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ネカマ、騙される

私、日向ひなた 美湖みこは今日、初めてできたネットの友達に今まで吐いてた嘘を直接会って謝ります。どんな嘘かというと、少なくとも友達には吐いてはいけない嘘だと思う。


私は、ネットで「hinata」という名で男を装っている。




「ごめんね、ごめんなさいゆうきちゃん……」

携帯を握りしめて何度も謝る練習をする。壁に向かって頭を下げるのを繰り返し、本番に備える。


ちらりとデジタル時計をみると、短い針はもう六時を指していたから練習をやめて胸元にリボンのついたお気に入りのワンピースに着替える。

「ゆうきちゃん、どんな子かな」

着替えながらこれから会うネット友達のことを考えていた。


ゆうきちゃん、というのは一年前とあるサイトで男を装ってるときに知り合った二つ年上の子で、いつも明るく、愚痴を全くこぼさない子だ。私が仕事で失敗した時は励ましてくれたり、良いことがあったと伝えたら、一緒に喜んでくれた。そんな彼女に私は男なんて嘘をついて、最低だと思いながらも言えなかった。そして三日前、空いてる日を聞かれ、今日、会うことになった。午後七時に駅前のカフェと決めて、今に至る。

覚悟を決めて玄関へ行き、ブーツを履く。大きく息を吸って、吐くを繰り返し、ドアを勢いよく開ける。すると、冷たい風が吹き、緊張して火照った身体を冷ましてくれる。

「よし、頑張ろ」

そう呟いた私は駅へと足を向ける。






七時まであと、五分。

待ち合わせ場所のカフェの一番隅の方の席に座り、席の場所をメールで送り、溜め息をつく。

ここのカフェは仕事帰りに何回か来たことがある。コーヒーの値段が安く、店の雰囲気が落ち着いていて、私のお気に入りの場所だった。だから、待ち合わせをここにしようと意見が合った時は嬉しかった。ただ、ゆうきちゃんの家はここまでくるのに電車で三十分かかるらしく、遅れてもいいなら、という条件で決まった。

頬杖をつき、携帯をみつめる。メールを送ってから二分経ち、現在、六時五十七分。いてもたってもいられなくなり、カバンに携帯を入れ、急いで席を立つ。カウンターへ向かおうとそのまま右を向いた瞬間、

「っ!」

なにかにぶつかり、声にならない悲鳴をあげる。バランスを崩し、よろけるが、なにかが背中を支えてくれた。まるで、お父さんの手のように大きくて、暖かい。

「大丈夫?……ひなた、さん?」

声をかけられ、我にかえり、上をゆっくりと見上げる。私は二度目の声にならない悲鳴をあげ、支えてくれた人から二、三歩下がり、足元から頭までゆっくりと値踏みするようにみる。

でかい足、革靴は新品なのか、汚れているところが目立たない。服装は休日の夜にも関わらず、びしっと決めたスーツだ。シワ一つ目立たない。真面目なのか、髪型も七三分けで、眼鏡の奥の瞳は黒にも見えるが、藍色にもみえる。切れ長の目に高い鼻、薄い唇。一言でまとめると、私好みのイケメンだ。

「あの……ひなたさん」

また声をかけられ、我にかえる。なぜこの男性は私の苗字を知っているのか、今はそれだけが疑問だった。

「なぜ、私の名前を……?」

「やっぱりひなたさん、でしたか。よかった、間違えてたらどうしようかと」

スーツの男は満足気にそう言うと、眼鏡を押し上げてにっこりと微笑む。すると、先程の表情とは一転、表情を険しくして頭を下げて、謝ってきた。

「ごめんなさい。本当にすみませんでした。あなたを、騙していました。僕が、『ゆうき』です」

私は驚きのあまり後退りし、口に手を当てながら、嘘でしょ、と呟いた。



「僕、田中優希と申します。優しいと希望の希と書いて優希です」

「たなか……ゆうき……さん」

先程の席に優希さんと向かい合わせに座り、コーヒーを頼み、自己紹介をする。

「あの、なんで私が『hinata』ってわかったんですか?」

「なんとなく、です。メールで送られてきた席にいたので、まさかとは思いましたが」

優希さんはそう言うと一度コーヒーを飲み、カップを静かに置くと、自己紹介の続きをした。彼が微笑む度に私の心臓が高鳴り、頬が熱くなるのは緊張しているせいだと勝手に決めつけた。




気付けば時計の針は九時を過ぎていて、それに気付いた優希さんは慌てて立ち上がり、明日は仕事があるからと言い、帰ってしまった。

コーヒー代を払おうとカウンターへ向かうと、優希さんが払ってくれたらしく、お金を払う必要がなくなり、私は急いで携帯を取り出し、お礼のメールを送り、携帯をカバンの中にしまった私は店を出て、夜風にあたり、優希さんとの会話を一つ一つ思い出し、今日は驚いたこともあったけど、楽しかったことを実感する。

「また、会いたいな」

そうポツリと呟いた私は自分の家へと足を向けた。



「ただいま」

誰もいない廊下に向かってそう言うと、私は靴を脱ぎ、音をたてぬように部屋へのドアを開け、ベッドにダイヴする。このまま寝ようかと思ったが、メールの返信がきたかどうか気になり、カバンの中にある携帯に手をのばす。携帯を開くと七分前にもう返信がきていて、メールの内容は今までの『ゆうきちゃん』の口調ではなく、今日会った『優希さん』の口調だった。


《今日は本当にありがとうございました。コーヒー代は今日会ってくれたお礼として払わせていただきました。ひなたさんがまさか女の人とは思わず驚きましたが、ネットでのひなたさんと変わらず嬉しかったです。また会える日があれば会いたいです。》


私は読み終わると同時にガッツポーズをして、スケジュール帳を確認し、五日後なら空いているという内容のメールを送り、数分後に《僕もその日は空いています》という件名のメールを受け取り、内容も見ずに携帯を閉じ、携帯を握りしめてそのまま眠ってしまい、寝坊したのは言うまでもない。


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