~アルフレド=アルメール=グランヴェルグ~
「失礼します」
カルロスは幾何学模様と生命の木の図柄でデザインされた重厚な扉を開き一礼すると、部屋の中に入る。
空との談笑を終え、部屋に送り届けた後、父王であるアルフレドに一連のあらましを報告するために訪れたのだ。
2000年と言うとても長い年月の中で、建物のあちこちが風雨に侵食されたり、使用されている石や木材が悪くなるたびに、研かれた最新の錬金術と、建築家や技師の技術で修復や改築が施されたアルメール城は、今では美しき戦いの女神の様に、豪奢な見た目と、強固で頑健な守りを兼ね備えた唯一無二の建造物となっていた。今はその城の執務室に当たる場所にいる。
(……またか)
中に入ると見慣れた光景がカルロスを出迎え、思わず遠い所を見やる様に顔を上げ、額に手を当てる。
父王アルフレドは、前国王であり今では隠居暮らしを満喫している祖父のバータルガーとチェスならぬ、将棋をしている所だった。
「これは、遠い遠い遥か東の国にある、チェスに変わるものだそうだ。どうだ、一つ、対戦してみないか?」
いつの頃からか、バータルガーが何処からか持ち出して来て、暇を見つけてはアルフレドやカルロスを相手に勝負をする様になったのだ。以来、特に将棋にハマったこの二人は、気がつくとどちらからとも無く戦っている。
「……いや、それはちょっと待って下さい、父上」
「いやいやいや、待ったは無しだよ、アルフレド君」
バータルガーは神妙にそう言いながらも、言葉とは裏腹にひょいと軽快に駒を置く……
「あーーー! そっ、それはっっっ!」
(全く、この似た者親子は……)
こっそり溜め息を吐き出しながら、悲痛な呻きを漏らし、祖父の無体な仕打ちに思わず突っ伏し、打ち震えている父王に声を掛ける。
「父上、例のラナセスの塔の件でご報告に伺いました。将棋の決着は付いた様ですので、お話ししても宜しいでしょうか?」
「あ〜〜〜カルロス君……うん良いよ、ちょっと待ってね」
負けたショックから若干涙目になりながら、将棋が置いてある窓際のサイドテーブルから執務用のデスクに移動し、予め提出されていた報告書を準備し始める。
アルフレドは見た目が二メートルを超える高身長に加え、鍛え抜かれた逞しい肉体に、頬には深い切り傷が走る……と言う、どう見ても屈強な戦士にしか見えない40代の筈なのだが、普段はいまいち迫力に欠ける話し方をする。どうやら、祖父のバータルガーの飄々とした性格を受け継いだらしく、普段は全くと言っていい程威圧感が無く、国王らしくない。王都に住む国民の父親と何ら変わらない接し方……どころか、たまにそれ以上に友達の様な態度すら取る。
元々先祖が単なる戦士だから……と手を振り振り訳の分からない理由を述べる度に、2000年も経てばそんな意識は薄まります。と返しているのだが一向に直すつもりは無いらしい。
(これでいて、ひとたび国王の仕事となると誰よりも手腕を発揮するんだから侮れないんだよな……)
カルロスの祖父は国王だった時代、大陸にある近隣諸国と平和同盟を結び、国民から戦いの心配を激減させた事で、2000年の歴代の王の中の王と歌われた。そんなバータルガーの後を継ぎ、国王の座に就いたアルフレドは、最初こそ七光りと陰口を叩く物もいたが、なかなかどうして先代の功績を見事に維持し、更には交易の間口を広げ国に潤いをもたらした。いつしか陰口を叩く物も消え、今では二人の名君ぶりを歌う吟遊詩人が、世界中からこぞって城に訪れる始末だ。二代に渡る名君の後に、自分が同じ座に就くと思うと、プレッシャーを感じずにはいられない。果たして、自分にここまでの偉業を成し遂げる事が出来るのか……眉間に皺を寄せながら暫し自身の考えに没頭していると
「カルロス君、ここの所忙しいみたいだね。ラナセスの塔で相当無理したみたいだけど、体調は良くなったの?」
深みのある賢者の様な眼差しをカルロスに向けながら、バータルガーが問いかけてきた。
アルフレド程ではないが、バータルガーもがっしりした戦士の様な体格をしており、顎には長い髭が生えている。さながら逞しいドワーフの戦士の様な見た目だ。身長が高く無ければ、そう見られてもおかしく無いだろう。
カルロス自身は母譲りなのか、スラリとした体格に180センチ程度の身長をしている。同年代の青年と比べたら体力には自信があるものの、そんな頑強な祖父や父王には似なかった体格のせいか、実は丸三日、殆ど動けていなかった。塔から戻り、必要な報告、書類の手続きを済ませ、空との牢屋での一件が終わった後は疲れ過ぎて死んだ様に眠っていた。魔法で肉体は癒せても、気力まで回復するのはなかなか難しいのだ。目が覚めたのは、空が目覚めるほんの数時間前だった。
塔での出来事は、国民には公にはしていない物の、国政に関わる人物には内密に、だが最重要事項として報告されている。アルフレドもバータルガーも飄々としているが、既に対策を練っている所だろう。
「有り難うございます。もうすっかり良くなりました。私にもっと技量があれば、ここまで大事にならずに済んだのに、誠に申し訳ございません」
「いやいや、いつも言ってるだろう? 起こってしまった事を責めても仕方が無い。それに、カルロス君はいつも出来る事は全力でやるだろう……それに対して技量云々と、兎や角言うのは野暮と言う物だよ」
「そうそう、カルロス君は真面目な所が良い所なんだが、ともすると背負い過ぎるんだよね。自立心は大切だけど、もっと父ちゃんや爺ちゃんを頼りなさい」
甘えると言うのも大切な事だよ……と、父王が祖父の言葉を引き継いで、カルロスに投げかける。全く持って甘い親だ。
「さて、話を聞こうか……」
アルフレドは準備を整えると、それまでのふざけた表情を引き締め、打って変わって硬い、一国の主の顔になった。カルロスも、改めて顔を引き締め、空に話して良いと予め許可を貰っていた、空から聞いた一連の話を報告し始める。
「────ふうん、成る程ね。じゃあ、その娘はびしょびしょに濡れて、ラナセスの部屋にいたのにその事すら覚えていないんだ」
「はい、あの状況を考えると、どうしても……」
そこまで言いかけて、カルロスはどうやっても行き着いてしまう一つの可能性を、口にしてしまって良いのかわからず言い淀む……
「その娘は、ラナセスが行っていたウロボロスの製作実験の培養液の中に、ウロボロスと一緒にいたとしか思えない、と言う事か……」
そんなカルロスの思いを知ってか知らずか、父王が後を継ぐ。
「はい、ただ、今の彼女を見ると全くそんな事は無かったかの様に、住んでいた場所の記憶も、自分が何者なのかもしっかり口に出来ますし、嘘を言っている様には見えません。至って普通ですし、人としての常識も備えており、会話も成り立ちます」
古い錬金術の書には人体錬成の様な禍々しい秘術も残されているし、ラナセスならその気になったら容易に遣って退けるだろうが、空には父も母も、愛犬もいる様なのだ。一体どういう事なのだろう……
結局、空自身に記憶も無い為、困惑させる必要は無いと思い、本人にラナセスの塔でどんな風体でいたのかは黙っておいた。
「何かの実験をする為に、何処からか拉致して来たのかもしれないな……異世界とは、かの偉大なる錬金術師の杖の例もあるし、年頃のお嬢さんじゃご家族も相当心配されてるだろう。何処まで協力出来るか分からないが、我が国の錬金術師が引き起こした問題に巻き込んだのでは申し訳が立たない。いつ何時、ラナセスが取り返しに来るかもしれないし、しっかり保護してあげなさい」
一国の主の顔の中に、父親の顔をほんのりと混ぜ、最後はそう締めくくった。
「……時にカルロス君」
そのまま、神妙な面持ちでアルフレドはカルロスに意味ありげな顔を向ける。
「その娘との事聞いたよ、早速惚れ込んで惚気てるんだって?」
「げほっっっっっ」
アルフレドの唐突な問いかけに、何も無いのに思わず唾液が器官に入り、むせ返る……
(このっっったぬきじじい! どこでどうやってそう言う話になった!!!)
余りに唐突すぎる投げかけに、咄嗟に言葉が出て来ずハクハクと口を開けしめしていると
「え? そうなの? カルロス君も隅に置けないね〜。で、その娘ってどういう娘? やっぱり可愛いの?」
嬉々としてバータルガーも話に加わる。若干身を乗り出している様に見えるのは気のせいか……
「なかなか可愛らしいそうですよ。それに素直だと、ダイス伝手に世話係のマグダが言っていた事を教えて貰ったので確かかと……いやぁ父様は安心したよ。そろそろ適齢期なのにカルロス君てば何処のご令嬢も興味無さそうにして、もしかして女性に興味無いのかと内心心配してたんだよ。これで孫の顔が見れる」
「ま、孫!?」
「おぉ、と言う事は儂にとってはひ孫だな」
「ひ、ひ孫!!?」
師であるダイス伝手にマグダからの情報と言うショックと、そんな事心配してたのかと言う明らかにされた父の思いに対する衝撃と、女性に興味が無いってどういう意味だと言う憤りと、どんどん膨らむ話を一先ず落ち着けないとと言う焦りで、パニックになりながら弁解を始める。
「そ、そんなんじゃないです、まだ!」
「まだ? カルロス君、どっち付かずの態度が一番女性に対して失礼だよ?」
「ぐっっっ! ……い、いや、そうじゃなくて……!」
「そうそう、どっかの誰かさんみたいに逃げられちゃうよ?」
「父上、あれはちゃんとお互いに話し合っての結果です!」
「ほ〜お、それでその後はどうだったかね? 結局想い人をさっさと取られちゃってさ」
「私は今エリザベスと言う大切な妻を心の底から愛しているから良いんです! だからカルロス君とアンジェリカちゃんと言う可愛い我が子を授かることが出来たんですから! それよりカルロス君の事ですよ!」
「あぁ、そうだった。で、いつ頃迎え入れるつもりなんだい?」
「む、迎え!? ……と、兎に角、違います! そもそも彼女にそんなつもりがあるかどうかすらまだ分かりません! ちゃんと落ち着いて話をしたのだって昨日が初めてなんだから勝手に話を大きくしないでください!!! し、失礼します!」
失言した事にも気付かず、真っ赤になりながら一息にそれだけを言い返し、急いで部屋を退出する。
「あ〜ぁ、逃げちゃった……もうちょっと遊びたかったのに」
「まぁ、でも良い変化なんじゃないかい? 少なからずあの事を気にしてか、ずっと恋愛関係は随分奥手だっただろう」
「えぇ、カルロス君が気にする必要は何処にも無いのですけどね……お陰で私も罪悪感にかられて気が気じゃありませんでしたよ」
「君の罪悪感は当然だよ……それでも、件の娘とどうなるかは分からないが、お互いに孫、ひ孫の顔を拝める日を楽しみにしようじゃないか」
そう締めくくると、次いで
「……それはそうと、もう一戦どうかね?」
「おっ、良いですね」
かくして、本日何度目か分からないが、再び親子対戦の幕は切って落とされた。




