〜収穫祭準備〜
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
腕を掴まれ、ずるずる引きずられる様にしながら小走りをしていた空は、付いて行くのがやっとの体で何とかエドワルドに追いついていた。
「足! 足がもつれるから! もう少しゆっくり歩いて!」
何とか訴えると、それまで空に背を向け、凄まじい早さで歩いていたエドワルドはやっと気がついたのか速度を落とすと、同時に掴んでいた腕も放してくれた。
「あ? あぁ、悪ぃ……」
「あと、ミニブタって言うの辞めてくれない? 特に皆の前で! 幾ら何でも女の子に対して失礼よ!」
「ふ〜ん………………なぁ、お前明日は宿り木の下に行くつもりなのか?」
空の訴えを無視して、エドワルドは空に問いかける。心無しか、瞳が翳り、何処か冷たさすら感じられる。
「は? 行くつもりなのか、ってどういう事よ? ────って、私たちの話聞いてたの!? 信じらんない!」
「聞いてたんじゃなくて、お前らがでかい声でぎゃーぎゃー騒いでたから聞こえただけだろ。いちいち人の所為にすんなって。それは良いとして……お前はまだ身の安全が保証されてる訳じゃ無い。何処で誰と何をしようと基本的には勝手だが、危ない真似だけはしてくれるなよ。何かあったらそのまま陛下やカルの名声に響くんだからな────それこそ、明日はラナセスが襲撃して来る可能性が高いんだ」
そこまで聞いて、流石に空もギクリとする。
「襲撃って……折角皆が楽しみにしてる収穫祭が、潰れるかもしれないってこと?」
「まだ確証は無いけどな……あれから一ヶ月は経つし、そろそろ何か仕掛けて来てもおかしくは無い。極力俺かカルが付いている様にはするが、流石に人の睦言を覗く趣味は無いからな……カルの誘いに付いて行きたいというのならば止めないが、それ以外での宿り木の下は今回は諦めてくれ」
「む、睦っ!? ────何言ってるの!? 馬鹿じゃない!!?」
予想だにしていなかったエドワルドの発言に顔を真っ赤にし、何とかそれだけを言い返す。
(こ、こいつ、ほんとデリカシーが無いんだから! 信じらんない!)
エドワルドから顔を背けると、空は足早に衣装部屋に向かう。
後ろから呼び止める声が聞こえて来るが、一緒に歩くなんて冗談じゃない。
(……って言うか、何でそんな意地悪な事言うの? 他の人にこんな事言ってるの見た事無いのに)
悲しさと悔しさに鼻の奥がつんと痛くなる。自分はそんなに意地悪をされる様な事をしているだろうか?込み上げて来る涙を堪えながら速度を速める。
思い返すと、初めて会話をした日からそうだった。一度は謝ってくれたが、エドワルドは空に対していつも他の人よりキツい態度をとって来る。
初めは誰に対してもそうなのかと思い、からかわれても受け流していたのだが、カルロスや妹のアンジェリカ、エドワルドの取り巻きにはそうでもなく、普通に優しい対応をしていると言うのがこの一ヶ月でひしひしと感じられる様になっていた。そんな中で一人だけ違う態度を取られると言うのは、中々にキツい物がある。
先程の少女達は“どちらの申し込みを受けるのか”と聞いて来たが、エドワルドが申し込みをしてくる事など万が一にも無いだろう……
(私、そんなに嫌われる事したのかな? 確かに耳を触り過ぎたのは悪かったかもしれないけど……実は凄く怒ってたとか……)
以前読んだ事のある小説には、ハーフエルフはからかいの対象にされると言う事が書かれていたことがあった……自分は純血のエルフだろうが、ハーフのエルフだろうが憧れの存在には変わりないが、実は知らずにエドワルドのデリケートな部分に踏み込んで、地雷を踏んでいたりしたのだろうか……
悶々とそんな考えに憑かれながら足を進め、衣装部屋の前に辿り着き取っ手に手を伸ばすと、急に扉が開かれ中からカルロスが飛び出て来てぶつかりそうになった。
「あっ!」
「わっ!」
咄嗟に避けようとしたが足がもつれてしまい、カルロスに体当たりした挙げ句、更に反動で滑って尻餅をつく格好となる。
────!!!
目をぎゅっと閉じ、身を縮こまらせ衝撃に備える────が、予想に反して起こるべき筈の場所に痛みは走らず、代わりに腕に強い衝撃と圧迫を感じた。
「ふぁっ!?」
「馬鹿! お前もうちっとその鈍臭いのどうにかしろよな」
見ると、エドワルドが腕を掴んで転びそうになっていたのを食い止めてくれていた。がっしりとした腕が空の身体を引き上げ、体勢を整えさせてくれる。
「危なっかし過ぎて目が離せないんだから、せめて呼んだ時位は大人しくしててくれ」
「……あ、ありがと」
顔を背け、ムスッとしながらそれだけ返すと、エドワルドは腕を放しさっさと衣装部屋の中に入って行ってしまった。
(ほっといてくれればそれで済むのに……変に助けてくれるから、余計にどう接すれば良いのか分からなくなるんじゃないっ)
本当に意味が分からない。
そんな一連の流れを見ていたカルロスが
「ごめん、ソラ。結構強くぶつかっちゃったよね……痛い所無い?」
申し訳無さそうに話しかけ、顔を覗き込んで来る。普段身体を鍛えているだけあってカルロスはちょっとやそっとの事ではびくともしない様だ。
「うん、こっちこそごめんね。考え事しててつい……何処か行く所だったの?」
品行方正でいつも優雅な仕草のカルロスが飛び出してくる様に急いでいたのだ。何かあったのだろうか?
「あぁ、ソラを呼びに行く所だったんだ。マグダが衣装合わせの後が詰まってるからさっさと呼んでこいって凄い剣幕でさ。いつも収穫祭は戦場なんだ」
困った様に肩を竦めながら教えてくれた。ここでは誰もマグダに逆らう事は出来ないらしいと言う事も、この一ヶ月の生活で学んだ。
「やだっ、そうなんだ! ごめんね、私だいぶ遅くなっちゃった」
「いいさ、マグダの剣幕はいつもの事だよ。……さ、部屋の中へどうぞ、お姫様」
そう言うと、カルロスは空の手を取り衣装部屋の中へと誘った。
*****
「こっちは派手過ぎるな」
「この色はお嬢様のイメージでは無いですわね」
「いや、でも、似合わない訳じゃ無いから敢えてのチョイスって言う手も……」
衣装部屋に入った空は、マグダに待ってましたとばかりに腕を掴まれ引き寄せられたかと思うと、有無を言わせない勢いで10代の年頃の少女に似合いそうなドレスの前に引っ立てられた。
そして同行して来たエドワルドとカルロスも一緒に混じり、あぁでもないこうでもないと空を差し置いての討論が始まり、かれこれ一時間が経とうとしていた。
(す、直ぐに終わると思ってたのに……)
収穫祭に合わせてのダンス用の衣装は、品の良い高級な生地で出来た物が多くレースやフリルがふんだんにあしらわれ、何れも非常に可愛らしい。
空自身着れる事を非常に楽しみにしてはいたのだが、まさか自分以外の人間が自分以上に衣装選びに白熱するなど、例え友達とショッピングに行った時ですら今まで経験した事が無い。
(そんなに収穫祭って凄いのね)
改めて、何れだけ皆が楽しみにしているか……と言う事を実感させられる。
(っていうか、収穫祭ってハロウィンのことだったとはね……)
収穫祭と言うから、自分は全く未経験の知らないお祭りだとばかり思っていた。
だが、先日カルロスとエドワルド、仲良くなったばかりのアンジェリカと一緒に街へ出かけ、様相を目の当たりにした空は度肝を抜かれた。
石畳の如何にもヨーロピアンなお洒落な街並が、何処もかしこもハロウィンを思わせるカボチャやカブのランタンに、黒猫やとんがり帽子、お化けに蔦のディスプレイで飾られ、あちこちがオレンジや紫で彩られていたのだ。
昨今の日本でも馴染みの風景が、此処でも同じ様に見られた事に感動と、何処か安心感を覚えてホッとし、親近感が湧いた事は記憶に新しい。
すっかり、日本のハロウィンの様に過ごす気でいた空は、その所為でダンスを教えてくれたロレッタ達の気合いの入り方にビックリし、会話がすれ違う形になってしまっていたのだが。
(ハロウィンの原型……みたいな物って思えば良いのかな?)
「────ね、ソラはどんなドレスが着たい?」
完全に自分の考えに没頭していた空は、唐突に話を振られてビックリした。
「わっ! ────って、え? 何?」
見ると、カルロス、エドワルド、マグダが揃ってこちらに視線を向けて来ていた。
手には各々ドレスが握られている。
「何って、皆お前が着るドレスを考えてるんだろうが! 張本人がそっちのけでどうするんだよ」
「まぁまぁエド……折角の収穫祭に血圧上げる事無いだろ」
「けっ!? 俺はおっさんか!!!」
「……ほんと、いつもガミガミ怒って来て、何処かの雷親父みたいよね」
空も思わず同意する。
「だ れ が そ う さ せ て る ん だ ! ! !」
「はいはい、そこまでにして下さい! エドワルド様は女性に対する言葉使いを今一度学び直す必要がありそうですね」
持っていたドレスを放り投げ、空に掴み掛からんばかりのエドワルドと空の間にマグダが割って入ると
「ドレスはカルロス様とお嬢様とで決めますので、もう結構です! ご退出下さい!」
「え? あ! ちょっ!」
ぴしゃりと言い放ち、何とか部屋に居座ろうとするエドワルドをふくよかで頼もしい体系を最大限活用し、あっという間に追い出してしまった。
その後はカルロスとマグダのアドバイスに従いながら幾つか試着を済ませ、候補を決めると今度はドレスに合わせて髪型とメイクを決めて行き、昼過ぎには大体のスタイルが完成していた。
最初のもたつきは一体何だったのか……エドワルドがいない方がスムーズに進む事が証明された。
「まぁまぁまぁ、流石お嬢様、思った通り可愛らしく仕上がりましたよ! ねぇ、カルロス様」
結い上げた髪にリボンを巻き付けながら、マグダは満足そうに頷いている。
腕によりを掛けて仕上げてくれたのか、心無しか表情から達成感を感じているのが伺える。
「うん、凄く似合ってる。……時間まで、ちょっと大変かもしれないけど、もし疲れる様だったら遠慮なく言ってね」
空がダンスを踊るのは今日の夜、前夜祭の予定なのでこの格好で一日を過ごす事になる。
「うん、ありがとう。ミーティングが終わったら少しゆっくり過ごす事にするね」
いつもよりも更に可愛らしく着飾った空は、10代の少女らしく嬉しさが込み上げ、思わず満面の笑顔が溢れてしまう。
(い、良いよね? カルロスもマグダも似合ってるって言ってくれてるし、こういうカッコして嬉しくならない子はいない筈だもの)
日本ではここまで華やかなドレスを着れるチャンスなど滅多に無いし、お化粧だって亜由美や他の同級生の子は気合いをかなり入れてしていたが、何処か気後れしてしまい空は今まで殆どした事が無かった。
それが、今日の自分は本格的なドレスを着て、メイクを施してもらっている。
いつもの自分とは違い、綺麗なお姫様に変身出来た様な気さえしてくるのだ。知らず頬が紅潮してしまっても仕方が無いだろう。
そんな空の表情を伺っていたカルロスは、何故だか急に顔を真っ赤に染め始めたかと思うと
「ソ、ソラ……あのさ……」
何かを言いたそうに口をパクパクとした後、押し黙り、顔を背けてしまった……
「ん? どしたの?」
「えっと……あの、さ……」
「うん?」
しどろもどろと歯切れ悪く口の中で何かをモゴモゴしている……かと思ったら、急に意を決した様に顔を上げる。
「────ソラ! 明日の事なんだけど!」
「お兄様! 次は私のドレスを見立てて下さいな!!!」
カルロスの言葉を遮り、バン!と勢い良く扉が開かれたかと思うと、妹のアンジェリカが勢い良く衣装部屋に飛び込んで、カルロスに抱き付いた。
「まぁ! ソラってばとっても可愛らしいわ!」
「ありがとう。カルロスが選んでくれたの。アンジェリカのお兄様のセンスは抜群だわ」
「あらあら、次はアンジェリカ様に交代ですね。ソラお嬢様はお食事を頂いて来て下さい。カルロス様は引き続きこちらでお願い致します」
勢いのある女子トークに飲まれ、カルロスは結局最後まで言う事は出来なかった。