〜収穫祭〜
暗闇に一つ、また一つと灯が灯され幻想的な光景が目の前に広がり始める。
トト神殿のドルイド達が蝋燭に火を灯し、それぞれが燭台を手元に掲げ始めているのだ。
ほんのちょっと前までは篝火を焚き、高々と迫力のある大きな炎を中心に皆で声高に歌い踊り騒ぎ、賑やかだった収穫祭もあっという間に終盤を迎え、終わりを告げようとしていた。
灯を手にしたドルイド達はこの後街を一巡して神殿に向かい、また来年一年間の豊作と平安に祈りを捧げる。
街の人達や、祭りの観光にやって来た者達も皆、ドルイドの後に続いて長い長い列を作って街を一巡した後、同じく祈りを捧げる事になる。
(なんか、あっという間だったなぁ……)
ダンスの練習や宮廷マナーの練習に毎日追われ、聞かされた時はまだまだ先だと思っていた筈の収穫祭が、今やフィナーレに差し掛かっている。
心配していたラナセスの襲撃も無く、ずっと練習して来たダンスも大盛況のうちに終わり、皆で作り上げた祭りが無事に成功すると言うのは何処か感慨深かった。
(心配してたアルフレド様とバータルガー様の問題も無事に終わったし)
予てより立てられていた国王アルフレドと、その父、バータルガーとの面会は、心配していたのとは裏腹に終始和やかに進んだ。
と言うより、正確には予想していた国王と前国王のイメージを見事に覆す、ゆるゆるな
“ザ・理想的な友達のお父さんとおじいちゃん”
っぷりに空自身は面食らい、戸惑い過ぎて途中まで何を喋ったのかすら覚えていない位、てんぱっていたのだが、アルフレドもバータルガーもニコニコと空の事を受け止めてくれ、今度一緒に食事でも……とまで言ってくれたのだった。
(ほんと、カルロスのお父さんとおじいちゃんって感じが醸し出されてて、ホッとした……)
面会にはカルロスも付き添ってくれた為、空が言葉に詰まって上手く話せなくなってしまった時は、気を利かせて代わりに話を繋いでくれた。
お陰で、気まずい思いをしなくて済んだので本当に助かった。
本日の一大イベントがやっと終了した空は、ずっと抱えていた緊張感から漸く開放され、結局夕方までをだいぶグダグダに過ごしていた。
最初は約束通りシェルフィリアやバロンやシャロン、アンジェリカと一緒にお喋りに興じていたのだが、思っていたよりずっと気を張っていたらしく、気がつくと座っていた筈のソファにウトウトと沈み込んでしまう始末だった。
それに気付いたシェルフィリアは、気を利かせて空をソファに横たわらせると、うっとりする様なエルフの言葉で子守唄を唄い始め、前夜祭からほぼ徹夜で騒いでいた子供達を含め、最終的に皆お昼寝タイムと言う形となった。
心地の良い眠りから目を覚ましたのは、篝火が焚かれるからと、カルロスが呼びに来てくれた夕方に差し掛かっていた頃だった。
収穫祭当日を城の中で過ごすなんて寂しいのではないかと内心思っていたのだが、今回に限っては返って好都合だった気がする。
ドルイド達は準備が整うと、ゆっくりと歩を進め始めた。
篝火の炎も下火となり、街の家々の灯も消されたグランヴェルグの城下は、今日は新月の為、星の明かりとドルイド達が掲げる蝋燭の灯のみが光源となる。
おぼつかない足下の中で歩を進めなくてはならないのだが、グランヴェルグの人々は慣れているらしく、しっかりとした足取りでドルイド達の後に付いて進み始めているのが見て取れた。
(こ、転びません様に……)
半ば祈る様な面持ちで空も足を一歩踏み出す────瞬間、腕をぐっと掴まれ隣にいた人物に引き寄せられた。
「わっ」
思わずよろけ、それこそ転びそうになる……
「転ばない様に支えてやってんのに、それでよろけるとかお前本当に鈍臭いな」
「いきなり掴まれたらバランス崩すのは当然でしょ。いちいち突っかからないでよ……」
皆が厳かな気持ちになっている手前、怒鳴る事が出来ずぐっと堪え、声を潜めながら抗議する。
頬を膨らませ、表情だけは
“非常に不満です”
と形作り、最大限の抗議をしてみせたのだが、本人に伝わっているのかは不明だった。
「兎に角、俺から離れるなよ。収穫祭がもう終わるとは言え、まだ油断は出来ないんだからな」
相変わらずの憎まれ口を叩いてはいるものの、エドワルドもいつもの様に振る舞うのは憚られるのか声を潜めている。
カルロスは王族の為、伝統に従って国王や王妃と並び、最前列にいる。なので、今はエドワルドが空の護衛を務める形となっていた。
今日は収穫祭が終わるまでエドワルドと一緒に過ごす事になるだろう。
(まぁ、いいけどね)
エドワルドにキツく当たられるのは心が折れるが、空自身はエドワルドの事は嫌いでは無かった。
今日の収穫祭が終わるまでは後少し、数時間程だ。それくらいだったら、何とか憎まれ口も耐えられるだろう。
それから、ドルイド達の列はゆっくりゆっくり時間を掛けて進んで行った。
途中、街の要所要所で祈りの言葉を唱え、祓い清めると言うのを繰り返した。こうする事で、グランヴェルグ城下一帯の守護魔法になると言う事だった。
「そういえば……」
「うん?」
「魔法と錬金術って、どうやって区別する物なの? 私、いまいち分からなくて」
空は常々疑問に思いつつ、聞きそびれていた事を聞いてみた。
日本にいた時に仕入れた知識では、魔法と言うのは呪文を唱えたり、杖を使ったりすることにより、通常ならざる力を発揮する非現実的な物で、錬金術と言うのは化学的な手段を用いて、合理的に等価交換を行って物を作り出す、科学に近い物……要するに双方は相反する物だと解釈していたのだが、この世界での魔法使いや、錬金術師を見ていると、双方は非常に近い存在の様な気がするのだ。
「あぁ……俺はあんまり違いを考えた事は無かったな。って言うより、錬金術を扱うには、先ず魔法が使える事が前提ではあるな」
グランヴェルグは錬金術の先進国だ。どの国よりも知識と技術は抜きん出ている。
だが、錬金術師は先ず、必ず魔法が使えると言うのが必要条件となって来る。
国が運営している錬金術研究所『アルケミア』も、組織に加入するには魔法が使えるか否かが必ず問われる。
と言うのも、古来より魔法を使えない者よりも、使える者の方が、錬金術の理論に対する理解が深いのだ。
中には魔法が使えないでも錬金術師を志す者もいたが、錬金術の才能がある者は最終的には魔法が使える様になるし、いつまでたっても魔法が使えない者は結局才能は開花せず、魔法が使える者の方が一歩も二歩も先に進むのが常だった。
何故そうなのかは未だに解明されていないが、今ではそれが一般常識として皆に浸透しているので、大して疑問に思った事も無かったらしい。
「まぁ、俺も魔法は使うが、錬金術は畑違いだから詳しくは知らないけどな」
珍しく軽口を叩かずに空の質問に真面目に答えてくれたエドワルドにどぎまぎしながら礼を伝えていると、ドルイドの列が停止した事に気がついた。
いつの間にか、トト神殿の敷地に辿り着いていた。
慌てて口を噤み、空とエドワルドも周囲と同じく神妙な面持ちで厳かな空気を作る。
しんと静まり返った中で、ドルイドがトト神を象った像の前に立ち、一斉に祈りの言葉を詠唱し始める。
次いで、王族や貴族も詠唱に加わり、更には国民や、収穫祭を見に来た見物客達も、その場にいる全員が祈りの言の葉を紡ぎだす。
偉大なるトト神よ アルヴァロンドの父よ 天を支え地を守り 我らを救いし存在よ この一年が無事に過ごせた事に 感謝と喜びを捧げよう
偉大なるトト神よ アルヴァロンドの父よ 天を支え地を守り 我らを助ける存在よ 来る一年が無事に過ごせる約束に 感謝と喜びを捧げよう
永久に永久に 思いを違わぬ様 今ここで祈りを捧げよう
繰り返し繰り返し、それこそ永久に続けられるのではないか、と思えるわんわんと響く詠唱が何れ位続いただろうか……
はっと気が付くと、昼間の様に明るい閃光が迸り、次いでバンッ!!!と割れんばかりの地響きの様な音、そしてその場にいた群衆の歓声がわっ!と沸き起こっていた。
ビクリと身体を震わせ、何が起こったのかとビックリして顔を上げる────と、花の様なカラフルな明かりに照らされて、エドワルドの嬉しそうな悪戯っ子の様な表情が飛び込んで来た。
────お前どんだけ鈍臭いんだよ
すぐ近くにいてもかき消される程の爆発音と、群衆の歓声で声は聞こえないが、明らかに目が語っていた。
一瞬遅れて花火が上がったのだと言う事と、エドワルドが実は知ってて、空がビックリするのを期待して黙っていたのだと言う事に気がついた。
先程の様な厳かな空気は最早消え去り、何れだけ怒鳴り散らしても文句を言う者は誰もいないだろうが、悲しいかな今度は何れだけ騒いでも相手には届かない位周囲が騒がしくなってしまっている。
空は出来うる限り最大限の抗議の表情を作ってエドワルドに向けるが、視線はもう花火に向いてしまっていた。
(もう! 何なのよ! 後で絶対抗議してやる!!!)
だが、思いとは裏腹に、赤や黄色や緑の日本の花火にも劣らない見事な大輪の花々が夜空に後から後から打ち上げられ、終わったのは既に騙された事に対する怒りもすっかり収まってしまった頃だった。
フィナーレも終わり、今日一日を一緒に過ごしたカップルは愛を語り合う為に神殿の隣にある宿り木の森へ、家族や友人同士で過ごした者達は各々自宅や帰るべき場所へ、トト神殿の敷地からゆっくりと帰路へ付き始めると、カルロスも漸く空とエドワルドの元へと合流した。
「よっ、今年一年お疲れさん」
「エドもね。来年はもう少しゆっくりしたい所だなぁ」
「非常に同意」
ラナセスが襲って来なかった事もあり、ホッとしたのかお互いに軽口を叩き合う。
「今日本番だと思ったんだけどなぁ」
「まぁ頭の良い奴とネジが二、三本抜けてる奴の考える事は予想が付かないからな。油断は出来ないが今日は無事に済んだってことで良いんじゃないか?」
アルメール城に向かいながらそんな話をしていると、シェルフィリアが綺麗な顔を驚く位真っ青にしながら三人の元に走って来た。
「ねぇ、バロンとシャロン見なかった?」
「いや? いつも花火の時は陛下やアンジェリカ達と一緒だろ? そこら辺にいるんじゃねえの?」
「それが、今日はうちで三人を見てたのよ。終わった後、二人ともトイレに行くって言ったっきり戻って来なくて……アンジェリカは残ったんだけど」
そこまで聞くと、エドワルドの表情が一変した。
「────カル、空とアンジェリカを城に届けろ」
それまで律儀にしっかり掴んでいた空の腕をカルロスに託すと、言うが早いか、身を翻し素早い動きで群衆の中を縫う様に進み、あっという間に姿を消してしまった。