13
朝早くに、今日も起きる。
隣のベッドのネメシアは。
泣いていた。
枕に顔を押し付け。
声を押し殺し。
静かに起き上がり、近づく。
何をしてやれるだろうか。
何も俺は知らない。
彼女に何があったのか。
そして今、どうして泣いているのか。
わからない。
それでも。
ネメシアが、こちらに気づく。
自分の顔が涙で崩れていることに気付いたのか、隠そうとする。
「お、おはよう。トワ」
「おはよう」
挨拶こそしっかりしてみせるが、声は明らかに涙混じりだ。
普段の俺だったらきっと知らないふりをするのだろうが、何故だろうか。
ほおっておくことなど、できない気がした。
「ね、ねぇ、トワ?私、今ちょ――」
「かまわん」
ネメシアの手をとり、仰向けにしたネメシアの上に俺が乗るようにして、顔をどうにか隠そうとするネメシアの抵抗を押さえつけた。
そんなネメシアの顔は、涙で濡れて、――不謹慎と言われるかもしれないが、きれいだった。
「何があった」
「な、何も!......ない、わ」
「これが、なにもない訳がないだろう」
目元を赤く泣き腫らしている。
俺が起きるどれだけ前から泣いていたんだ?
「話してくれ」
「……聞いたら、きっと、あなたも......私を嫌うわ」
「それはない」
「どうしてそういえるの!?」
目を見て直球で問うが、声を荒げられる。
だが俺は、話される内容がどんなに衝撃的でも、受け入れる。
たとえカニバリストでも、サイコパスでも構わない。
だから、目を離さずにネメシアに本当の気持ちを伝える。
「お前がお前である限り、嫌うことはない」
「わけ、わかんないわよ……!なによ......、私のこと......全然、ぜんっぜん知らないのに......!」
もっと泣かせてしまった。
美しいけれども、女の涙は見るに堪えんものがある。
だから少し体勢を変え、ベッドで横になるような形で、ネメシアを抱きしめた。
「それでもだ。......話してくれるか?」
腕の中で、小さく頷いた。
今はただ、背中をさする。
*
腕の中からやっと泣き声が聞こえなくなり、たまに鼻をすする音が聞こえるだけになった。
かなり時間はたったが、だいぶ落ち着いたみたいだ。
「…………もう、大丈夫よ」
「無理はするな。ゆっくり、ゆっくりだ」
「ええ、わかってるわ」
言った通り一度深呼吸をしてから、ゆっくり、ゆっくりと話し出す。
「えっとね......、私の二つ名はね、“忌み子”なのよ」
「……すまんが、二つ名ってのはなんだ?」
ネメシアを抱き締めていた片方の手で頬を掻きながら尋ねる。
申し訳なく思うが、ネメシアはこんな状況下にもかかわらず、きっちり説明してくれる。
「二つ名というのは、あまりにも強い……いえ、強すぎる人に対しての通称よ。
みんな、畏敬の念を込めてそう言うのよ」
「なるほど。説明ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、話を戻すけど、なんでそう呼ばれてるのか、わかる?」
「すまんが、まったくわからん」
正直に答える。
想像がつかないわけではないが。
「私はね、人でありながら、竜なのよ
「……それが、畏れられる理由か」
「そう、そうよ。私は竜。生まれたときから、私の身体を流れる血潮は、異常なまでに高い魔力をたたえた、竜の血だった。私は、普通に生きられればそれでよかったのに......!」
行き場のない怒りが、ネメシアの中で広がり、涙となって出てくる。
そんなネメシアに感じてだろうか、肩を強く抱き寄せた。
「……大丈夫よ」
「ああ」
「……私は、竜になって、たくさんの人を殺したわ」
「ああ」
「その人たちの、家や、畑も壊したわ」
「ああ」
「……私は、大罪人よね」
「…………」
「ほら、私を嫌いになったでしょう!そうよね、こんな大量殺人鬼信じられるわけないわよね!わかってたわよそんなこと!期待しちゃダメだって、知ってたわよ......!」
泣きながらネメシアが怒号を上げる。
酷い、話だ。
自分の意志でやったのでもないのに、こんなに苦しんで。
人を信じることもできないのは。
「別に、嫌いになってねぇよ」
「だったら!......だったら、何で......何も、言ってくれないの……!?」
腕の中でネメシアが泣き崩れる。
でもそれも仕方ないと思う。
どうにかしてやりたいとも思う。
だから、こう言う。
「......言葉を、探していた。でも、ダメみたいだ」
「え……?」
「俺はどうも、口下手みたいで。すまんな」
行動で伝えると。
ネメシアを抱き締めていた腕をとき、片足を軸に一度立ち上がる。
後ろのベッドへ振り返り、ネメシアの手を引く勢いで、ネメシアを抱き寄せ、その耳に囁いた。
「信じてくれ、俺はお前を嫌いになんかならない」
そう言って、柔らかいほっぺたにキスを落とした。
「自分の意思の介在しなかったことについて責任なんて気にすんな」
「……そんなの、私にはできないわ」
「それも、仕方ないかもしれないけど。でも、俺がその罪を許すから。
だからもう......、一人で泣かないでくれよ」
ネメシアは、何も言うことなく、顔を俺の胸に押し付けてくる。
ただ俺は、ネメシアを、少し強く、抱きしめた。