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思い出質屋  作者: yuyu
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第3章 兄の思い出

「ご利用なさいますか」

店員の男の顔が笑顔に変わった。

「それでは、こちらの契約用紙にご記入をお願いいたします」


そう言うと男はさきほどのガラスケースからまだ何も書かれてない不思議な色の紙を取り出して俺に差し出した。


「その紙の下に氏名をお書きください」

男の言うまま名前を書いた。


「書きましたか?それではどこでも結構ですので、そちらの紙に触れながらお預けになりたい"思い出”をお考えください。想像するだけで結構です」



どうするか・・


俺は最初に思い浮かんだ”あのこと”を想像することにした。


2年前に死んだ兄ちゃんのことを。




兄ちゃんは俺より2歳年上だった、つまり今の俺と同い年。


俺達は仲の良い兄弟だったと思う。そりゃあケンカとかはすることもあったけど、ケンカしな


い兄弟なんていないでしょ?年齢が近い兄弟ならなおさら。



兄ちゃんは優しかった、小さい頃から俺の自慢だった。それと同時に厄介な存在だった。


頭は良いし頼りがいがある、2歳しか離れていないのに妙に大人びていた。


当然俺よりも親から気にいられている、そんな兄と比較されるバカな弟の惨めさったらない


よ。


正直やきもちを焼くこともあった、っていうかしょっちゅう。ケンカの原因はほとんど俺のや


きもち。


でも大好きだった。






兄ちゃんは病気で死んだ。 何の病気かは知らないけど高校生の頃に急に発症した。


最初のうちはそれほどでもなかったんだけど年を重ねるにつれて病状はひどくなっていった。


それまでの普通の生活がガラリと変わり、病気との闘いの毎日になった。


まだ症状が軽い頃は通院と自宅療養ですんだんだけど、そのうち入院をしなければならなくな


った。


そのせいで両親は兄ちゃんのために結構な額の金を使った。 俺が親に金を借りずらいのはこ


れが理由。



まだ病気がそれほど進行していない頃に兄ちゃんと2人ででかけたことがあった。


”あのこと”っていうのはこの時のこと。


俺の運転で兄ちゃんの行きたいところをまわった。


久々の外出だからゲーセンとかボウリングとか遊ぶところに行くんだろうと思ってたけど、兄


ちゃんの行きたい場所はちがった。



昔家族でキャンプした川原や、子供の頃虫を採りに行った雑木林。元気な頃友達と遊びに行っ


た海。





気づいた? 全部”昔の思い出”の場所なんだ。



兄ちゃんは多分この時には病気が良くならないことが分かってたんだと思う。だからもう何回


も行けない”思い出の場所”を見ておきたかったんだ。



俺はこの時気づいてあげられなかった。 まだ他にも行きたい場所があると言ってたのにめん


どくさくなって帰ってきちまった。 この時俺はまだ兄ちゃんの病気は治るものだと思ってい


た、お気楽なバカだ。



家に帰る道中、車の中で兄ちゃんは悲しげな顔をしていた。小さい子供が遊園地から帰りたく


ないみたいに。



そして俺にいった。


「今日はありがとな、久々に懐かしいとこ行けて楽しかったよ。」


「別にいいけど、でもさ行くならもっと遊べるとこ行きゃよかったのに。カラオケとかボー


リングとかさ。わざわざあんなとこ行くために運転すんのめんどくせぇ」


兄ちゃんは苦笑いをした。


「急に見たくなってさ。もっと元気になったらそういうとこに遊びに行こうよ?」


兄ちゃんがもっと元気になることはなかった。



家に着くちょっと前に兄ちゃんは誰に言うわけでもなくつぶやいた。


「思い出って大事だよなぁ、人間の生きた証だもんな・・」


この言葉を俺は決して忘れない。




兄ちゃんとの思い出を想像し終えた後、下を見ると白紙だった紙に俺の記憶の情報がびっしり


と書き込まれていた。


「!!」


紙に触れて想像しただけなのに・・


いまさらながら確信したこの店は普通の店じゃない。



俺が驚いていると店員の男が喋った。


「それでは、名前の横に”思い出”の証拠として血を一滴つけていただけますか?」


「な、なんのために?」


まだ驚いているところに急に血だなんていうから俺は少々パニックになっていた。


「ですから、その紙に書いてある”思い出”が確かである証拠にあなたの血液を一滴頂きたい


のです。血液には人間の記憶のすべての情報が入っていますからね」



そうなのか、知らなかった。


「どうぞこちらの針をお使いください。痛みは感じないのでご安心ください」


言われるがまま俺はその針を人差し指にさした。


痛っ、くない。 なんでだ?


指の先には血が赤い玉になっている。 しかし痛みは感じなかった。


まぁもう、多少のことじゃ驚かないけどさ。


考えるだけで文字になる紙があるんだから刺しても痛くない針ぐらいあるよな。



そんなことを考えながら俺は言われたとおり名前の横に血を垂らした。


「はい、結構です。それでは奥でどれほどの価値があるか鑑定してまいりますので少々お待ち


ください」


そう言うと男は店の奥に消えた。






















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