満島薫の嬉しい誤算
第一印象はすごい美人。絶対どこかの芸能事務所に入っているだろうと思ってしまうほどの容姿。そんな子と同じクラスで、しかも席が前後だなんて緊張する。全神経が背中に集中して、無駄に姿勢が伸びていた。
一方、美少女顔なんて不名誉な言葉を常日頃投げかけられる俺、満島薫。「お前ならイケるかも。」なんて気色悪い冗談には容赦なくキレる、非常に気の短い男である。
(……うわ。)
最初は、ほんの少しの興味だった。男として、やっぱり綺麗な子は気になる訳で。同じクラスだし、仲良くしても何ら不思議はないと意を決して彼女、深山椿さんへ話しかけた。ほとんど表情に変化のない子だったけど、きちんと返事はしてくれるし、真顔で何もかも正直に答えてくれる姿は面白くて好感を持った。美人で気取ってないって、最高じゃん。多分深山さん、この学校でもすごいモテるだろうな、なんて思いながら会話を終了させ、前を向いた。その時窓ガラスに映った彼女が再び目に入る。何か嬉しいことでもあったのか、思いだし笑いか、ふわりと、深山さんは笑った。
こんなレベルの高い女の子、絶対俺なんか相手にされない。それなのに、その笑顔にやられた。女顔の俺が、破格な美人の深山さんに言うとどこか可笑しさすら覚えてしまうが、彼女の笑顔は。
(……超可愛い……)
無謀とも言える恋に落ちた瞬間だった。やばい。気がついた時には時すでに遅く、俺は呆気なく深山さんの魅力に落ちていた。
「ちょっとぉ、なぁに~?ミッツー。」
今俺の前で頬を膨らませているのはクラスメイトの唐沢桃。個性的な口調が特徴である彼女は、深山さんの親友だ。そして唯一、俺の気持ちを打ち明けた人物でもある。唐沢以外に特に親しい友人を持たない深山さん。全く縮まらない距離と高すぎる壁、交友関係の狭さからほぼ流れてこない彼女の情報に痺れを切らし、俺は唐沢に協力を仰ぐべく行動した。しかし。唐沢のガードが思ったより固かった。
深山さん命と言っても過言ではないくらいの唐沢は、深山さんの意思を第一優先する。きっと、深山さんに好きな人ができればその時初めて動くのだろう。だからこそ、下手なプッシュを依頼するつもりは毛頭なかった。少しでも深山さんのことが聞ければ、そう思っただけなのに。唐沢はそれすらほとんど教えようとしない。完全に非協力的な態度。
ただひとつ聞けた情報と言えば、俺が使った「高嶺の花」という表現を止めろということ。どうやら深山さんは「美人」や「綺麗」と評されるのが苦手らしい。っていうかそんなこと本人に面と向かって言えるわけねーから!!
「唐沢…お前俺に協力しないんじゃなかったのか…?」
「え~なんのことぉ~?」
「たった今!だよ!わざとらしいんだよ何で野球だよ!」
唐沢はあろうことか、放課後野球をして遊ぼうという俺たちの話を聞き、深山さんに「入れてもらう?」なんて言ったのだ。当然深山さんの答えは「NO」。しかもその後、「ミッツーなら優しく教えてくれたと思うけど。」なんて意味不明なアピール付き。深山さんは少し訝しげな顔をしていた。気がする。本当だよ!何で俺だよ!
そしてさらにむかつくのは、唐沢の顔。まるで俺よりも自分が選ばれたとでも言いたそうな顔を向けてきたのだ。
「え~?別に~?ただ椿ちゃんがぼーっとミッツーたちの方見てたからやりたいのかなぁって。でもあれだね。椿ちゃんはミッツーとやりたくないって~。あたしと話していたかったってぇ~。」
うふふ、という満足そうな笑い声付き。……は、腹立つこいつ!!
ちなみに今深山さんは俺が唐沢に話をしに来たために退出中。もしかして嫌われてんのかな俺。いや多分、気を使ってくれただけなんだろうけど。
唐沢はむかつくが、機嫌を損ねるようなことはできない。下手なことを深山さんに吹き込まれては最悪だ。「無」の印象が「嫌」に代わってしまう。
「あ、ていうか話はもう終わり?椿ちゃん呼んでこよぉ~っと。」
唐沢桃はこんなやつだがモテる。顔は可愛いと思うし、実際に俺の周りでもいいと言っているやつも多い。だが俺からしたら性悪女だ。
俺は唐沢の腕を掴み、椅子に座らせる。「なんだ」とでも言いたげな不満そうな顔に対し、鼻息を勢いよく吐き出し、胸を張ってみせた。こいつに負けてばっかりはいられない。
「…俺が行く。」
俺だって、深山さんと話したい。
「深山さん。」
振り返った彼女は、綺麗だった。艶やかな長い黒髪が靡き、動きを追って舞う。
確かつい先日も深山さんは告白されていた。背が高くて、イケメンと有名なバスケ部部長の3年生に。彼女はいつもそうだ。大人びた容姿から、年上で男らしいやつにモテている。隣に並んでも絵になるような、そんな。
「…満島くん。」
俺は背が低いし、顔だって「かっこいい」ではなく「可愛い」と言われる機会が圧倒的に多い。深山さんからしたら俺は餓鬼で、「カワイイ」と鼻で笑われてしまうほどの男だ。
『高嶺の花って言葉、止めたほうがいいかも~。あと綺麗とか、美人とか。』
唐沢の言葉を思い出す。ああ、そうだ。こういうのが嫌なんだ。深山さんは。
彼女の隣には、彼女に告白したような男たちが似合う。だけど深山さん自身は受け入れない。周りがそう思っていても、深山さんは違うから……?
(…俺、深山さんのこと好きでいていいかな。)
馬鹿にされてもいい。深山さんが好きだ。笑顔が可愛くて、きちんと目を見て話してくれる所が好きだ。いつも背筋を伸ばして歩いている所、友達である唐沢を大切にしている所。可愛らしくて女の子らしい物を、嬉しそうに、大切そうに密かに持っている所。たくさんの好きが、今の気持ちに繋がる。深山さんは可愛い。
「…も、桃…大丈夫かな…」
消え入りそうな深山さんの声。心臓の音がうるさすぎてよく聞こえない。何だ。何があったんだ。
深山さんを呼びに行って、そうしたらすぐに唐沢が邪魔をして。でもそのまま少し2人で話ができて、急に深山さんに、俺と唐沢が合うっていう聞きたくもない言葉を言われて。教室から顔を出したままの唐沢の所へ駆けていく深山さんを見送って、落ち込んで。無駄な時間差をつけて俺も教室へ戻ろうとしたら、唐沢が深山さんの腕を引いて飛び出してきて、俺たちが両想いだという事実を知らせてきて……。
「唐沢?」
「う、うん。本屋へ行く約束をしていたのは本当なの。」
最後の唐沢の俺に向けた表情は凄まじいものがあった。おそらく嫌われたであろうことが予想できる。だけどどう考えても可笑しいだろう。2人両想いだったよ~良かったね~じゃああたしたち帰るから~って、帰らせられるか!唐沢らしいっちゃらしいけど。でも。
「唐沢のことは……いいから。」
「…っ…」
背が高い深山さんと俺の身長はほぼ同じ。近くに寄れば、目線はすぐに交わる。白い肌に赤みがさして、ピンク色になっている深山さん。
嘘だと夢だと言いたくても、嬉しい現実は消えることなくここにある。
「ご、ごめんなさいっ…」
突然あわあわと慌て始める深山さんに、俺は赤い顔をしたまま首を傾げる。普段冷静沈着な彼女の慌てふためく姿は新鮮で、思わずにやけてしまいそうになる。長い睫毛が震えていた。そこではっと我に帰り、無理やりに落ち着いた声を絞り出そうとした。男としての余裕は見せたい。
「あの…こういう時…ど、どうすればいいのか…」
「え?」
「……私、好きな人できたの…初めてだから……」
深山さんの告白に男としての余裕は脆くも崩れ去り、「まじで?」なんて拍子抜けな声が出てしまった。初恋が俺?深山さんの?
という俺も実は初めてだったりする。深山さんを好きになり、今まで恋をしなかった理由はとんでもなく理想が高かったからなのかとこっそり悩みもした。お前どの面下げて…!と自分自身を罵倒した。恥ずかしくて。
「だ、大丈夫。俺も初めてだし。」
そう言ってしまった後、全然かっこよくねーよ、と心の中でつっこみを入れた。それでも目の前の深山さんが、俺の言葉に安心したように笑ってくれたから。やっぱり超可愛い、と思った後に、これで良かったのだと完結づけた。
それからとりあえず電話番号とメールアドレスを交換し、一緒に帰ることになった。どうしよう。幸せすぎる。この隣の女の子は俺の彼女だと聞かれてもいないのに話したくなる。明日には、いつもつるんでいる彼らに報告するとしよう。
「ね、ねぇ…満島くん。」
気がつけば深山さんは立ち止まっており、スマートフォンを握りしめていた。何事かと思えば、もじもじと言いだしにくそうにこちらを見つめてくる。何だ何だ。可愛いな。
「写メ撮ってもいい…?」
何だその可愛いお願いは!と叫びたくなるのを何とか堪える。勿論すぐに承諾した。なるほどな。よくあるもんな。付き合ってる2人で写真撮るって。
「あ、ありがとう!」
瞳をキラキラさせ、深山さんは喜ぶ。くそう、可愛すぎる。誰だ美人だって言ったの。いや美人だけど。今の彼女は絶対に「可愛い」の表現が似合うはずだ。ポーカーフェイスでも、こうしてよく見ればわずかだけれど感情が乗っていることがわかる。もしかしたらこれは親しい人間でないと気がつかないことなのではないか?明日、唐沢に確認してみよう。
そう思っていると、パシャ、というシャッター音が響いた。てっきり2人で映るのかと思いきや、俺単体での撮影が続く。え、何これ。
「…やっぱり…可愛い…」
小さな声だったけれど、確かに聞こえた。うっとりという表情で、深山さんはスマートフォン越しの俺を見つめてくる。
「……み、深山さん?」
「あの、満島くん。…これからもこうして、たまに撮らせてくれる…?」
可愛い彼女の可愛いお願いを断れる男なんているだろうか。
これは唐沢に聞かなくてもわかる。どうやら深山さんは、「可愛いもの好き」らしい。どうりでどんなイケメンがトライしても靡かなかったわけだ。男としては多少傷つく事実であったが、この顔があってこそ深山さんに振り向いてもらえたのだとしたら、結果オーライと言いたい。
「いいよ。でも条件。2人でも撮ろう。」
「えっ、」
ポケットからスマートフォンを出し、画面の操作を切り替える。肩を寄せればいい香りがして、頬に熱が集まるのがわかる。やばい、照れる。
深山さんは画面を見ながら髪を整えていて、女の子だなぁと今さらながら思う。深山さんはやっぱり、俺が「可愛い」から好きになってくれたんだろうか。
「撮るよ?」
「う、うんっ。」
でも、俺も男だから。
空いた手で深山さんの肩を引き寄せ、顔を頬が触れ合うくらい思いきり寄せてからボタンを押す。カシャリ、という音が鳴るまでの数秒間。
「…み、満島くん…」
「可愛い」だけじゃないんだよ、俺は男だから。こんな俺は嫌?お願いだから幻滅しないで。君のこと、大切に大事にするから。こんな俺を好きでいて。
唐沢が俺に向かって中指を立てる姿が想像できる。でも残念。今まではお前だけの親友だったかもしれないけど、今日から俺の恋人でもあるんだ。呆然とする深山さんの手を、思いきって握ってみる。たまには大胆に、強引に。
たとえば、テディ・ベアは可愛いかもしれないけど、あいつら熊だよ?
こんなこと言ったら怒られるかな?
―――――深山さんの色んな顔、見てみたいから。それもいいかな。




