16
小さな建物の中に入る。
掃除はしっかりされているようで、埃っぽさはない。
建物の奥の部屋へ進む。
その部屋には、幽かな明かりに照らされた大きな十字架ひとつ。
堂々と立っている。
思わず、ほぅ、と少し声を漏らした。
「じゃあ、始めますよ」
「あ、よろしくお願いします」
お願いしますと言ったのはいいが、何をするのかも知らないぞ?
神にでも祈ればいいのか?
「トワさんは、どの神様を信仰しておられますか?」
「信仰、ですか」
「はい。やはり主神を?」
主神と言われてもわからない。
この世界の宗教の一番偉い神様のことだろうが。
そもそも、日本人に信仰を訪ねるのはな……。
「そうですね、天之御中主神ですかね」
「……すみません、もう一度言って頂いてよろしいでしょうか?」
マイナー過ぎたかな?
ブラフマーとでも言っておけばよかったか?
「ちょっとした冗談です。私は、特定の神様を信仰してはいません」
「――もしかして、無神論者の方ですか?」
「いえ、そういうわけではなく。八百万の神を信仰しております」
「・・・?つまり、どういうことでしょう?」
「ざっくり言いますと、全ての神様を信仰しています」
「それは、主神も信仰しているということで、よろしいですか?」
「ええ。そうです。戒律は守りませんが」
「いえ、聖職者でもない限りは、特にありませんので。
それでは、我が主に祈っていただけますか?」
「すみません、どのようにすればよいのでしょう?」
「祈りの気持ちさえあれば、どのようにでも」
そう言われても、よくわからないが。
見よう見まねに、Amenと唱え、手で十字を切ってみる。
気のせいか、十字架が少し光ったような。
「はい、終わりました」
「ありがとうございます。それで、これは一体何のために……?」
「もしかして、ご存じないのですか?」
「ええ、あまり……」
乾いた笑いで誤魔化す。
そもそも、この世界にいませんでした。なんて言っても信じられないだろうし。
「じゃあ、説明いたしますね」
「お願いします」
「まずはこちらをどうぞ」
と言うと、十字架に手をかける。
そして、紙のようにめくっていく。
俺は今夢でも見ているのか?
十字架の表面の一部だけが、剥がされた。
それにもかかわらず、輝きは衰えるどころか、むしろ増した気さえする。
「はい、こちらです」
そう言って渡された十字架から剥いだモノは、輝きをおさめ、ただの紙のように見える。
その紙をみると、何やら数値と文字が書いてある。
「これは、一体?」
「あなたの、ステータスですよ」
「はぁ、これが」
名前はトワ。
種族は人。
レベルは4。
能力は虚飾、剣術Lv1の二つだけ。
称号というのもあり、そしていつの間にか一つ持っている。
忌み子の友、か。
それにしても予想と転じて力とか知恵とか、そういう具体的な能力が出ないんだな。
数値化って、なんだ?哲学か。
「触っていただければ、説明が表示されるはずですよ」
「そうなんですか?」
言われた通り、触れば、ポップアップ表示のように、出てくる。
この紙、本当になんなんだ・・・?
剣術
剣に分類されるものを扱う際に、行動に+補正がかかる。
剣術はこんな感じ。
まあ、なんていうか、想像通りか。
それに比べて、虚飾は、
虚飾
嘘にまみれた現代人ならきっと使いこなせるでしょう!
ふざけているとしか思えない。
まったく能力についての説明が書いてないってどうなの?
しかも現代人って……。
まあ、使えたからいいけどさ。
忌み子の友
異種族との好感度に+補正。
ざっくりとした説明。
というか、ネメシアは人じゃないのか?
称号から推測するにそうだろうか。
確認すべきことは全て確認したかな。
「確認したいことは全て確認したのですが、これ、どうしたらいいですかね?」
この紙には、俺の個人情報がたっぷり。
適当に処理されるのは勘弁願いたい。
「十字架に貼っていただけますか」
「?わかりました」
言われた通りに、紙を十字架に押し付けると、光を放ち、十字架と同化した。
この世界、結構何でもありだな。
「それでは、これで神託の儀は終了です」
「ありがとうございました」
ネメシアに聞けばよかったのではないかと考えつつ、部屋を出る。
きっと何か意味があるのだろうと、そう思うことにした。