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正子です。
角と羽の生えた少女と目が合うと、意外なことに敵意はないようで微笑みかけてきた。
それどころか、こちらに無警戒で歩み寄ってくる。
「ねえねえ、キミはこの城の人かな?」
などと顔を傾け覗き込むようにしながら言う姿には呆れさせられるばかりである。
戦意はないと判断し、剣を収める。
「そうですが、貴方は?こんな緊急時に城にいるなんて、正気の沙汰とは思えませんが」
「ボク?ボクは王様に呼ばれてきたんだ。それにしても――」
ゆっくりとした足取りで俺を中心に一周して、でも満足してないようでじっとこちらの顔を見つめてくる。
そしてこれまたゆっくりと口を開く。
「キミ、人間だよね。怖くないの?」
「何がでしょうか」
「いや、ほら、ボク一応魔族なんだけど」
「まったく怖くないですね」
ほへーなどという阿保みたいな声を上げられた。
しばらく顎に手を当てて考えていたようだが、突如手をたたいて何かを閃いたかのようなジェスチャーをする。
「そうだった、ここの王様に会いに来たんだけど……どこにいるかわかるかな?」
「その前に身分証明を願いますよ」
そうだったそうだった、などと言っている。
先ほどといい、実は頭の弱い子なんじゃないかと思いつつ、言わないでおく。
ゴホンと一つ咳ばらいをして、胸を張って言う。
「ボクは、魔領正統王国の外交官。魔王様の信託を受けて、魔領正統王国の全権としてここに交渉に来た、カランリィ・ビ・ラルカダシム。親しい人はみなラルカと呼ぶ。もちろんキミも、そう呼んでくれていいよ」
「それはどうもご丁寧に。私はトワ、一介の傭兵です。では、王の下へと案内いたします、ラルカさん」
嘘をついている可能性もあるはずだが、とてもそうは思えなかった。
敵の攻勢まではあと一刻ほど。
*
城の上層部、普段なら立ち入ることのない階層に王の部屋はある。
その部屋の扉は、今は固く二人の番人によって閉ざされている。
その二人におのぼりさんみたいにきょろきょろしているラルカの姿を見とがめられたようで、二人とも一瞬で戦闘態勢に入った。
「ストップ!武器を下ろしてくれ。こいつがきっと王様の用事ってやつだ」
「魔族が、か?」
「多分な。心配なら一応半殺しにでもしておこうか?」
「――その必要はない」
重い鉄扉があまり抵抗もなく開き、中から未だその威光衰えぬ王が登場する。
その眼光は猛禽の如く鋭く、視線でラルカを刺し殺すように見ている。
「汝、何をか求む」
「ぼ、ボクかい?えっと、魔王様は特に何もお求めではなかったけど、貴方をお求めだったよ。それですべての条件を受け入れるって」
「相分かった」
一つ間を置き、全員を見渡してから言う。
「では、トワよ。ここで敵を引き付けよ」
「え、ああ。もちろん構いませんよ」
「マトッシュ、レジーナ。ラルカと共に来い。これより魔領に行く」
「わかった」
「はい」
「もちろん。あっちに着いたら案内するよ」
「後、トワよ」
まさに今出立せんとするところだったはずなのだが、王様がまだ何かあるようだ。
その手には、重そうな革袋がある。
「われらが逃げるまでの時間を稼いだ後は、好きにせよ」
受け取って中を見てみると、どうやら金貨が詰まっているようだ。
それも優に五十はある。
これまでの仕事の報酬なのだろうか、ありがたく受け取っておく。
「ありがとうございます。では、お気をつけて」
背中を見送りつつ、来たる戦いに心を馳せた。
*