後日談
「昨日の午後5時くらいだったかな。二十代の独身男性が奇妙な状態で死んでいるのを発見されたんだって。」
「へー…奇妙な状態って?」
「男性の傍には様々な道具が散乱。最も近くにあった包丁や瞬間接着剤などには血がついてた。って言っても、布団は血塗れで、他の道具も男性の血がところどころついてたらしいから、実質あんま変わんないか」
「ふーん…成る程ね。指紋ついてたんだ」
「だいせーかい!よくわかったねー?」
「前にも何回かあったでしょ、この流れ。敢えて具体的な道具の名前を挙げておいて、血がついてたってのは他も一緒かとか言う流れでは最終的にいつも答え指紋だったじゃん」
「そーだっけ?んー…ま、いいや。それはともかく、何が奇妙って、その男性が抱きしめていたものなんだよ」
「抱きしめていたもの?…何、女が男を包丁で刺し、男の体と自分の体に接着剤を塗り、抱きしめて…ああ、男が抱きしめてたんだっけ?じゃあ男の方が自分からってことかしら。だとしたらー…さっき言った内容を男女逆にして、その状況で心中、とか?接着剤で物理的に離れない、心中でずっと一緒、みたいなさ」
「…すごい発想だね……」
「ちょ、引かないでよ!冗談、冗談だから!だって本当にそうなら、男はどうやって死んだんだってなるし…ああでも、致死性の毒とか飲んだって言われたら…ある程度、納得できなくもないけれど」
「…本当、たまにすごい発想をするよね…しかもその発想、今回の場合は結構近いと思うし」
「あら、そーなの?ふーん……じゃ、いつものお願いね」
「え?もうネタばらしなの?」
「だって近いんでしょ?ならそれで良いじゃない。それにあんた、いつも肝心な情報だけ最後に回すでしょ。男が抱きしめていたものとか、結局教えようとしてないじゃない」
「ありゃ、ばれてたか。全く、敵わないなぁ…しょうがない、ネタばらしといきますか!」
「はいはい。さっさと聞かせてよ。あんたのお得意な推理という名の真実を」
「じゃ、まずは死亡推定時刻と発見された時の状況を余すことなく説明するから、よーく聞いててね」
「ええ、もちろん」
「死亡推定時刻は恐らく午前9時頃。すごいよね。日が昇っちゃってる時間だよ?普通なら逢魔が時や丑三つ時に多いのに」
「あら。自殺なの?」
「そうとも言えるし、さっき言ってた心中とも言えるよ。で、発見された時の状況だけど、二人用の敷き布団の周りにたくさんの道具が落ちてたの。それは工具が中心だった」
「その中でも男の近くにあったものが包丁や瞬間接着剤か」
「そう。あ、そうだ、先に言っとくけど、指紋は一つしか発見されなかったから」
「……あ、そう…」
「敷き布団より離れた場所に投げ捨てられたような注射器が二つあったけど、一つは中身が減っていなかった。っていうか先が折れてた。そしてもう一つは多分、男性が自分に打ったんだと思う。中身は強力な麻酔。強力すぎて使用を禁止された麻酔。知ってるでしょ?」
「まあ、知ってるけど…打って暫くすれば、どんな痛みも感じることがなくなる代わりに、痛みを抑えている間の痛みが麻酔が切れたときに副作用で倍になって返ってくる。それで死に至る人がいたんでしょう。それで、禁止された」
「そう、それ。男はそれを自分に打っていたんだろうね」
「どうして、ってのはまだ早いから聞かないけど、どうやって入手したのかは気になるわね」
「多分、入手するために本当に長い月日を費やしたと思うよ。まあ、そこはあたしの担当じゃないからわからないけど」
「ふーん…男は麻酔が切れてから死んだのかしら」
「いや、切れる前に出血多量で死んだんじゃないかな…っと、話が逸れたね。本題に入るんだけど、男性は見つかった時、とても綺麗だっただろう高価な人形を抱きしめていたの」
「………人形ぅ!?」
「おお、時間差。それでなにが奇妙だったか、なんだけど。男性が人形を抱きしめて死んでいたことも確かに奇妙だけど、もっと奇妙なことがあったの」
「もうなんか嫌な予感しかしないけど…言って」
「男性の左目が人形の左目で、逆に人形の右目が男性の右目で、男性の右耳が人形の右耳で、人形の左耳が男性の左耳って具合に、交互に交換されていたの」
「………………ごめん、ややこしすぎたのと、理解したくなくて頭が回ってないみたい」
「まあそうなるよねぇ…でも事実なんだよねぇ…それを目の当たりにしちゃった第一発見者なんて吐いたっぽいし。新米さんがいたのか、警察や病院関係者の方も数人が直視して具合が悪くなってたり、吐いてたり。それはそれは直視できないくらいの惨状だって」
「その時の情報を知っていて他人事のような話し方をするあんたの言い方も、今は気にならないくらいだわ。男はいったい何を思ってそんなことをしたのかしら…知りたいようで、知りたくないわね」
「……あれ?これで状況説明が終わりだと思ってる?」
「え、何、終わんないの?まだあんの?」
「嫌そうな顔しないでよー。今までの説明のつく奇妙さじゃないんだよ。これから言うのは」
「全っ然興味が惹かれないわね。ここまで興味が惹かれないと、いっそ…ああいや、普通に嫌だわ」
「まあでも聞いてよ。抱きしめていたのは男性だけじゃなかった、ってことをさ」
「ああ、察したわ。なにその怪奇現象。もうここで話終わらせて帰りたいけど、そうしたら続きが気になって仕方がないだろうから、教えて」
「そんな嫌そうな顔で教えてって言われても…教えるけどさ。男性が抱きしめていたのは大和撫子みたいな人形で、成人女性サイズだった。その人形の腕が、男性の背中に回っていたの」
「……それはあれでしょう?どうせ男が自分で回したとか現実逃避してみても、論破されるやつでしょう?」
「そうだね。心の奥底ではきちんと人形だと理解していただろうから、わざわざ自分を抱きしめさせるようにするなんてないだろうし」
「それの説明はつくの?」
「無理。常識的に考えて有り得ないとしか言えない。っていうか男性と人形が抱きしめあったままどうやっても離れないから、最終的には…いやなんでもない」
「え、まさか…いや、何も考えないでおくわ…」
「うん、そーして。兎にも角にも、これで状況説明は終わり」
「やっとね。それじゃあこのもやもや感をスッキリさせてくれる推理を早く披露してくれないかしら」
「まあまあ落ち着いてよ。前にも似たようなのがあったから確信してるけど、男性は人形を愛してたんだろうね」
「うわぁ、狂気的」
「僕だけのお人形さんと思っていながら、その人形が生きていると信じて疑わない。自分が作って置いといた料理を人形が自分のために作ったと信じて疑わなかったり、一緒にお風呂入ったり、一緒の布団で寝たり。ああ、長時間水に当たりすぎると壊れるのを、湯船が苦手だとかで納得してたっぽい」
「気持ち悪い。そして気色悪い。略してきもい。そしてきしょい。」
「ボロクソだねぇ。気持ちはわかるけど」
「でも、そんな日々を過ごしてたんなら、ぶっちゃけ幸せだったんじゃないの?どうして冒頭の台詞に繋がるのよ」
「だって人形だし。人形は喋らないし、動かない。まあそれは都合の良いように解釈してたっぽいからいいんだけど、男性は人形を愛してたわけじゃん?愛しすぎて、一つになりたいと思っちゃったみたい。物理的に」
「もうとことん狂気的で病んでるわね」
「それでどうやったら一緒になれるか。一つになれるか。きっと死後の世界にでも夢を見たんでしょ。目が見えないとか、耳が聞こえないとか、そんな理由をつけて目や耳を半分ずつ交換する。そもそも耳をやった時点で死ぬだろうに、気力だけで目もやりきり、死ぬ間際には人形のものをつける。ああ、耳をつけるのには接着剤を使ってたらしいね」
「薄々わかってきたわ。要は耳や目をやれば普通生きているものは誰だって死ぬ。人形を生きてると信じて疑わない男は、人形にも同じことをすれば死ぬと思った。それで使えるだろう工具を集めまくって、麻酔すらも手に入れた」
「で、一緒に死んで死後の世界ではーみたいな感じだと思う。人の深層心理なんてよくわからないけどさ、愛しすぎちゃったんだろうねぇ」
「その執念が人形をも動かしたのかしらね」
「あー…本当にそうだったら面白いね」
「っていうかそこまでした人を、人と言えるのかしら?人形を愛するとか、執念だけで起こした今回の事件とか、普通なら有り得ないわ。人間とは思えない」
「あたしもそう思うよ。でも、人間なんだよねぇ…ほんの少し狂っちゃっただけの、普通の異常者なんだよ」
「ふうん…。ところで、ちょっと聞いていいかしら?」
「ん?なに?」
「注射の話なんだけど、どうして男は人形に麻酔を打たなかったの?」
「あー…唯一残った理性とだけ、言っておこうかな。ここまでしておいて、理性やら何やらなんて、今更でしかないけどさ」
「へぇ…。それじゃあ、今日の話はこれくらいかしら」
「うん、これでもう全部だね。じゃあ次はそっちの番だよ」
「わかってるわ。それじゃあ、また明日」
「また明日!」
読了、感謝感謝でございます(-人-)