~王妃の憂鬱〜
すみません、ここの所連勤の為少し文章が少なめになっております。あと、生活がままならないので少し更新ペースを遅くしようかと思ってます。決して更新したく無い訳では無いのですが、休日の度に文章作成しているので、現時点で一ヶ月間引き蘢りみたいになってまして……ご迷惑おかけしますが宜しくお願い致しますm(__)m
収穫祭を二日後に控えた日、グランヴェルグではこの時期には珍しく雨が降っていた。
窓から、しとしとと大地を濡らす雫が滴っているのが見える。
普段は誰も、夫のアルフレドですら殆ど足を踏み入れる事が無い自身のプライベートの部屋で、グランヴェルグの王妃、エリザベスは暫し思いに耽っていた。
先日、娘のアンジェリカを伴って、息子がラナセスの塔から連れ帰って来たと言う少女の元に赴いた。
王族に会うのは緊張する様だから……と、息子のカルロスから対面することを先延ばしにされていたのだが、カルロスが密かに想いを寄せている様だ、と言う話をアルフレドから聞き、生まれもっての好奇心が勝り、カルロスが少女から離れた隙を見計らって会いに行ったのだ。
少女は名を空と言い、派手ではないが可愛らしい顔立ちの、知的さを瞳に宿した娘だった。
それに、非常に素直で思っている事が直ぐにわかってしまう、ついちょっかいを出さずにはいられない、そんな質を持っていた。
赴いたエリザベスとアンジェリカの姿を見た空は、誰だろう?と言う風にきょとんとした後、二人がカルロスの母と妹だと知るとビックリした様に目を丸くし、次いで顔を赤らめたかと思うと無言になり、こちらから話しかけての返答は、緊張しているのかつっかえつっかえに何とか喋っている、と言う体だった。
怖がらなくて良いのよと伝え、打ち解けようと取り留めもない世間話をし始めると、緊張しなくて良いと解ったのか今度は屈託なく笑い始め、アンジェリカとも直ぐに仲良くなった。
基本的に、人を疑う事を知らない少女の様だ。
ふう……
嘆息を一つ付き、エリザベスは端正な目元を陰らせる。
自分は、そんな少女をもう一人知っている────
もう何度も思い浮かんでは打ち消した思いが、再び蘇る。
そして、同時にまだ年若い少女だった時分に大好きだった、従妹の少女の姿が脳裏を翳めた。
今でこそエリザベスは一国の王の妻、グランヴェルグ王妃と言う立場だが、若い頃は国を上げて信仰している、ヘルメス・トリスメギストスの化身とされる朱鷺を神格化したトト神の神官となる為に、神殿の巫女として日々を過ごしていた。
ドルイドになる為には非常に厳しく難しい修練が必要とされ、人によっては習得する為に20年を要すると言われており、ドルイドの素質がある、天性の才能を備えている者は男女関係なく幼い頃より目を掛けられ、英才教育が施される。
エリザベスも従妹のマレードも、生まれながらにドルイドを数多く輩出しているクリスタリカ家の出身で、将来は有望とされていた。
特にマレードは類い稀なる能力の持ち主で、ドルイドの長の後継とまで言われていた。
修練は毎日遅くまで続き、大変ではあったが二人とも嫌いではなく、将来に期待を膨らませお互いに励まし合いながら夢を語り合っていた。
マレードは非常に頭の良い、美しい少女だった。
派手ではないが小振りながら形の良い目鼻立ちに、知的さを感じさせるブラウンの瞳、同じ色の髪に、落ち着いた雰囲気が全身を纏っているのにも関わらず、考えている事が表情に現れとても分かりやすく、ともするとからかわれるネタにされていた。
人の事を疑わず、直ぐに誰とでも仲良くなる、人を惹き付ける不思議な魅力の持ち主だった。エリザベスも、ドルイドを目指す巫女達も、師のドルイド達も、皆そんなマレードが大好きだった。
将来はマレードが長に付き、マレードを筆頭に神殿を皆で支え、国の繁栄に尽力を尽くす────そう信じて疑わなかった。
だが、ある事件をきっかけに、それは叶わぬ夢となった。
月の光も星の光も無く、地上に存在する物の輝きを、一切感じる事が出来ない新月のある晩だった。
いつもの様に一日の奉仕を済ませ、これから皆で食事と言う、いつもとなんら変わらぬ日常に、いつもと同じ様に来る筈のマレードが、何故かその日は現れなかった。
最初は
そろそろ思春期だから、色々と思う所があるのだろう……
そう言う事になり、然程深刻に捉えず放っておいた。エリザベスより4つ年下のマレードは12歳になり、多感な少女の時期に片足を踏み入れていた。
それまでも、気がつくと一人で野原に赴いたり、森や川に行ったりしていたので然程心配はしていなかった。年齢よりも大人びてしっかりしていたし、人に迷惑を掛ける事も無く、分別も弁えている。
だから、その日もたまたま遅くなってしまっただけで、その内戻って来るだろう。
もし余りに遅くなり過ぎて、皆に心配を掛ける様だったら、その時に改めて注意すれば良い────そんな風に思っていた。
だが、それが間違いだった。
一時間経ち、二時間経ち、遂には三時間が経過した……
通常の街の子供達だったら大した事の無い時間でも、神殿で暮らす者達には非常識な時間だった。
流石に遅過ぎる────心配したドルイド達はマレードの自宅に連絡をし、帰宅の有無を確認すると共に捜索に乗り出した。
神殿内部や、周囲に隣接する森、グランヴェルグの街、路地裏や怪しげな店、城壁内に近隣を流れる川、更には地下通路や、足を伸ばしクロイドの森やエメラルドの湖までも、出来る限り、調べられる限りの場所が徹底的に調べられた。
だが、マレードの姿は見つけられなかった……いなくなった事の痕跡すらも。
マレードの母は泣き崩れ、気丈で頼もしい筈だったマレードの父は無気力になり、神殿のドルイドも巫女達も悲しみに暮れ、エリザベス自身もかなりのショックを受けた。
当分の間は食事も喉を通らず、ただただマレードの無事と帰還を願い続ける日々だった。
だが、そんな願いも虚しく数年が経ち、ドルイド達はいつまでもこんな事はしていられないと、新たな後継の候補を巫女の中から決め、エリザベスはアルフレドに見初められ王妃になり、何時の頃からか、マレードの事は記憶の中に留められ、やがて口にする者もいなくなった。
エリザベス自身も忘れる事は決して無かったが、心の傷となっていた為とても口にする事は出来ず、今でも心の奥底で燻り続けていた。
だから、先日カルロスが連れて来たと言う少女を目にした時は息が止まりそうになる程ビックリした。
いなくなってしまった時の年齢こそ違えど、見た目も、話し方も、反応も、本当に本当に23年前にいなくなってしまった大好きな従妹にそっくりだった。
予め、錬金術師達の塔に捕らえられていたと言う話は聞いていたし、塔では生物実験の様なことが行われていたとも聞き及んでいた。
────もしかして、錬金術の実験を受けて記憶を無くし、成長が遅れたマレード本人ではないか……
ラナセスの塔はマレードが失踪してしまった後に作られているし、事件の関連性は低いと考えられていたのだが、どうしても気になり、少女にさり気なく家族の事を聞いてみた。
だが、そんなエリザベスの思いとは裏腹に、空はしっかりと父や母、愛犬や自身が育った環境、幼い頃の話をエリザベスが聞いた分だけ丁寧に教えてくれた。
エリザベスはそれを聞くと、マレードでは無かったと言う事に落胆するとともに、マレードは人体実験を受けていた訳では無い、と言う事実にホッとし、空にカルロスやエドワルド、アンジェリカと仲良くしてやってくれ……と言うと、仲良く話をしているアンジェリカを残し、一人足早に引き上げて来てしまった。
自室に籠ってからは、気分が優れないから……と食事も部屋に運んで貰い、それからずっと籠城してしまっている所だ。
こんな事ではいけないのだけど……
明日には前夜祭が始まるし、そろそろエドワルドの実家のバーグラーの一団もグランヴェルグに到着する頃だろう。
久々に、親友にも会えるのだし、普段なら構わないが時期が時期だけに、流石に私情で伏せる訳にはいかない。
自分は王妃と言う立場なのだ────だが、心の奥底に眠らせていた従妹の存在は、一度思い出してしまうとなかなか消えてくれなかった。
例え、皆が忘れてしまっていても、この私が忘れる訳は無いわ……大好きな、大切な妹の様な存在だったんだもの。
神殿のドルイド達に彼女を会わせてみようか……もしかしたら、自分の様にマレードに瓜二つだと気がつく人がいるかもしれない。
そう結論を出すと、心無しか気持ちが楽になった様だった。
事件以来やつれ切りすっかり様変わりしてしまった叔父や叔母には流石に伝えるのは憚られるが、この事実を自分一人で抱えるには辛過ぎる。
何より、巫女だった頃の直感が訴えているのだ。空はマレード失踪の事件に無関係ではないと────
もしかしたら、行方や手がかりが分かるかもしれない。ここで怖がって自分が躊躇する訳には行かない。
エリザベスは頭を一つ振り、迷いを打ち消す。
持ち前の気丈さを取り戻すと、エリザベスを心配して先日から何度も足を運び、体調を慮ってくれている愛する夫に、大事が無いと言う事を伝える為立ち上がり、自室を退室した。