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エメラルド・タブレット  作者: 小春日和
4/20

〜ウロボロスの出現〜

 部屋に飛び込むとラナセスとエドワルドが揉み合っている所だった。

 ラナセスは見た目よりずっと運動能力が高いのだろう……魔法を駆使しつつ、剣術、体術において勝てる者がそうそうにいない筈のエドワルドに苦戦をしいている。

 だが、室内を見渡すとそんな事よりも衝撃的な光景がカルロスの視線を打ち付けた。

 部屋は全体的に明るく、床は大理石がしっかり磨かれツヤツヤと輝いている。

 物は多くは無いが、扉の向かい側、奥に冬には明々と温かい温度を保つであろう大きな細工の施された暖炉、その横には大きめの机、キャビネットが並んで置かれ、ちょっと離れた位置には大きめの豪華なベッドやチェスト、ランプ等が置かれていた。実験室と言うよりは誰かの私室の様な印象だ。

 異様なのは、その部屋の壁が一面硝子で埋め尽くされ、中に何かの液体が入っているらしく波打っており、加えてその液体の中――――部屋を硝子一枚隔てた中に巨大な紅い蛇が蜷局とぐろを巻いてこちらの様子を伺っていたのだ。


 ギロリ


 全長20メートルはあろうかと言う程大きな蛇がこちらに視線を動かす。

 絶句してその光景を眺めていると、カルロスの異変に気付いたのか、ラナセスを何とかやり過ごしたエドワルドも同じ方向に目をやり、あまりの事に息を飲んでいるのが伝わって来た。


 ――――ウロボロス


 伝説とされている、死と再生、破壊と創造に結びつけられ、完全なる存在、この宇宙を現すと言われている存在が目の前にいるのだ。


 「くくく……本当はもう少し内密にしておきたかったのだがね、バレてしまっては仕方ない」


 驚愕のあまり目を見開き、動けないでいる二人を尻目にラナセスは呟く。


 「作戦変更だ……先ずはお前達を血祭りに上げ、それからこいつを連れて王都を破壊する。それから世界を恐怖に陥れて支配してやる」


 「何を……言っている……お前は、自分が何をやっているのか……分かって、いるのか……」


 擦れそうになる声を何とか絞り出して呻く。

 ウロボロスを作り出すなど……破壊と創造を人間が思いの侭に手にするなど、どれだけ自分勝手かつ傲慢なことか――――

 カルロスはラナセスを睨みつける。


 「そんなことは、させない……お前は法を破った……この手でお前を捕らえて、然るべき処分を下す……!」


 そうだ、ここで自分が気圧され、飲み込まれてどうする。父王の意向でこの塔に赴いた今、国の命運は……自分を気にかけてくれた母や可愛い妹姫の、命は自分の行動に掛かっているのだ――――グッと肚に力を入れ気を引き締め、長剣を構える。


 「ウロボロスとカドゥケウスを作り出せる技術があるのに、作り出さないなんて馬鹿げた話があるか! 作り出せる物を作り出さず、使える物を使わなかったのならそいつが間抜けと言うだけのことよ!!!」


 そう言うとラナセスは衣服の下から一本の杖を取り出す。

 二匹の蛇が巻き付き、上部には羽の形が象られている。


 「――――っ!!!」


 「どけっカルッ!!!」


 ラナセスが手にしている物が何かを認めた瞬間エドワルドがカルロスを押しのけ、攻撃魔法を繰り出す。

 ラナセスは防御魔法で身を守り、杖を振りかざす。


 「ウロボロスよ! カドゥケウスを持つ者としてお前に命じる! ――――この者達を破滅に追いやれ!!!」


 と……


 ぎぃやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


 一呼吸置いて、身の毛もよだつ不気味な咆哮が室内に響き渡る。

 次いでウロボロスが身じろぎをしたかと思うと次の瞬間分厚い硝子を突き破り飛び出して来た。

 硝子が割れる音に、飛び散る液体、机もキャビネットも粉々に破壊しながら室内を凄い早さで動き回る。

 まるで今まで閉じ込められて発散出来なかった鬱憤をはらす様に――――しばらく凄まじい勢いで、時には壁に体当たりをしながら部屋の中で暴れると、ある程度動き回って満足したのか


 ゆらり……


 と、視線をカルロスとエドワルドに向ける――――まるで自分が猟るべき獲物を定めたかの様に、縦長の瞳孔を細める。

 

 しゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 こうべを足れ威嚇しながらゆっくり間合いを詰め始める。

 じわり……じわり……

 少しずつ距離が縮まる……次いで、凄まじい早さでウロボロスの頭部がカルロスの手元に襲いかかって来た。

 寸での所で逃れ、長剣を構え直す。

 と、次はエドワルドに食らいつく――――ギリギリの所で跳躍し、それまでエドワルドがいた場所にウロボロスの頭部が食い込む。大理石の床が割れ破片が飛び散る。

 余りの顎の力の強さに思わずゾッと寒気が走った。あんな物をまともに食らって無事でいられる訳が無い……

 頭部を床に叩き付けた痛みからかしゅうしゅうと喉から声を出しながら、怒りに満ちた目をぎらつかせエドワルドを睨みつけている……どうやらウロボロスを怒らせたらしい。


 「何をやっている! さっさと噛み殺せ!!!」


 ラナセスがウロボロスに発破を掛ける。

 更にスピードを増してカルロスとエドワルドを同時に攻撃し始めた。

 二人は既に一緒にはおらず、ほぼ正反対の場所にいるのだが兎に角ウロボロスが大きい為、そんな事は問題にならないらしい。頭部と尾を使って各々を狙って来る。

 頭部、右腕、両足、胴、と思いきやまた頭部……次々繰り出される攻撃を俊敏に避けながら、兎に角隙を作って間合いに飛び込まないと……頭の片隅でそんな事を考えていると

 

 う……ん……


 ――――何かが聞こえた。


 ちゃんと聞こえた訳では無いが……

 この部屋には……この現状には……まるで似合わない、異質な音……


 そう、若い女の声の様な――――


 (――――えっ?女?)


 と、意識が一瞬そちらに向いた――――瞬間、ウロボロスの尾が鞭の様にうねってカルロスを叩き付けた。

 吹き飛ばされ、もんどりうって元は机やキャビネットだった物の上に倒れ込む。

 たまらず身体を仰け反らせ呻いていると、そのまま尾がカルロスの足に絡み付き、あっという間に蜷局とぐろを巻いたウロボロスの胴体に締め付けられた。


 「が……は……っ!!!」


 「カル!? 馬鹿! お前何やってんだ!!!」


 ――――馬鹿とは何だ馬鹿とは!


 圧迫され余りの苦しさに喋る事も出来ず、思わず半眼になり目だけで反論する。

 それまで攻撃を避けながら逃げていたエドワルドが、攻撃に転じてウロボロスに切り掛かり始めた。

 見る間に太い胴体に無数の傷がついて行く――――

 だが、そもそも相手は20メートルある巨大な蛇だ。決定的な致命傷を与えるのは難しい話だった……エドワルドは剣術、体術に加えちょっとした攻撃魔法も使えるが、今回ばかりは相手が悪い。先ほどから繰り出そうとするたびにウロボロスが口から魔力を吸い取って無効化してしまうのだ……

 これが破滅と創造を司る存在の能力なのだろうか――――仮にもし攻撃魔法で倒すにしてもトップクラスの魔法使いが束で掛からなければ勝ち目は無いだろう……

 だが、王都から来ている頼みの魔法使いは、残念ながらまだこの部屋に着いていない。通路が塞がれているため苦戦しているのだろう。

 ギリギリと締め付けて来る蛇の胴体にどんどん力が加わる。何とか気力で持ちこたえているが、このままだとそうかからずに圧迫死するだろうと思われる。


 「ははは! いいぞ! そのまま絞め殺すのだ!!!」


 しゅうううぅぅぅぅぅぅ!!!


 ラナセスの言葉に応える様にウロボロスがうなる。

 息が出来ない……肋骨も背骨もみしみしと悲鳴を上げ、これ以上耐えるは無理だと思ったその時――――突如ウロボロスの力が弛められた……

 

 「――――っ!?」


 気がついた時にはウロボロスの胴体から身体が滑り落ちていた。

 身体の自由が利かず、咄嗟の事に受け身を取る事すら出来ず大理石の床に叩き付けられる――――寸前でエドワルドに抱きとめられた。

 エドの取り巻きに見られたら大変な事になりそうだな……そんな事を頭の片隅で思いながらも、何が起こったのかとウロボロスの方を見やる――――と、一人の少女が立たずんでいた。

 全身を水に滴らせ、本来ならばサラサラと揺れるであろう癖の無い黒に近いブラウンの髪に、同じ色をした瞳。

  ほっそりした肢体は何も纏っておらず、やはり水が滴り落ちている。

 瞳は焦点が定まらず、虚ろに見開かれている様に見えるが――――良く観察すると、深い叡知が潜んでいる様にも見える。

 ラナセスが目を見開いて驚愕の眼差しを少女に向けている。

 少女は何かを口にする……


「や、辞めろ! これ迄の苦労を水の泡にするつもりか!」


ラナセスが呻くように訴えるが、少女は更に言葉を続ける……ラナセスの言うことはまるで耳に入っていないようだ。

 声は小さくて、ここまでは良く聞こえないが、それを聞いたウロボロスは低く唸ったかと思うと、先ほどまでの戦意と殺意が嘘の様に消えて大人しくなる。

と、頭に血の上ったラナセスが反射的に少女を殴り付ける――――

 

「ぐっ……!!!!」


少女は弾みで叩き付けられる様に大理石に倒れた。

 ラナセスはウロボロスに向き直ると


 「なっ……何をやっている! 動け! さっさとしろ!!!」


 大人しくなったウロボロスに再度命令を下す――――が、今度はすっかり動かなくなってしまった。

 その時、突如大勢の足音が聞こえたかと思うと、ウロボロスが暴れた反動で塞がれてしまっていた部屋の扉だった辺りが吹き飛んだ。王都の特殊部隊が到着したのだ。


 「カルロス様! エドワルド様! ご無事ですか!?」


 「悪い、カルが戦闘不能だ」


 「勝手に戦闘不能にするな!」


 エドワルドの返答に納得がいかず条件反射で抗議する――――全く! このハーフエルフはいつでも自分の事を子供扱いするのだ!

 憮然とした表情でエドワルドの腕から降り、飛び込んで来た隊に支持を出す。


 「ラナセスを捕らえろ! それからウロボロスには警戒しろ! とてつもない身体能力だ!」


 部屋に飛び込んで来た瞬間ウロボロスを目の当たりにし、度肝を抜かれ固まっていた隊が現実に引き戻される。

 幸い何かが起こりウロボロスは大人しくなってしまった。ラナセスを捕まえるなら今だ。

 

 「そうは行くか!!!」


 ラナセスはそう叫ぶと先ほどの少女を担ぎ上げ、攻撃魔法を繰り出す――――天上に当たり、これでもかと崩れ落ちる瓦礫の山に視界が覆われ動きが遅れる。

 もうもうと舞い上がる天上として使われていた石と噴煙に咳き込みながら、ラナセスの動向を確認すると硬い鱗に覆われたウロボロスの紅い背に乗り込む所だった。


 「ウロボロスが大人しくなったからと言ってこちらに打開策が無い訳では無い! 一度体制を立て直し、後々全力で叩き潰してくれるわ! 行けっ!!!」

 

 ウロボロスに命じると、従順に飛び立ち始めた。


 ――――ここで逃す訳には行かない!


 カルロスとエドワルドも咄嗟にウロボロスの尾にしがみつく。


 既に天上には邪魔する物は無く、すっかり空が見える元は部屋だった場所から、抜ける様な青さが視界に飛び込んで来た。高度が高くなり塔がどんどん遠ざかる。

 今日は非常に清々しく晴れた気持ちの良い日で、こんな役目でもない限りは乗馬やピクニックに持ってこいだ……実際この塔の近隣住民や王都在住の人々は今日の秋晴れにここぞとばかりに行楽に出かけているだろう。

 遊べる時に遊び、楽しむ時に楽しみ、休める時に休む。仕事も勿論するが、それですら趣味の延長、好きな事の延長と言う人が少なく無い。

 人生を思い切り有意義に過ごす……それがグランヴェルグ人の国民性なのだ。

 眼下にはクロイドの森が広がり、森の中を通っているエメラルドの川が小さい滝をあちこちに作って幾つもの泉に落ち、虹がキラキラと輝いている。

 今日は流石に不穏な空気を察して警戒しているのだろうが、いつもなら付近に住み着いている動物が水を飲みに来ている姿が見れたりもする。

 この森は水が綺麗で非常に豊かなのだ。

 だいぶ涼しくなって来たとは言え、今はまだ夏の香りが残っている……もう少ししたら本格的に綺麗な紅葉が見れるだろう――――その後は厳しい冬の到来だ。

 出来ればそれまでには、少しでも国栄に関わる問題の目は摘んでおきたい所である。

 

 エドワルドに目を向けると同じ事を思っていた様で、目が合うとラナセスの方に顎をしゃくる。


 (とどめを指すぞ)


 (分かってる)


 無言で頷き、どちらからともなくラナセスに向かい始める。

 ウロボロスのスピードは目を見張る程早く、更にはどんどん高度も上がる。このままでは例えラナセスを倒した所で一歩間違えれば自分たちもラナセスの後を追う事になってしまうだろう……早めに終わらせるに限る。

 ウロボロスの胴は硬く、鱗に覆われている為ゴツゴツしていて移動をするには好都合だ。流石に立つ事は出来ないが、屈みながら慎重に歩を進める。

 二人の存在に気付いたラナセスも大人しくしてはいなかった。ウロボロスの胴体に当たる事も構わずどんどん攻撃魔法を繰り出して来る。魔法が使えるエドワルドも負けじと応戦する。

 攻撃をエドワルドにまかせ、その間カルロスは俊敏に動き、ウロボロスの首部にいるラナセスに近づく……

 

 (それにしても、ウロボロスに当たるのも構わず打って来るって――――)


 カルロスは思う……

 ウロボロスは再生力がある――――事実、先程からラナセスとエドワルドが繰り出した攻撃魔法が当たり、場所によっては欠損が酷い所も出て来てはいるが、その傍らでどんどん傷が塞がっていっているのだ……

 だが――――


 (幾ら治るからって、幾ら永遠の象徴だからって、顧みずに攻撃魔法を生き物にがんがんぶつけるのは気分悪いな……)


 実際、見ているとこのウロボロスは当たる度に痛そうに身悶えしているのだ……再生すると言うのは、永遠と言うのは、決して痛みを伴わない訳では無いのだ……

 口元を近づければ攻撃魔法だって吸い取ってしまえる筈が、首部に乗っているラナセスと少女を守らんが為に、首を動かして回避する事にも耐えているのだろう。

 そんな考えに至り、“手駒は所詮手駒”と言わんばかりの、ウロボロスの傷も気にせず攻撃するラナセスの自己中心的な性格がひしひしと感じ取れた。

 社交的な、カリスマ性がある指導者――――と言うのはほんの一面……表面的な物だったのだろう。思わず苦い物を口にした様な表情になる。


 眼下は既にクロイドの森を抜けて、その先にある大きな湖に差し掛かっている所だった。

 通称、エメラルドのうみと呼ばれる広大な湖だ。その名の通り、通年を通して見事なエメラルドの色彩に染められ、幻想的な景色で人々を楽しませてくれる。


 (……こいつは絶対捕まえて処分だ)


 改めて心に誓い、腕をのばし足に力を込めウロボロスの下部側面から首部に躍り出る。


 「――――っ!!!」


 エドワルドに気をとられ、不意を付かれたラナセスは半瞬遅れて応戦する――――筈が、ラナセスはなんと少女を盾にし、カルロスの攻撃を受け止めようとした。


 (まさかっ! 人間まで盾にっっっ!!!)


 咄嗟に長剣を退き、攻撃を引っ込める。そんなカルロスをラナセスが見逃す筈は無かった。カドゥケウスの杖を振り上げ渾身の一撃を鳩尾に打ち込む。


 「がっっっ!!!」


 膝が折れ、滑り落ちそうになり咄嗟に掴まる拍子に剣を取り落とした。エメラルド色の風景に、カルロスの愛刀が吸い込まれて行く……


 「馬鹿め! こんな古典的なやり方に引っかかりおって! ――――偽善的なお前の性分は分かりやすくて助かったがな!!!」


 髪を掴まれ引きずる様に持ち上げられると、更に頭部に激しい痛みが走った。

 ドロリとした液体が額や頬を伝ってくる。視界が赤く染まり、意識が遠のきそうになるのを必死に堪える。

 と、再度同じ場所に衝撃が走る――――


 「――――っ!!!」

 

 ラナセスが同じ場所を更に抉る様に殴りつけたのだ。

 二度の衝撃に声すら出せず、割れそうな痛みに身体を仰け反らせる。一気に身体から血の気が失せ息が荒くなり、冷や汗が身体を伝う。


 「カル!!!」


 後方からエドワルドの声が聞こえた。同時にこちらに急ぐ気配がする。

 エルフの血を引く彼は、本来カルロスなんかより余程良いバランス感覚を備えているのだ。こんな場所だろうと、然程苦もなく移動出来るだろう。それが、いつも表には出ずに必ずカルロスの援護に回ってくれ、いざと言う時にサポートしてくれる。

 耳元ではびゅうびゅうと風がうなり、カルロスの髪を弄んで頬の周りにまとわりつかせる……然程長くはしていない筈なのだが、こういう時は酷く邪魔に感じる。鬱陶しい……

 勝機が見えた事からか、ラナセスがニヤニヤと得意げな表情を顔に張り付かせてこちらを見ている。


 「残念だったな、大人しく引っ込んでいれば数日は長らえたものを……馬鹿に付ける薬は無いとは正にこの事だ! ――――死ね!!!」


 間近まで迫っていたエドワルドが再度声を荒げる――――


 「カル! ボケッとするな! 避けろ!!!」


 (うるさいな……集中、出来ないじゃないか……)


 痛みに加えてやかましさまでなんて、ごめん被りたい……

 エドワルドの存在を無理矢理意識の外に押しやり、ぜいぜい喘ぎながらも向き合うべき状況に意識を傾ける。


 (そうだ……集中だ……)


 カルロスは騎士隊長であり師でもあるダイスが、弟子達に再三口にしていた言葉を思い出す……


 「いいか、いついかなる場合でも、人間が生きて行く上で必要なのは、“後”でも“先”でもない、“今ここ”に集中することだ。大体、過去や未来なんてあると思う事自体錯覚だ。“今ここ以外を体験出来る人間なんていない”んだからな。“今に集中”すれば余計な事なんて考えないし、大抵の事は上手く行く。元来、人にはそれが備わってるものなんだからな」


 以前はその言葉の意味が分からず、首を捻ったり、屁理屈で返したりしては、父やダイスから笑われていたが、最近は何となく分かってきた……小さい頃は皆、深く考えずとも常に気になった事に没頭する、集中力が自然と備わっているのだ。ゲームや読書、剣術や体術……特に好きな事に没頭している時はカルロスも余計な事など考えず、時間が経つのもあっという間だった……そしてそうやって集中したものは、上手くなろうと必要以上に必死にならずとも、自然と上達しているのだ……

 それが成長し、大人になるにつれ、いつの間にか“今ここ”だけではなく、気にしなくてはならないと思っている、考えなくてはならないと思っている物事に囚われる様になっている……カルロスの師は幼い頃の集中力を忘れるなと教えてくれていたのだ。

 

 「『上手く行かない奴と言うのは、大抵が何かをする前にあれこれ頭で考えて、不安に絡めとられて行動出来ないでいる奴だ……』」

 

 師の口癖を真似て声に出す……

 大丈夫だ……自分はグランヴェルグ最強と歌われる師に付いているのだ、失敗する訳が無い――――一つ、深く呼吸をする。


 三度目の衝撃を浴びせるべく、ラナセスが杖を振り上げ渾身の力を込めてカルロスの頭部に杖を叩き込む――――

 寸前、カルロスは自分の頭部を掴んでいたラナセスの手首を掴むと身を捩り足下を蹴り上げる。ラナセスの頭上側にそのまま身体を持ち上げ、勢いを付けてラナセスの頭部を蹴り跳ばす。

 同時に、跳躍して剣を構えたエドワルドが踊り出し、ラナセスに切り掛かる――――


 「――――っっっが!!!」


 鮮血をまき散らしながらラナセスが吹っ飛び、抱えていた少女もろともウロボロスから投げ出される。

 カルロスとエドワルドもバランスを崩し、そのまま中に振り飛ばされる――――



*****



 ……我ながら、よくもあんな無茶をしたものだと、自室の椅子に腰掛けながらカルロスは思い返す。

 あの後、ウロボロスは即座に身を翻して、傷は負ったものの致命傷は免れたラナセスを救い出し、中空で少女を掴んで引き寄せたカルロスとエドワルドは下が湖だった為、その中に飛び込み、何とか事無きを得た。

 手放してしまった少女を連れ戻すべく、二人の元に向かってきたウロボロスとラナセスにエドワルドが更に攻撃魔法を浴びせ撃退し、何とか岸に這い上がった。真冬では無かった事が幸いだったと言えるだろう。

 その後、追いかけて来た王都の特殊部隊と合流し、救護班の魔法使いに治癒の魔法を掛けて貰い、各々応急処置をしてからグランヴェルグに戻って来た……


 (――――早く、ラナセスを見つけ出さなくては)


 早急に対処しなくては、国が……引いては世界中が危うくなってしまうだろう。

 その時、自室の扉をノックする音が聞こえた。誰が来たのかは分かっていたので、どうぞと返事をすると、扉の開く音がしてエドワルドが入って来た。


 「カル……話がある……」

 

 ――――何とも渋い表情をしながらエドワルドが口を開いた。

 



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