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エメラルド・タブレット  作者: 小春日和
9/20

~王都~

 執務室を退室したカルロスは、ドスドスと音を立てんばかりの勢いで城の回廊を歩いていた。

 アルメール城は建築された当時、まだ戦火の名残が完全には消え切っていなかった為、用心にと巨大な戦闘要塞の設計を施された。

 建築には手先が器用で、技術が非常に優れているドワーフの民達が力を貸してくれた為、攻撃にも、守りにも特化した巨大な城となった。そこに、2000年と言う歳月をかけ、更に芸術性を加え、見るも美しい戦いの女神の姿となったのだ。

 先人達の心血を注いだ城作りのお陰で、内部は迷路の様に複雑な作りになっており、慣れない者が歩くと必ず迷子になると言う洗礼をもれなく受ける事となる。

 気持ちよく風が通り抜ける、石造りの大きく開け放たれた広いアーチ状の通路の中を、フンフンと鼻息も荒く慣れた足取りでずんずん進む……


 (“やっぱり可愛いの?” ……だとぉ!? あぁ可愛いさ! 可愛いに決まってるさ! あの可愛さは愛らしいモフモフ珍獣レベルだ!)


 たった今、アルフレドとバータルガーに、これでもかとからかわれて来たカルロスは、拳をぐっと握りしめ、怒りも露に肩を震わせていた。


 (どっち付かずが女性に失礼なんて事、言われなくても分かってますよ! 父上みたいに逃げられちゃうとか余計なお世話だ! 放っといてくれ!)


 今までずっとそうだったのだが、アルフレドもバータルガーも……時にはエドワルドまでも便乗し、いつもカルロスをからかうネタを見つけては、必ずと言って良い程突っついて面白がるのだ。

 だが、流石に踏み込んで欲しく無い部分だって、カルロスにもある。

 勉学や剣術・体術、王太子としての資質についてなどはまだ突っ込まれても我慢出来るのだが、恋愛に置いては自分は確かにまだまだ経験が浅い……不慣れだからこそ、変に口出しして欲しく無かった。


 (結局は、自信が無い事の現れでしか無いのかもしれないけど……)


 空は、今までカルロスが出会った何処の令嬢とも違い、磨かれた美しさも、綺麗なドレスで自分を飾り付けようとする事も、そうする事でタップリの自信をみなぎらせ、男性を自分の虜にしようとする事とも無縁の、素朴な娘だった。

 なんの飾り気も、見栄も無く、おそらく化粧すらあまり経験がないだろう事が言葉や仕草から察せられた。

 だが、彼女には何か人を惹き付ける……庇護欲を掻き立てる物があった。

 ラナセスの塔で出会った時もそうだったが、余りに無防備過ぎる上に、本人は無自覚なのだろうが、思っている事が全て表情に出てしまっているのだ。


 カルロスは昨日の事を思い返す……目が覚めたと知らされて空の部屋を訪れると、空は既に真っ青になっており、カルロスが部屋に入り、空に近づくにつれ、どんどん顔が紙の様に白くなると共に、浮き足立って後ずさり、仕舞いには、手元にしっかりと上掛けを握りしめつつ、よくもまあそこまでと感心する程ベッドの端まで逃げ込んで、落ちやしないかと見ているこっちがヒヤヒヤする程だった。

 勘違いだったと伝え、身の安全を保障すると言うと今度は泣き出し、果てはカルロスと目が合い真っ赤になったかと思うと、エドワルドの名前が出た途端顔を引き攣らせる……

 そして先程、空の部屋に迎えに行った時、最初は後ろ姿が見えたのだが────家から閉め出された飼い犬かの如く、何とも哀愁漂う様に肩を落とし扉の前を行ったり来たりしていた。


 ────君はご主人様に見捨てられた子犬か!


 喉まで出掛かった言葉を寸での所で飲み込み、庭園に行こうと声を掛けると、やはり、散歩に行くか?と声を掛けられた子犬の様に目を輝かせ、走り出さんばかりの勢いで嬉しそうにしていた。

 なのに、病み上がりだからなのか、歩き出したら今度は右へ左へ危なっかしくヨロヨロ進み、挙げ句の果てには足下に何も無いのに躓いて転ぶのだから、始末に負えない……見ていられず、最終的にカルロスが空の手を取ってエスコートする形となった。

 経験が浅いとは言え、今までカルロスだって次期後継者と言う意識がある為、それなりの貴族のご令嬢の何人かとは付き合ったりもした……まつりごとにおいて必要な時は、大っぴらに大きな声では言えない様な“やんごとなきご婦人”との付き合いも有ったりした……

 だが、どの女性もカルロスの心を確実に掴む存在には残念ながらなり得ず、今日まで至ってしまった。

 それがここに来て、今まで携わったどの女性とも違う究極の純粋培養に魅了されてしまうとは────カルロスは先程向けられた、頬を赤く上気させた、嬉しそうな空の顔を思い出す。


 (あのソラの表情、可愛かったよなぁ……)


 思い出すだけで顔が緩んでしまう……

 話題の対象がエドワルドと言うのが若干引っかかるものの、それでも幼い頃から憧れていた存在に出会えた事に純粋に喜んでいた、何の計算もしない少女の笑顔は、経験の浅いエドワルドを惹き付けるには十分過ぎる程の効力を持っていた。

 途中、頭がぽ〜っとし、ともするとずっと少女を見つめていそうになるのを懸命に堪えて、空から聞いた事を国王に報告して良いかと許可を貰い、来たとき同様空の手を取って部屋まで送り届けたのだが、


 病み上がり最高!!!


 と心の中でガッツポーズを決めた事は言うまでもない。

 結果、本日は


 “カルロス、人生初の本気の片思い始まり記念日”


 と相成ったのである。


 (兎に角! ソラをあの父上とお祖父様の毒牙の犠牲にすることは出来ない! 悪の魔の手から絶対守らなくては!!!)


 至極真面目な顔で一つ頷きながら、決意も新たに一歩踏み出す。

 そんなカルロスの一連の行動を、城の衛兵がまるで面白い物を見るような目付きで観察していたことなど知るよしも無かった―――が、ここでまたしてもアルフレドとバータルガーのからかいの種が生まれた事は、更に更に言うまでもない……




*****




 アルフレドとバータルガーに対する怒りを何とか消化させ、思考を切り替えたカルロスはその後、城を抜け出すと歩行かちで街に繰り出した。

 気分転換に歩くと言うのは、精神を統一するにも良いらしい……と、以前ダイスに教えて貰ってから、気が向くと一人で散歩に出る様になったのだ。

 すると、長い事馬に乗ってもの凄い早さで過ぎ去っていただけの道は、歩くと色々な表情を見せてくれる事に気がついた。道ばたに咲く花や、燦然と降り注ぐ木漏れ日、その中を生き生きと活動している昆虫、雲の形や星の位置など、季節によって変化する色彩は、アルメール城の人為的に作られた庭園とは違い、何処か自然の力強さが見え隠れしている。


 (気持ちの良いものだな……)


 その話を聞いた時、弱冠15歳程だったカルロスはいつしか散歩というものが大好きになり、以来一人で街に出かける時は歩行になった。

 庭園でお茶をしていた午前中に比べると、多少風と雲は出て来たものの、まだ日も高く散歩をするには何の支障もない。

 街の入り口にある屋台で食べ歩き用のフィッシュ&チップスを購入し、小腹を満たしながら街中を散策する。

 もう少しで収穫祭の為、グランヴェルグ王都全体が今では浮き足立ち、皆顔が生き生きとしていた。

 グランヴェルグは祭りが好きな国民性で、年に何度か大きな祭りが開かれるのだが、その中でも特に国王の誕生祭と建国祭、そして一年の終わりに行われる収穫祭が国を挙げての盛大な祭りとなる為、毎年この時期はいても立ってもいられなくなるのだ。

 昔ながらの石作りの街並みは、今の季節にぴったりなオレンジや紫といった所謂いわゆる秋色で飾られ、蔦の葉や葡萄、木の実が店先にディスプレイされている。あちこちに黒猫や幽霊、吸血鬼やドクロ、フランケンシュタイン、カブやカボチャをくり抜き、顔に見立てたお化け提灯などが軒を連ね、如何にも収穫祭らしい趣だ。

 何処からか民族楽器の音が聴こえて来るのは、きっと伝統歌の合唱の練習中なのだろう。

 当日は皆魔性の者の扮装をし、今年の収穫と一年間を平和に暮らせた事に感謝をして、音楽に乗りながら歌い踊り、夜は篝火を焚いて来年の収穫と一年間の平和に祈りを捧げる。

 カルロスの母がいたトト神殿のドルイドも参加する為、通常の祭りよりも何処か神秘さを感じさせる祭りで、カルロスも毎年非常に楽しみにしていた。


 (今年はソラと一緒に過ごせたらいいなぁ……)


 頬を緩ませながらそんな事を考える。本当は、収穫祭前の今の街並みもいつもとは違い、十分楽しめる為に今日も誘い出したかったのだが、ラナセスの件もあるし、何より空自身があの足取りでは無理があると判断した為断念した。

 そんな楽しげな様相の石畳の道を、子供達が勢い良く駆け抜けていく。


 (せめてエドがいたら何とかなったんだけどな)


 だが、彼には帰還早々ラナセスの諜報活動に向かって貰っている……

 彼自身疲れていただろうに非常に申し訳ない事をした────とカルロスは内心気に掛けているのだが、実際はエドワルド本人が、諜報活動は必要だし、事情を知っていてそれなりに動ける自分が適役だから、と名乗り出たのだ。

 塔での一件があった為カルロスも最初は首を立てには振らなかったのだが、自分はエルフの血が混じっている為、体力はそこら辺の戦士より抜きん出ているから気にするな、と言って引かなかった。

 最終的に、深追いはせず、動向が探れたら直ぐに戻ると言う条件で渋々納得した。


 (────全く、頑固さは昔から変わらないよな)


 エドワルドはこうと決めたら頑として譲らない性格をしている。

 分かりやすくはあるのだが、時として主従関係が逆転しているのでは……と疑問に思う事さえある程だ。

 彼が頑な態度を取るのは、必ずカルロスに危害が及ばない様に、カルロスが無事に任務を遂行する事が出来る様に、と言う配慮からだし、エドワルドの判断が間違っていた事は一度も無いので、声を大にしては言えないのだが、時としてそのカルロス本人の意思を完全に無視する事がある為、幼少の頃より度々衝突を起こしたりしていた。

 過去を振り返り、思い出されるフラストレーションの数々に眉間に皺を寄せていると


 「あーーーっカルロス様買い食いしてる! エリザベス様に言いつけるぞ! ────って、あれ? その包み紙、街の入り口のジェニーの店のだよね? いつも食べてるのに……不味いの? 」


 急に声を掛けられた。

 

 「もがっっっ! ジャック……ちがっっっ! げほっっっ!!!」


 食べながら歩いていたので、眉間に皺を寄せながらも当然口はもぐもぐしている格好だった為、変に受け取られてしまったようだ。

 顔を向けると、街に散歩に出る様になってから仲良くなったジャック少年がこちらに走って来る所だった。

 

 (エドと一緒になって買い食いを覚えさせた張本人の癖に!)


 そんな事を思いつつも、げほげほと咳き込み訴えられない……


 (ついでにジェニーの店のフィッシュ&チップスは今日も絶品だ!)


 いつもの見慣れた光景の為か、道行く人はクスクス笑いながらも然程干渉せずに放っておいてくれるのが有り難い。


 「あぁっ、いいよ無理しないで! とりあえず落ち着いて!」


 涙目になりながら恨めしげな視線を投げると、言いたい事を察したのか大きな目をクリクリさせながら背中を摩ってくれた。人の事をからかったりもするが、基本的には優しい少年なのだ。

 だいぶ落ち着くとジャック少年は改めて口を開いた。


 「ごめんよ、久しぶりにカルロス様を見かけたから嬉しくてつい。ここの所、全然街に来なかったよね? エドワルド様も一緒じゃないし、何かあったのかい?」


 うん、美味い……と、差し出されたポテトを摘み口に運びながら、思慮深い碧の瞳をカルロスに向ける。

 五つ程年下のこの小柄な少年は地の精霊ノームの血を引き、その特性を生かしてグランヴェルグの地下にその昔作られた、巨大通路の調査に従事している。

 その為地下を含めた王都の構造と、何故か街の人々が繰り広げる井戸端会議の内容に詳しく、何か知りたい時は彼に聞く事にしていた。

 何かあったのかい? と聞いてはいるが、その実色んな筋からの情報で、ある程度の事は知っているだろう。


 「いや……まぁ、そうなんだが……まだ公に出来ないんだ、そのうち話すよ。────それより、父上が赴いていた中部地域での頻発している地震なんだが、ノーム達の筋で何か聞いていないか?」


 ノームは精霊に属する為、人とは違う情報網を持っている。だが、精霊は気まぐれだったり、口が堅かったり警戒心が強かったりする為、滅多な事では人にまで話が届かない。

 エドワルドなどは百聞は一見にしかず……と、精霊に聞くより先に、自分が現地に赴く事もしばしばだ。

 ジャック少年は比較的人間贔屓の為、そしてカルロスには立場上知る必要があることから、黙っていなくてはならない事に関しては口にしないが、それ以外の知っている事は惜しげ無く情報提供してくれた。


 「あぁ、あの平野付近のでっかい地震ってやつだろ? ……大地って言うよりは、何か別の物の力が動いてるって話だよ。自然に起こる物では無さそうだ……」


 そもそも地震って言うのは大地内部に溜まったエネルギーの放出だから、起こるなら俺たちが分からない訳が無いしな……そんな言葉を続ける。

 グランヴェルグには今の所直接的な被害は無いが、アルヴァロンド島の中部地域では大なり小なり、地震が頻発していた。

 元々島国なので地震は起こりやすいのだが、最近の引き起こされ方は尋常では無かった。

 何かが地面の中を行ったり来たりしている様に、同じ場所を何度も何度も地震が襲い、どんどん被害が拡大している。

 多発する揺れに不安を抱えた、中部の中でも北の山寄りに生活の居を構えている風の民の長が、直々にグランヴェルグに赴いて調査を依頼し、父王のアルフレドはラナセスの塔の指揮をカルロスに一任すると、自身は中部地域の視察に向かった。

 島の問題は自分たちの問題でもあるし、何より被害が拡大している以上、何時このグランヴェルグにも地震が襲いかかるかしれない……だが、未だ決定的な原因も、解決方法も掴めずにいる。


 「そうか……自然ではない何かが引き起こしている、か────」


 自然現象ではない地震など、どうやったら引き起こせるものなのだろうか? ────思わず思考を巡らせる。

 ウロボロスを目の当たりにしてからと言うもの、何でも非常識で片付けてはいけないと身に染みたカルロスだ。今回も、あり得ないと切り捨ててしまわない方が良いだろう……何より、これは地の精霊が感じ取ったことなのだ。


 ────少し、調べてみた方が良いかもしれないな。


 知らず顔が引き締まり、表情が険しくなる。


 「ありがとう、引き続き何か分かったら僕に教えてくれないか?」


 礼を述べながら、そろそろ帰ろうかと算段を始める。今から帰れば夕暮れ前には城に着けるだろう。


 「いいよ、勿論そのつもりだけどさ────って!!!」


 そう言うと、急に大きな目を更に大きく見開いた。 


 「あぁ!!! 肝心な事忘れてた!!!」


 ジャック少年が唐突に大きな声を挙げる。その切迫した声音から相当の重要事項である事が伺えた。


 「────えっ!? どうした!? 何か急ぎの内容か!!?」


 つられてカルロスも緊張した面持ちになり、問い返す────


 「カルロス様ってば、とうとう本命彼女いない歴に終止符打てたんだって!? 今度その子に会わせてよ!!!」


 ……石畳の歩道につんのめり、思わず転びそうになった。




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