〜グランヴェルグの言い伝え〜
今回もまた、ちょっと少なめです。本当はもっと書き進めたいのですが、如何せん時間が取れず……地道にお付き合い頂けたら幸いです^^
収穫祭を明日に控えた前夜祭当日。
先日は一日中、結局夜中も雨だった為に、今朝は夜露が残ってキラキラと朝日に照らされ、まるで宝石に包まれている様な一日の始まりだった。
朝食を終えた空は、収穫祭で踊るダンスの仕上げをするべく、今日はいつもの庭園の一角とは違う、もう少し広い城のホールで幾人かのダンスカップルと一緒に練習していた。
右、左、右、左、手を取ってターン……
最初のダンスの基本を覚える二人だけでの練習とは違い、今では4カップル計8人で息をピッタリ合わせなくてはいけない。
右、右、左、左、ツーステップ、ターン……
そこへフィドルやティンホイッスル、バグパイプと言った伝統的な楽器での軽快な演奏が加わり、皆のダンスへの熱が一層高まる。
ステップ、ステップ、手を取ってターン、右、左、ターン……
最初はただただ覚えるのに必死だっただけのダンスの練習だったが、エドワルドの猛特訓のお陰か、身体が覚えて自然と動く様になって来た今では、皆と一緒に音楽に合わせて踊ると言うのは非常に楽しいものになっていた。
右、左、右、左、ツーステップ、ターン……
知らず笑みがこぼれながら、皆楽しそうに軽快に音楽に乗ってクルクルと石作りのホールの中を回り始め、仕舞いには女の子達は笑いを隠す事もせずにクスクス笑い、堪らずホールの中にもつれる様に倒れ込む。
「あははっはははは」
国を挙げての祭りと言う開放感からか、皆顔が高揚し、何でもない事すら可笑しく、発作の様に笑いが込み上げて来る。集団で仰向けになりながら、声が響いて辺りに反響させるホールの中で、気が済むまでしきりに笑い、漸く落ち着くと
「これだけ踊れれば大丈夫でしょ! 明日は成功間違い無しよ!」
「ソラ、頑張ったわね。私たちみたいに小さな頃から親しんで来た訳では無いのでしょう?」
一緒にダンスの練習に付き合ってくれていた少女達が口を開いた。
彼女達は毎年収穫祭の折には必ずダンスを踊っていると言う街の娘達だった。
グランヴェルグの人々は、音楽に乗る伝統的なダンスには幼い頃から慣れ親しんでおり、大きくなってから特別習うと言う事はしない。
経験の無い空が収穫祭に参加出来る様にと、カルロスが口利きをしてくれ、一緒に練習に付き合ってくれる様になったのだ。
なので男性パート、女性パート、皆がどちらも踊れる為、今は女の子達だけで練習している。
大陸からの移住者が多いグランヴェルグの王都では、ダンスが踊れない者は別段珍しくは無いが、踊れた方がアルヴァロンド島に馴染めるのも早いと言う事だったのだが、踊れる様になりたいと言う空に心を開いて仲間の様に迎えてくれた彼女達を見ていると、強ち間違いでは無さそうだった。
この島の者は、皆音楽に乗り、踊ると言う事が好きなのだ。
「うん。ありがとう……お陰で失敗しないで踊れそうだわ」
「別に失敗したって良いのよ。収穫祭は楽しく過ごす事が大事なのだから」
「そうそう、ソラって真面目よね。民族性のものかしら?」
「だって、折角教えて貰うなら、ちゃんと踊りたいもの……」
冷たいホールの床に横たえていた身体を起こしながら、頬を膨らませ抗議する。
ここまで付き合って貰ったからには、教えてくれた彼女達の為にもちゃんと完成させたいではないか。
「ソラって良い子よね……それに可愛い」
そう言いながら少女の一人、ロレッタが空に抱きつく。
「ね! 最初は人見知り過ぎてどうなるかと思ったけど……それにあのお二方と仲が良いから、どんな子だろうって思ってたのだけど。取り巻きからの反感は凄いけど、でも私はソラの事好きよ」
そう言いながらもう一人の少女、マリンダも便乗する。
どちらも空と同い年の少女で、ダンスの練習メンバーの中でも特に仲良くしてくれる、今では友人と呼べる仲だ。
「そうよね、カルロス様もエドワルド様も、ソラにはお優しいものね……焼けるなぁ」
「えっ! ち、違うわよ、あの二人は私だけじゃなく誰にでも優しいもの」
「またまたぁ────で、収穫祭はどっちの申し込みを受けるの?」
「え? 何が?」
申し込みとは何のことか……思わずきょとんとしてしまう。
「何がって、当日のエスコートでしょ! 収穫祭って言ったらそれが最大の楽しみなんだから! ……もしかして、知らないの?」
何が何だかさっぱり分からない。コクコクと頷くと、ロレッタとマリンダを始めとする女の子達はあきれた様にはぁぁぁと溜め息を付くと、今度は息を巻きながら収穫祭の醍醐味を教えてくれた。
「良い? 収穫祭、それは殿方と近づくのに一番の絶好の機会なのよ」
「男性から女性に申し込んで、女性がOKしたら一日エスコート出来るのよ。人気がある娘だったら、何人もの男性から申し込まれて、その中から自分が一番好きな人を選べるって訳」
「例え男性側が申し込んだ女性に断られても、女性側が意中の男性から申し込まれなかったとしても収穫祭ばっかりは恨みっこ無し」
「毎年、皆の興味は“誰が誰に申し込みをしたか”なのよ。グランヴェルグではこの時に結ばれた恋人達は幸せになれるって言われていて、実際結婚して夫婦になってるケースが一番多いの」
「だから収穫祭が近づくと皆ここぞとばかりに気合いを入れるのよ。────って、大陸はアルヴァロンド島とは文化がだいぶ違う国もあるとは聞いていたけど、まさかここまでとはね……」
「え? あ……う、うん」
空は現在、城に住んでいる空の事を知る一部の者以外には、大陸からの留学生と言う事になっている。
何故、いきなり見ず知らずの娘が城で生活し始めたのか、カルロスやエドワルドと行動を共にしている事が多いのか、下手に噂話が広がってしまっては困るし、ラナセスの塔にいたと言う素性がバレてしまうのは更に問題になるからだ。
空は存在感があり目立つため、城に住んでいる以上は出入りをしている者から完全に存在を隠し通す事も無理なので、それならばと国王のアルフレドが“大陸の東の国から留学生を迎え入れた”と言う名聞を思いつき、空が堂々とアルメール城で生活出来る様に取り計らってくれたのだ。
「全く────その分だと、宿り木の言い伝えも知らないでしょう?」
普段は空よりもずっと大人びて見える筈のロレッタが、うきうきと目を輝かせながら教えてくれる。
(こういう話って、本当に国籍は関係無く女の子は皆好きなんだなぁ……)
しみじみ思いながら空は耳を傾ける。
曰く、アルヴァロンド島で古くから続く習慣で、収穫祭の日に宿り木の下で……特にオークの宿り木の下では女性は男性のキスを拒んではいけない。キスをしたカップルは必ず結ばれる。と言うものだった。もし拒んでしまったら、確実に行き遅れてしまう。
そして島の中でも特にグランヴェルグ国ではドルイド信仰が根強い為に、神聖視されているオークの宿り木が多く生息している。
収穫祭のクライマックスには皆が神殿に集まり祈りを捧げる為、神殿に隣接しているオークの森に行けば、言い伝えを実行するのは雑作の無い事なのだ。
「だから、娘達にとって収穫祭で誰と過ごすかって言うのは特に重要事項なの。うっかり、好きじゃない人にエスコートされて宿り木の下に連れて行かれてしまったら、大変な事になるのよ」
ロレッタは人差し指を立て、したり顔で締めくくる。
「ま、まさか……拒んじゃいけないなんて大げさな……」
そもそも、それでは女性側の自由意志が無いでは無いか……
「だ か ら! 誰を選ぶかが大事なの! 女性は先にその事をはっきりさせることが鍵なの! ……で、ソラはどっちを選ぶの?」
「どっちって! カルロスもエドもそんなんじゃ無いってば。エドなんてデコピンするのよデコピン! 普通女の子に対してそんな事しないじゃない! ……っていうか、そもそも申し込みとか、そんな事自体ある訳無いし!」
似た様な話は今まで空も聞いた事はあったが、せいぜい各学校での伝統行事、もしくは有名テーマパークでの話題作りとして設定された物だけだった。本格的な言い伝えを聞いたのは初めてだし、まさか皆がここまで言い伝えを信じているとは思いも寄らず、どうやって返答したら良いか困り始める────と、
「おいミニブタ、そろそろ練習済んだか? 衣装合わせするって言ってあっただろ。さっさと来い!」
「えっ? ちょっと! ミニブタって何よ!!!」
噂の一人が唐突にやって来たかと思うと、空の腕をむんずと掴み引きずる様に連れて行ってしまった。
「ミ、ミニブタかぁ……流石に意中の人にそんな事言われるのはちょっと……キツい、かな……」
「うん。やっぱり、カルロス様の方が優しい分、分があるよねえ」
「エドワルド様ももう少し素直になれば良いのに、損な性格よね……」
後に残された少女達は、空とエドワルドにそれぞれ同情の視線を向けながら見送ると、各々の予想が当たっている事と、今後の空の行く末を心から祈った。
ダンスはアイリッシュダンスと言うイギリスやアイルランドの伝統のダンスをイメージしてます。兎に角タップが響いて、綺麗でカッコいいのです。フィドルやティンホイッスルもケルト独特で個人的に非常に好きな楽器だったりします。いつか本場の音楽を生で聴いてみたいです♪