~空の脳内~
カルロスが空にグランヴェルグの成り立ちや、自身が王族であることを説明してくれていた時……空はしばし自分の脳内で一つの思考に囚われ、葛藤を起こしていた────
(えっ? えっ? えっ? やっぱりマジで??? 今、さり気なくしれっと王子って言った?)
驚きを隠す様に、紅茶を一口飲む。品のある白磁のカップに入った爽やかなダージリンの香りが、仄かに口内に広がる。フルーツみたいにとても芳醇で美味しい筈なのだが、今はどうしても味わっていられない────カルロス本人に確認してみたとは言え、急な告白に確実に“?”が飛びまくるのは仕方無いだろう。
確かに、カルロスの服装や、醸し出される雰囲気、空が運び込まれた部屋や、この庭園迄の豪奢な道程を考えると、幾ら敷居が低いとは言え、確実に世間一般の身分でないことは明らかではあった。
むしろ、牢屋で法の話など持ち出してる時点で普通じゃないことは確かに感じていた────が、よもやまさかそんな、自分が王子様と言う存在と関わり合う事になろうとは……しかも、見目麗しいなど完全に反則である。
────余りにも、古今東西の異世界ファンタジー鉄板ネタに当てはめすぎじゃないですか、神様……
少なからず小さい頃には誰もが憧れ、夢見るであろう本物の王子様に出会えたことに対する喜び、嬉しさと、自分なんかが……と言う、リアルに目の当たりにしてみて初めて気付く、自分と相手との格の違いに、気後れと、込み上げる気恥ずかしさと言う相反する葛藤に苛まれ、若干涙目になりながら恨みがましい思いを心中で呟く。
(はぁ……せめてもうちょっと可愛かったら良かったのに……)
クラスで一番美人な、誰からも好かれる友人の姿が思考を過った────
(せめて、亜由美くらい自分に自信が持ててたら、ここまで焦らないで済むのになぁ……)
そう思いながらカップを持ち上げ、コクリと紅茶を一口口にして、気持ちを落ち着かせる。
自然の摂理か……
カルロスの話に耳を傾けながら、グランヴェルグに昔存在した、偉大なる錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスの言葉を受けて、暫し空も考える────
もし、全てが有って良いのならば、自分が今此処にいることも、カルロスと一緒にお茶をしている事も、劣等感など感じず素直に受け入れれば良いだけなのだろうか……?
難しくはあるが、相反する物の話は確かに的を射ている様な気がするし、少なくとも起こってしまった事を嘆いていても、現状は変わらないのは確かだ。それに────と、空は思う……
自分を保護してくれたのが、カルロスで本当に良かった……
例のラナセスなる人物や、塔の事などはまだ詳しく聞けていないが、今、自分はとても恵まれた環境にいる事は確かだと言えるだろう。
右も左も分からない空に、温かな食事や寝床、綺麗な服を与えてくれ、優しく親切に接してくれるなど、感謝してもしきれない。
一歩間違っていたら自分の身はどうなっていたかすら、本当に分からないのだ。
“王子様”は、気後れするけど……“カルロス”なら、そこまで気にしなくても良い……かな?
そう結論付けて、自分の脳内を納得させる。実際、今ここでカルロスと共に過ごしているのは、美人な亜由美ではなく、空なのだ。
(少なくとも、カルロスとは気が合うし────)
一つ頷いて、空が脳内での逡巡を終えると同時に、カルロスは空の向かいで照れた様に、でも、またしても魅力的な満面の笑顔で口にした……
「────王子とか、身分が違うとか、そういうのは気にしないで接してくれ」
*****
「僕の話はこんな所かな? ……ソラの話も聞かせてくれる?」
カルロスの話があらかた終わると、今度は空に話が振られ、またドキリとした。此処に来てから何度目だろうか……こんなんじゃ心臓が持たないっっっ────内心で思いながら、カルロスの方に視線を向け
「私……上手く、話せる自信が無いんだけど……あの赤髪の人も、怒り出させちゃうし……」
しどろもどろになりながら返答する。
「上手く喋ろうとする必要は無いよ。それにエドは口が悪くて怒りっぽいだけだから、気にしなくていい」
相変わらず優しく接してくれるカルロスにホッとして、空は自身について話始めた……
この世界に何故いるのかさっぱり分からないこと、自分の住んでる世界の事、自分は学生をしている事、自分の世界は魔法や錬金術ではなく科学が発達していること、エルフやドワーフと言った人間以外の、言語を話す存在や魔物と呼ばれる存在は自分の世界にはいない事────
空の辿々しい説明にも関わらず、カルロスは質問をまじえながら、時折考え込む様にしながら、耳を傾けてくれた。
特に、空が塔にいた記憶が無い事と、車や飛行機などの乗り物が発達している話には、かなり興味深げだった。塔の事は空自身も不思議な為、その反応も分からなくはないが、乗り物については目が若干キラキラして、生き生きしていた様にすら感じた……やはり、世界は違えど男の子と言うのは機械に興味が湧くものなのだろうか? 空がファンタジーを好きな様に……
「それはそうと、エドの事なんだけどさ……」
空の話も大体終わり、お互いの素性が分かって来た所で、カルロスが今度はエドワルドの話を持ち出した。空は、あの赤髪の青年の顔を思い出す……
「口は悪いし、怒りっぽいし、態度はでかいし、図体もでかいし、大飯喰らいだし、因みに性格も結構ねじ曲がってて極悪なんだけど……それなりに良いやつなんだ。あんまり嫌わないでやってくれないかな」
────性格が極悪なのに良いやつって……
カルロスの余りの言い様と、若干矛盾を感じる言葉に疑問を持ちつつも、何故自分が彼を嫌っていると思われたのか不思議に思った……そんなにカルロスに対してエドワルドの話はしてない筈だし、何しろ空自身、牢屋以来彼には会っていない筈なのに……暫し思いに耽っていると、空の表情を見て、様子を察したカルロスが
「エドの名前を出すと、いつも顔が引き攣っている」
と教えてくれた。
そんなつもりは無かったのだが、確かに牢屋での一件があとを引いているのは否めない……何しろ身長が高く威圧感がある上に口が悪いのだ。普通の女子高生には恐怖の対象となっても仕方が無いだろう。
ただ、どう見てもカルロスの近親者と言うことから、極力表に出さないようにはしていたのだが────そんなにバレバレだったか……と若干凹む。
「彼は僕の側近で、危険な事にも身を投じる事が多いんだ。だから、自然と警戒心が強くなって荒々しさが出てしまう……本当はあれで、弟妹の面倒もよく見るし、動物なんかにも好かれるんだよ」
そんなに怖い顔ばかりしないで、もっと気持ちにゆとりを持ってにこやかにしろって言ってるんだけどね……困った表情をしながら側近の赤髪の青年の素顔を教えてくれる。
「そう言えば、あの人の耳尖ってた……」
動物に好かれると言うので思い出した……耳が尖っているのは人外の存在の現れではなかったか────
「うん、エドの母上が島の西側にある、ローリエンスの森出身のエルフなんだ。彼はハーフエルフなんだよ」
そこまで聞くと、空は急に目を輝かせ始めた────何を隠そう、空はファンタジーの中でも森に住み、動植物と心を通わせる妖精のエルフが一番好きだった。
幼い頃から、児童書やファンタジー文学を読んでは、身軽で弓を華麗に扱う美しき存在の姿を思い描き、いつかこの目で見れたら……と夢見ていた。
「えっ! ええっ!? ほんと!?」
黒めがちの目を見開き、次いでぱちぱちと瞬く。
(うそうそうそ? 本当に? まさかそんな夢が叶うなんて……!!!)
会話の対象相手があの厳ついエドワルドだと言う事も暫し忘れて、空は頬に手を当てながら顔を赤く上気させ、興奮気味にカルロスに食いつく。
「憧れの存在に会えるなんて、嘘みたい……まだちょっと怖いけど、次に会った時は頑張って話してみるね!」
……怖がっている空に気を聞かせたつもりが、うっかりめんどくさいライバルを増やす形になったカルロスであった────
*****
「へぐしっっっ!」
カルロスと空がグランヴェルグで微笑ましいティータイムを堪能している頃、エドワルドはアルヴァロンドの南側────およそ2000年前にモルダーグだった場所の出入り口、国境がある山の麓に差し掛かった場所で豪快なくしゃみをしていた。
「う〜〜〜……くっそ! カルのやつ、俺の悪口言ってやがる」
ムズムズする鼻を押さえながら、自分の噂をしているであろう存在に向けて悪態をつく。大方、例の少女に自分の話でもしているのであろう。
「全く、余計な事しやがって……」
ぶつぶつ言いながら、エドワルドは例の少女を思い出す。
牢屋でのやり取りのあと、苛々しながら出て行こうとした時、背後で微かに音が聞こえた……どうしたのかと戻ってみると空は倒れ、凄い熱を出して視点も定まらず、意識も無い状態だった。
流石にこれはまずいだろう────処刑対象の少女の筈なのに、気付いた時には身体が動いて、着ていた上着を脱いで空に着せかけていた。
そのまま抱き上げると城の一室に運び、たまたま通りかかった侍女のマグダに介抱を頼んだ。
少女の状態を見て憤慨するマグダに、説教なら後で受けると言い渡し、急いで塔にあった在籍者リストを漁り始めた……結果、少女の情報は何処にも無かった。
塔で捕らえた住人達にも聞き込みをしたが、ウロボロスとカドゥケウスに関しての情報か、後は助かりたい一心で嘘を言う者がいた位で、少女に関する事だけは、知る者は誰もいなかった……要するに、証拠不十分だ。
「あいつ、ソラって言ったっけ……泣きながら訴えてたのにな……」
赤髪の頭を無造作にわしわしかきながら、整った顔を渋くする……落ち着いた今、改めて振り返るとあの少女は嘘を言っている様には見えなかった────どころか、嘘だと空に言って退けた時ですら、実は本心では無かった気がする。
────この少女は本当の事を言っている
ほんのり、頭の角で感じ取っていた。ただ、科学が発達していることや、言語が違うことなど、理屈で言ったら到底通用する筈も無い事を口にしていたが為に、否定する形になってしまった。
その気になれば、エドワルドは相手を惑わし、自白させる能力もあるが、頭に血が上って失念してしまっていた事と、相当な事が無い限り、自分自身がその能力を使う事に抵抗がある為、更に真相から離れてしまう結果となった。
(純粋なエルフだったら抵抗無く使うんだろうけどな……)
カルロスに事の成り行きを一通り説明し、二人でマグダに説教を受けたあと、ラナセスの動向を探るべく自分は諜報活動に出てしまったが、城には信頼の置ける医師もいるし、面倒見の良いマグダもいる……きっと少女は大丈夫だろう。
マグダに、帰ったら直接本人にちゃんと謝りなさいと、凄い形相で言われたが、元よりそのつもりだ。ひねくれ者とよく言われたりするが、グランヴェルグの城に出入りし始めた幼い時分より、そう言った事には厳しく躾けられている……
(酷い事を言ってしまった後だから、ソラ自身が許してくれるかどうかは、分からないけどな……)
ふぅ……そこまで考えると一息付き、エドワルドは周辺に視線を向ける。
この辺りは湿気が多く、非常に蒸し暑い。年中靄がかかり視界も悪く、山は樹々に覆われているが森林と言うよりは、密林と言った方が近いだろうか……この辺りは生き物を捕らえて養分を吸い尽くす巨大な蔓性の植物や、動物を一口で飲み込んでしまえる肉食の植物も珍しく無い……足下も用心していないと、いきなり沼地になって掬われる形となる為、用心しながら行動しなくてはならない。幸いエドワルドは純粋な人間では無いため、通常の人間よりも余程スムーズに行動出来るのだが。
オークやゴブリン、トロルと言った魔性の物は一掃され、南の地に住まなくなって久しいが、この辺りは昔の面影が色濃く残っており、現在でも南の地の動向を観察する国境警備隊以外は近づく者も稀な場所だ。
国境自体は南の地を孤立させる形で遮る様にそびえている通称、灰色山脈と呼ばれる山の上にあり、もし南側へ行きたいのであれば、山を越えて国境を通るしかない。だが、冥王が直々に支配していた地など、足を踏み入れたいと願う者など到底いないだろう。
ウロボロスに乗り、逃げ去ったラナセスの動向を追うべくグランヴェルグを出立してから早四日……目撃者からの情報を便りに馬を進めて来たのだが、案の定南の地に白羽の矢が立った。
「やっぱりな……ああいうネジが二、三本外れたやつは突拍子も無い事を平気で思いつくんだ」
そして、何の躊躇も無く非常識な事をやってのける────チッと舌打ちして馬を走らせ、先程下に降りて来ていた国境の警備隊員から、紅い蛇の様な生き物が山脈を飛び越えて、南の奥の方に飛んで行ったと聞き出した所だ。
得体の知れない見た事も無い生き物を目にし、若干青くなっていた警備隊員には、道中でウロボロスを目撃し、驚愕の表情をしながら情報提供してくれた人たちにした様に
「収穫祭の出し物が暴走しただけだから気にするな」
と、伝えておいた。
変に尾ひれが付いて、騒ぎが大きくなるのは避けたい所である。何しろ、あと一ヶ月程で、皆が楽しみにしている収穫祭だ……一年に一度の、国を挙げての盛大な祭りなだけあり、出来れば何の心配もしないで盛り上がって欲しい。
ラナセスが南の地に潜伏している以上、流石にエドワルドが単身で乗り込むには無理がある。それに南の地に踏み込む程の旅支度もして来ていない……カルロスにも深入りはせずに、状況確認が出来たら直ぐに戻ってくる様に言われているし、今回はここまでで、一先ず退散するのが良さそうだ。
「バーグラーにも、少し寄って行くか……」
もしかしたら、そっちの伝手で何か情報に進展があるかもしれないしな……そう言いながらも、思い出すのは実家の喧しい弟妹達だ。前回会ったのは二ヶ月程前だから、いい加減そろそろ顔を見せておかないと、後々恨み言を延々言われそうで怖い……
「久しぶりに遊んでやるか」
ほんのり顔を綻ばせ、兄の顔に戻りつつ、エドワルドは実家のある方向に馬を向けると、軽快に走り出した。
最近気付いた機能なのですがアクセス解析なるものがあるのですね。何れくらいの方が読んで下さっているのか、戦々恐々としていたのですが、自分が思っていたよりも読んで下さる方がいらっしゃる様でビックリすると共に本当に嬉しく思います。この場をお借りしてお礼申し上げます。本当に、ありがとうございます^^




