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ギリギリセーフ(アウト)
先程の出来事が起きてから一刻ほどの時が流れたように思うが、未だに何が起きたのかを理解――認めたくない自分がいる。
それを、ネメシアが居なくなったことを、自分の側を自ら去ったことを認めてしまえば、胸のうちのネメシアが占めていた部分を虚無感が満たしてしまう気がしたからだ。
そして、それは果たして偽であった。
ただ、一種の義務感に似た感情が心のうちを占めたからである。
暫くの間、窓に切り取られた外を見つめていた。
*
朝、食堂で俺を見た誰も――といっても、城で勤務していた人も出て行ってしまって本当に数人しかいないのだが、その誰もが驚いていた。
別に俺の格好がおかしかったと言うわけではなく、いつも何時たりとも一緒にいるネメシアが一緒にいなかったことにだ。
何があったかと聞いてきた数人、マトッシュとレジーナ、ウティーゴとあと……何故か未だに城に勤務しているトロオには事実をそのまま伝えておいた。
多分もう帰ってこないという憶測もつけて、だが。
*
「気分はどうだ」
ぞろぞろと兵隊の集まる正門前を眺めていると、マトッシュが気を使ってくれたのか話しかけてくれた。
だが、別のこと、主にネメシアのことを考えていたので、返事がおなざりになる。
「ノットバッド、ってとこだ」
「……?どういう意味か分からんが、これからのことに集中したほうがいい。その調子で死んだ奴を相当見てきた」
沈黙の肯定で返す。
時刻は七時か八時かくらいだろう。
もうそろそろ始まるかと思った頃に、ラッパのような大きな音が鳴る。
と思ったら、いつの間にやら設置されていたらしいお立ち台に誰かが上り、兵士たちを見回した。
そして、どうやっているのかわからないが、ゴホンと前置きしてから大音量であの騎士団長サマの声が響く。
「我々は!私欲をもって苛政をなし、背信をもって悪魔に与せんとする王を滅せんとする正義の軍である。世に信ずる心ありて善生まれ、善なる心ありて欲を滅せんとす。されど彼の王、強欲ありて善なる心を欠き、善を欠きて信ずる心を失いし者である!これ、彼の者の背信者たる所以ではないか!」
そうだそうだという声と、大きな拍手が正門の前の広場を埋め尽くす。
口笛も飛び交い、そこだけまるで気温が数度上がったかのよう。
「また彼の者に噂ありて、邪知暴虐の限りを尽くした竜の未だ殺されざりて飼わるるあり。これ焉んぞ彼の者の信無き所以にならざらんや!これらの所以を以て、彼の者の悪なる所以となさん!」
熱気は最高潮、暑がりだったらのぼせてしまいそうな中で、今にでも我こそ一番槍だと誰もが飛び出していきそうだ。
しかしそこでもまだ続く。
「されど我らは信なる者にて、善なる者である。持つる善の全てを用いて、彼らに慈悲を与えんではないか」
一度言葉を切り、振り返ってはこちらを、城のある方を向いた。
刹那、目が合い口元に笑みが浮かんだ気がした。
しかしそんなことはなかったかのように、毅然として演説を再開した。
「諸君に告ぐ。今この場において我らより北げんと欲す者は、彼の王を除き見逃さん。今より一刻の間、猶予を与う。北ぐ気の無い者は、女子供とても見逃さんぞ!」