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エルフを蹴散らして数日後。
そんなことは特に事件として扱われることもなく、むしろもっと大きな話について街は活気づいてきている。
その話とは、もちろん勇者についてである。
勇者の出立という話を聞いた人々は、にっくき魔族を打ち倒してくれとばかりに見送る準備を勝手に進めているらしい。
そこに国が乗っかり、今では国の一大事業というまでの規模でおこなわれることが決まった。
……という話を、ウティーゴと騎士団長サマから聞いたわけである。
にしても、最初にパヴェールを助けた理由。
それとはまったく違った方向に進んでしまったな。
*
少しパヴェールの話をしたいと思う。
エルフなので人とは多々として違うと思っていたが、一番変わっている点があった。
それは、睡眠時間である。
ちょっとしたことと思うだろうが、これがまた凄く長時間寝る。
どれくらいかというと、大体夕飯の時間くらいに寝て昼飯前くらいに起きる。
夕飯を午後六時、昼飯を正午とすると、起きている時間が六時間ほどしかないことになる。
ナマケモノよりちょっと長いくらいである。
人間と似た見た目をしているだけに、正常なのかどうか不安になる。
そんなパヴェールの話。
*
時間はおやつどき。
ネメシアとパヴェールと一緒にお菓子作りだ。
今日は買ってきた食材でちょっとしたクッキーのようなものを作ったが、コーンスターチの原料となるトウモロコシが無い、というか正確にはないことはないのだが恐ろしく高いらしいので片栗粉で代用して作ってみた。
ジャガイモがこの世界にあって本当に良かったと思う。
「というわけで、どうぞ」
「いただきましょう、パヴェール?」
「ん。……いただきます」
パヴェールは目の前に置かれたクッキーに手を伸ばそうとし、思い出したように手をゆっくりと引っ込めて掌を合わせた。
ちなみに、パヴェールとネメシアの関係は傍目から見るにかなり良好で、ネメシアが進んでパヴェールの世話をしているような状況である。
妹か何かができたような感じなんだろうか。
とても微笑ましい。
「ん、おいしい……?」
「そんな目でこちらを見つめられても困るぞ」
「そうよ、おいしいならおいしいって言えばいいのよ。ねぇ?」
「まあ、その通り」
「ん」
ゆっくりとだが、止まることなく食べ続けている。
ちなみに、ネメシアのペースはその三倍はある模様。
俺も数枚食べようか。
歓談しつつ話を切り出すタイミングを探っていると、来訪者があった。
といってもこの部屋に来るのなんてウティーゴくらいだし、実際そうだった。
何か話すことがあるようであったが、とりあえず席に着くことにしたようだ。
「お邪魔させていただきます、パヴェール様、トワ様」
「……ウティー、ゴ?」
「ええ、ネメシア様も。失礼いたします」
力関係は圧倒的であるようだ。
ほとんどネメシアのことを無視していたウティーゴが名前を呼んだんだからそれはもうかなりのものがある。
これを機に、この二人の関係がよくなってくれればいいんだが。
「ごちそうさま」
「ごちそう、さま」
「ご馳走様です。ありがとうございます」
「お粗末さまで」
なかなかいい出来だった。
好評だったようで何より。
さて、食後のお茶でも淹れるか、と立ち上がるとウティーゴが思い出したかのように話し始めた。
「ところっで、トワ様はエルフという存在をどれほど知っておられますでしょうか?」
「エルフっつーと、例えば……森に住んでいて、弓と魔法が得意で、あと見た目がいいってとこか」
「おおむねその通りでございます。付け加えさせていただきますと、ほとんどすべてのエルフが精霊以外の他種族を嫌っている、という点でしょうか」
「それは前の対応を見ればわかるが、何が言いたいんだ?」
四人分の茶を机の上に置き、自分も席に着く。
ネメシアはあまりこちらの話に関心がないご様子だし、パヴェールはすでに舟をこぎ始めている。
ネメシアにパヴェールをベッドに運ぶように言って、ウティーゴとの話のテーブルにつく。
「トワ様、我々が貴族宅を襲撃した際に重要人物を助けたのはご存知だとおもいますが、その方からお手紙が届きました。交渉の手紙です」
「再交渉か、警護すればいいのか?」
「はい、そうなります。そののちに、国に戻りますので」
「あいわかった。ネメシアもパヴェールもつれてくか?」
「はい。安全も考えますとそれが最適かと」
「よし。いつになる?」
「明日の午前に」
「おーけー。つまり今日は休みってことか。また明日な」
「はい、また明日よろしくお願いします」
茶を一気に飲み干し、立ち上がってベッドに寝転がる。
近寄ってきたネメシアを抱き枕に、寝る。
「おやすみ、ネメシア」
「おやすみなさい、トワ」
先週は書きましたとおり投稿できませんでした。
二週間ぶりの、楽しんでいただければ幸いです。