物持ちするしか能がないだろ」
「分かった」
私と彼氏は、家の近くにあるデパートに買い物に来ていた。
今は、相変わらず上から目線な彼氏の買い物に、荷物持ちとして付き合っている。
抱える荷物は増える一方だけれど、私は彼氏から離れられない。
だって、ここで私が帰ったら、彼は一人でこの大量の荷物を家まで運ばなくてはならない。それは気の毒だ。
「あ、そーだ。帰ったら、ついでに部屋の掃除もして行ってくれよ。散らかっていてさぁ」
「分かった」
私はルンバじゃない! と叫びたいけれど、ここで断ると彼氏の機嫌が悪くなってしまう。我慢だ。
人生で初めてできた大切な彼氏なので、こんなことで振られたくない。
「そうだ、お前荷物持ってちょっと待っとけよ。屋上に用事を思い出した」
不意に、スマホをいじっていた彼氏が、私にそう告げた。
「うん、分かった」
素直に返事をした私は、荷物を持って彼氏に指定された場所に立つ。
それを確認すると、彼氏は大股でエスカレーターに乗り込み、屋上へと向かった。
「退屈だな……」
屋上には、遊園地と喫茶店、雑貨屋とゲームセンターがある。彼氏が何をしに行ったのかはわからないが、待てと言われれば待つしかない。
しかし、すぐに済むだろうと思われた彼氏の用事は、なかなか終わらなかった。
三十分待っても、一時間待っても、彼は戻ってこない。
しかし、ここで変に連絡を入れると、彼氏の機嫌が悪くなってしまう。
「でも、どうしたのかな」
心配になった私は、屋上に様子を見に行くことにした。
たくさんの荷物を持って、エスカレーターに乗り込む。
――結論から言うと、屋上に彼氏はまだいた。
喫茶店の窓際の席に座り、見知らぬ女と笑顔で話をしている……
「なんなの、あの女の人」
大量の荷物を抱えて呆然と立ちすくむ私に、視線を感じ取ったのであろう彼氏が気づいた。
喫茶店の席を立ち上がると、ずかずかと私に向かって歩いてくる。
「お前、下で待っとけって言っただろう! なんで来てるんだよ!」
不機嫌な態度を隠しもしない彼氏は、私に向かって感情のままに怒鳴り散らす。
私を睨む彼の後から、喫茶店で喋っていた女が追ってきた。
「ヒロくぅ〜ん、だぁれ? その人?」
女は、くるりとした瞳に、金髪のウェーブのかかった髪をしている綺麗な容姿をしていた――キャバクラにいそうだ。
「あぁ、知り合いのババアだよ……」
女にそう返事を返した彼氏は、私に向かって低い声でそう告げる。
「失せろよ、今、デート中なんだよ。ったく、待っとくこともまともにできねえのかよ」
彼氏の返事に、私は凍りついた。
「え、どういうこと。私達、付き合っているよね? 二股をかけていたの?」
「はあ? 二股なんてかけてねぇよ! お前は初めから遊び相手――ただの家政婦だったんだよ!」
「嘘でしょう!?」
「というか、クルミの方が、お前よりも数倍可愛いだろ。見て分かれよ、身の程知らずが!」
「……酷い!」
私は、持っていた彼氏の荷物を投げ出してデパートの階段を駆け下りた。
――彼氏は、追ってこなかった。
※
「いくらなんでも、酷すぎる……」
デパートから走り去り、少し離れた公園のベンチに腰掛けた私は、うなだれて泣いていた。
彼氏が私に対してぞんざいな扱いをしていることは知っていた。どこかで愛されていないのではないかと恐れていた。
それでも、たまに与えられた優しさにすがって、今までずるずると関係を続けていたのは他でもない私である。
きっと、もう随分前から――いや、最初から彼氏は、あの女一筋だったのだろう。
「私は、家政婦で知り合いのババァか……最悪」
彼氏の方が年上なのに、本当に酷い話だ。
しばらくベンチに座っていると、数匹の猫がすり寄ってきた。
『にゃあ、にゃあ』
「はぁ……猫には好かれるのにねぇ」
今、私の足元に集まってきているのは、三毛猫とグレーの縞猫、白猫だ。
『にゃーう、にゃぁーう』
猫はベンチの上に飛び乗ると、私の膝に乗って甘えてくる。
「ふふ、いい子いい子」
付きまとわれて困ることもあるけれど、今のような寂しい気持ちの時は、気ままな猫の姿に癒された。
「梢ちゃん?」
不意に後ろからかけられた声に、私は衝動的に振り返る。
「え、と。マオさん……どうしてここに?」
「僕は、ここに買い物に来ていたんだよ。梢ちゃんに似ている子を見つけたから思わず……ねえ、泣いているの? どうしたの?」
「こ、これは、なんでもないです」
「何かあったか話したら、楽になれるかもしれないよ?」
「でも、マオさんにこんなこと言えないし……」
「全く関係のない他人だからこそ、話せることもある」
そうなのかな? と思いながらも、私は彼の言葉に救われたような気がした。
一人で抱えるには、この現状はあまりにも苦しすぎたのだ。
都合よく現れてくれたマオに甘え、私は先ほどの出来事を話すことにする。
私が話し出してしばらくすると、マオが小刻みに震えだした。
「あの……」
「う、ううん、なんでもない。酷い彼氏だね……」
そう返すマオの声が、普段よりも一段と低い。
「そんな薄情な男のことは忘れよう。こいつらも、そう言っているよ」
「え、えっ」
マオは、私の膝に乗って戯れる猫たちを指差してそう言いきった。
『にゃーん、なぁーん』
猫たちは、なんとも平和そうな鳴き声を上げる。
そんな猫の穏やかな声につられて、私はついクスリと笑ってしまった。