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城に着き、ネメシアを部屋のベッドに下ろした。
依然として表情は暗く、目に光が灯っていないといった様相だ。
ハイライトが消えている、というのだろうか。
隣に座って話しかけても、全然反応も返ってこない。
ただおなざりに、ええとかはいとか言っているだけだ。
かなりの時間、意思疎通に時間を費やしたが、ダメだった。
ネメシアにかけた言葉は、これまで何のために本を読んできたのかと思うほど、何の意味もなかった。
ただ、無力を噛み締めた。
*
夜もたけなわ。
遅い夕飯、というか夜食を準備してどうにかネメシアを席につけたとき。
カトラリーが食器と当たり鳴る音が食卓を支配している中、食事のメインディッシュである肉を見ながら、ネメシアがぽつぽつと独白のように語りだした。
「――私の一番古い記憶」
「……」
「竜になって、食べたのを覚えているわ」
興味本位ではなく、ただただ真摯な気持ち、ネメシアを受け入れたいという一心で問う。
「何を」
「いろいろ。動物も、――人も食べたわ。……両親を含めて、ね」
その衝撃を、人を食べたことのない俺にはわからない。
それでも、軽薄だと言われても、言わずにはいられない。
「大変……だったんだな」
「同情ありがとう」
笑顔で言ってのけるが、表情も言葉も棘がある。
ネメシアにしては珍しいのだが、もしかして本当はいつもこう言いたかったのかもしれない。
ネメシアも自分の口の悪さに思い当たってか、大きなため息を一つついた。
「ごめんなさい、少し――」
「いや、俺の発言が悪かったんだ。気にしないでくれ」
「……ありがとう」
互いに食後の酒を軽くあおる。
ネメシアは片手にグラスを持ったまま、窓の向こうの遠い空、その丸い月を眺めていた。
*
私の最初の記憶は、口の中に広がる鉄のえぐみと、鋭く鈍く、そして熱く焼けるような痛みから始まった。
それが、怒りのままに街を滅ぼしていた私だったと知るのはずいぶん後のことだった。
今となってはなんで怒っていたのかも覚えていないけれど。
でも、私の凶行はこの国中の人の記憶に刻まれた。
私が殺されなかったのは、ひとえに擁護してくれたおじさんのおかげ。
だから、おじさんのためにも、国のために働いてきたの。
*
「でも、もういいよね」
カラン、とグラスの中の氷が鳴る音にかき消されそうになりながらも、確かに震える声でそう言った。
「一度決まった評価は覆らないもの。もう……」
もう、の後は空気をふるわせるには至らなかったようだ。
でもその唇は、いやだ、という形をとり、瞳には涙をたたえていた。
いたたまれなくなり、とりあえずネメシアに今日はもう寝ようと提案する。
無言で頷いたネメシアは、俺をベッドに引きずり込むようにして布団に入る。
今日は普段見られないネメシアの一面をよく見る、
そう思っていると、初めて誘われた。
今日くらいは、と思い、受け入れることにした。
*
草木も眠る丑三つ時、その辺りの時間だと思うのだが、少し寒い風に目を覚ました。
窓が開いている。
もう少し具体的に言えば、その窓枠に誰かが足をかけている。
「ネメシア……?」
風に揺れる髪が、月明かりに照らされ白銀に輝いているので、別人のように見えた。
いや、それだけで錯覚するとは思えない。
明らかに、雰囲気が違う。
「――人の子か」
その口から発せられた言葉で、目が覚めた。
これは、ネメシアではない、別のナニカだ。
「気分はわりなし、此度は見逃しちゃろう。好き好きし彼は誰時の出立ぞ。情け
なき事はせん事じゃな」
それだけ言うと、窓枠から飛び降りた。
急いでどうなったか確認しようとベッドを出た時、一匹の巨大な白い竜が城の窓際に当たりそうなほどの近さで飛んだ。
衝撃波のような風で目を閉じていた刹那に、竜はもう見えなくなっていた。