「可愛い」をくれたひと
花柄のワンピース。ビジュー付きのパンプス。リボンがついた鞄。アンティークレース。苺がいっぱい乗ったスイーツ。くまが描かれたラテアート。
私には、愛してやまないものがある。
「ねぇねぇ椿ちゃん。今日の私のお弁当何だと思う?」
亜麻色の柔らかい髪の毛がふわふわと揺れる。綿あめのようなショートボブが特徴の唐沢桃は、まるで内緒話でもするかのように囁いた。のんびり屋で、いつも笑顔の桃。大きな瞳をくるくると動かす姿は小動物を思い起こさせる。
「オムライス。」
「うわぁ!あたり!なんでなんでぇっ!」
オムライスは桃の大好物。好きなものが弁当に入っているとこうして必ず、質問をしてくる。しかもついさっき、「今日のお弁当はオムライス~。」なんて決定的な鼻唄を聞いたばかりだ。
「何でもお見通しなんだもんなぁ。あたしは全然なのに~。」
「確かに桃が鋭いって想像できないね。」
「いいなぁ椿ちゃんは。いつも冷静で大人で~。羨ましいぃぃ。」
何を言うか!と思わず声を上げそうになる。桃はどこか抜けている。俗に言う天然というやつなのだと思う。だけどそこが可愛い。外見の可愛さと合わせて更に可愛い。くそ可愛い。それなのに私が羨ましい?顔の筋肉がほとんど動かない、常にポーカーフェイスの女のどこに美徳があるというのだろう。
私、深山椿は可愛いものが好きだ。大好きだ。
この世界には、可愛いが溢れている。それらを目にすれば幸福が身体を包み、胸が熱くなる。可愛いは最大の癒し。かけがえのないもの。可愛いは、正義。
しかし自分自身はというと、「可愛い」からはかけ離れている。髪はカラーもせずアレンジもなく、真っすぐ腰まで下りている。悲しきかな、きりっとした顔立ちのせいと身長170センチの私に、「可愛い」は似合わない。そのため日々周りから「可愛い」を見つけ、愛でることで欲求を満たしている。
親友の桃にも入学式で一目惚れした。なんて可愛いの!お人形!名前も可愛い!と、無表情の皮の下、内心ぎゃあぎゃあと興奮したものだ。今では親友という立場を勝ち取り、日々癒されている。可愛い。桃可愛い。大好き。
「桃はおっとりしてる所がいいの。長所だよ。」
「うわぁあ、椿ちゃんありがとう~。」
目に涙を溜め、ぎゅうと抱きついてくる桃。ううん、可愛い。いい匂い。ザ・女の子という感じ。眼福。幸福。満足です。
私自身、幸運にも美系な両親の元に生まれ、容姿には恵まれた方らしく、よく告白もされる。年上、高身長、ワイルド系、俺様系に好かれている印象。クラスでは無口、無表情のためかクールビューティーなんて評される。断じて嬉しくない。だって、私は、「可愛い」がいい。
可愛いものに囲まれ、可愛い服を着て、可愛いものを見て、可愛いものを食べたい。完全プライベートな自室は、家族以外では桃しか知らない。あのメルヘンな世界。きっと言われるだろう、「イメージと全然違う」と。だけど、私の一番好きな場所だ。
「気にすることないよ~。好みは人それぞれだもん。」
思い切って桃に可愛いもの好きを打ち明けた時、桃はいつものようにふにゃりと笑ってそう言ってくれた。そして、自分もよく驚かれるが大のプロレス好きなのだという衝撃の事実を教えてくれたのだ。
自分を理解してくれる友人を得て、私の高校生活は一気に華やかになった。毎日が楽しくなった。(顔には全く出ていないけれど。)
そんな順風満帆な毎日。私は、生まれて初めて恋に落ちた。
「おーいミツ!昼休み野球しねぇ?」
クラスメイトの男子の声に、ぴくりと身体が跳ねる。自分ではない名前に反応するようになってしまってから、もう4ヶ月が過ぎた。
――――満島薫くん。入学当初、名前の順の関係で、少しの間前の席に座っていた男の子。身長が168センチという小柄な身体に、長い睫毛に縁取られたぱっちり二重。猫っ毛だという髪には、よく寝ぐせがついている。
私は彼、満島くんを見た時衝撃が走った。男の子なのに、可愛い。それに、穏やかな性格なのに身長のことを言われると怒る所とか、字が下手な所とか、古典の授業で毎回必死に睡魔と闘っている所とか、たまにおじいちゃんのようなことを言い出す所とか、何だか色々とツボだった。
何この人。可愛い。極めつけは、笑顔。可愛い、と思うと同時に、今まで感じたこともなかった場所が、きゅんと締め付けられた。
(これは、恋だ。)
気がついた時には、目は満島くんばかりを追っていた。
「いいよー!負けた方がアイス奢るってのはどう?」
満島くんは可愛い。だけど、他の「可愛い」とは違う。特別で、別格。
「あはは~。ミッツーたち元気だねぇ。」
桃は満島くんたちを見つめ、柔らかく微笑む。人懐っこい桃は、男女問わず友達が多い。満島くんと2人で話している姿も何回も見ていた。じゃれ合う姿は微笑ましく、「お似合い」なんて言葉も聞こえてくる。
私は数えるほどしか話したことないのに。席が離れ、機会もめっきり減ってしまった。
「そうだね。楽しそう。」
「あたしたちも野球、入れてもらう?」
桃の提案に思わず目を見開いてしまう。桃はいい。空振りをして、男子たちに突っ込まれて笑っている姿が想像できる。しかし自分はどうか。球技は苦手。ルールもよくわからない。そして桃のような愛らしさはなく、無表情でバッターボックスへ立っている自分。それを満島くんが見たらどう思うか……。
「な、何言ってるの桃。同性同士で遊ぶから面白いんだよ。雰囲気壊すし、迷惑だよ。第一私、野球わからないし、好きじゃないし。」
早口でまくしたて、はっとする。桃は椿の気持ちを知らない。こんなにも不自然な態度を取ってしまっては、怪しまれやしないだろうか。
冷や汗を流しながら桃を見ると、どこか嬉しそうな顔をするだけで何かに気がついた様子はない。鈍感で良かった…と、密かに胸を撫で下した。
「椿ちゃんが嫌ならいいや。でもきっと、ミッツーなら優しく教えてくれたと思うよ。」
好きな人ができたら、真っ先に桃に知らせようと思っていた。でも、出来なかった理由。
もしかしたら、桃も満島くんのことが好きなのではないかということ。「お似合い」だとか、「付き合ってる」だなんて噂のある2人。可愛い桃に宣戦布告する度胸も、探りを入れる勇気もなかった。
「唐沢!」
ぼんやりと向けていた視線の先の人物が目の前に来て、身体が硬直する。だけど彼はこちらを見向きもせず、桃の腕を引っ張った。
「なぁに~?ミッツー。」
「ちょっと話があるんだけど。」
「えぇ~。今椿ちゃんと話してるのにぃ~。」
小柄な体でも、手はしっかり男の子だ。私の方が少しだけれど背が高いのに、きっと私より大きい。筋張って、血管が浮いて、固そうで厚みもある。顔とのギャップ。そこがいい。
その手は今、桃に触れていた。
「桃、私はいいから。満島くんと話しておいでよ。」
そう言って席を立ち、ゆっくりと教室のドアの方へ向かう。トイレにでも行こう。これ以上、2人が一緒にいる姿なんて見たくない。
そうだよね。そりゃそうだ。可愛い桃がいいに決まってる。自分より背が高くて、無愛想な女なんて好きになるはずない。美人がなんだ。クールがなんだ。私だって可愛くなりたい。笑顔をたくさん浮かべたい。満島くんに似合う女の子になりたい。
フリルが好き。花柄が好き。リボンが好き。レースが好き。色は椿の赤よりも、桃のピンクが好きなのに。私には似合わない。私には、私が好きじゃないものたちが似合う。
『お前ってこういう趣味?似合わないからやめろよ。キャラじゃないって。』
中学生の頃、好きなものを否定された。似合わない。キャラじゃない。クラスメイトの男子が放った言葉は、私の胸に深く突き刺さった。私では、ダメなのだろうか。好きなのに、大好きなのに、それを言ってはいけないのだろうか。
それからは、皆が求める私を演じた。好きではないものを似合うと褒められ、好きではない人に好きと言われ、好きではないのにこれが好きだろうと勘違いされ、押し付けられたものを黙って受け入れていた。
でもどうしても、好きになれなかった。皆がお似合いだという先輩のことも、落ち着いた色味のシンプルな洋服も雑貨も、全部。
「深山さん。」
わざとゆっくり振り返る。動揺してはダメ。気持ちはひっそりと、一人で静かにしまっておこうと決めたんだから。
隣に桃がいると思っていたら、意外にも満島くんは1人だった。わざわざ呼びに来てくれるなんて優しい。制御できない気持ちが、また彼を好きだと言う。
「…満島くん。」
「話、終わった?」
「うん。ありがとう。なんか…気を使わせたみたいで。」
「別に。」
長い髪の毛を耳にかけ、緊張を誤魔化す。多分、表情筋はぴくりとも動いていないのだろうけど。
桃は、可愛いでしょう。魅力的でしょう。私にないもの、たくさん持っている子だから。私が欲しいもの、たくさん持っているの。
「椿ちゃーん!」
椿たちから少し離れた教室から顔を出し、桃が大きく手を振っている。満面の笑みで、とっても可愛い。自分も、つられて笑顔になってしまう。魔法みたい。あの子の笑顔は。
「桃、…可愛い。」
口をついて出た言葉は、いつもいつも思っていること。
「…うん。」
でも満島くんに同意されると、どうしてこんなに悲しくなるの。
「満島くんもそう思う?」
「まぁ…あいつ、モテるし。」
「満島くんの周りでも?」
「いいって言ってるやつもいる……あ、内緒ね。」
「うん。じゃあ、大変だね。」
「え?」
そんな顔して桃を見ないで。笑わないで。
震える足を、無理やりに前に出す。泣くな、泣くな。
「でも私は、満島くんが一番桃に合うと思うな。」
気持ちが伝えられないのなら、せめて、あなたの中でいいやつでありたい。応援するよ。心からではないけれど。桃はいい子だもの。おすすめ。
満島くんの横を通り、桃が待つ教室へ駆け出す。笑顔で待つ桃を不安にさせないように、いつも通りを装って。
「椿ちゃん。今日の放課後、本屋さんに寄ってもいい?」
「うん。またプロレス雑誌?」
「さすが椿ちゃん!昨日が発売日なのすっかり忘れてたの。あたしとしたことが。」
腕にするりと自分の腕を絡めてくる桃に答えながら、再び垂れてきてしまった髪を耳にかけた。
「それ、椿柄?」
席が前後だった時、不意に振り返った満島くんが、鞄から覗いたポーチを指さした。黒のエナメルに赤い椿模様。和柄テイストも可愛いなと思い雑貨屋で買ったものだった。
「あ、…うん。」
「深山さん、下の名前『椿』だもんね。ていうか俺、最初『ふかやま』さんだと思ってた!」
第一印象は、(見た目が)可愛くて親しみやすい人。
「たまに言われる。」
「よく、じゃなくて?」
「…うん。」
「はは、やっぱ俺って馬鹿なのかな!」
「まだ満島くんのことよく知らないからわからない。」
自虐的な冗談に対して大真面目に答えた私に、満島くんはしばらく笑っていた。(この笑顔にやられた。)だけどそれから、
「『椿』って珍しいね。」
「……渋いでしょう。私は気に入っているんだけど。」
「ううん。可愛いよ。深山さんにぴったり。」
そう言って、今のキザっぽかったね、とまた笑った。初めて、「可愛い」と言ってくれた人。「可愛い」が似合うと、笑ってくれた人。冗談だったかもしれないけど、すごく嬉しくて。
すごくすごく、好きだと思ったの。
「……椿ちゃん?」
一人回想していた私を、桃が覗きこんでくる。コンプレックスだったポーカーフェイスに、生まれて初めて感謝した。今なら聞ける。そんな気がした。
「ねぇ桃。」
「うん?」
「…満島くんが好き?」
柄にもなく震えてしまう。身長が低い桃は、必然的に椿を見上げる形になる。丸い大きな瞳。桃という少女を象るものは、どうしてこうも可愛いのか。
「ミッツーのこと?好きだよ。」
私もこんな風に、可愛くなりたかった。そして堂々と、好きな人を好きだと、胸を張って言えるような。
「椿ちゃんは?」
満島くん、私、あなたのことあまり知らないかもしれないけれど。
「…大好き。」
初めて好きになったの。初恋だったの。
視界が歪む。ああ、らしくない。学校でなんて泣けない。泣きたくない。
(でも、)
「ミ………ミッツー!!!!!!」
今にも零れそうになった涙は、桃の大声によってあっけなく消え去った。組まれていた腕を強い力で引かれ、廊下に引きずり出される。そこには教室に戻ろうとしていた満島くんがいて、彼も私のように桃の勢いに驚いていた。
桃は大きな瞳を更に大きく見開き、頬は赤く染まって息が荒い。一体どうしたというのか。
「なしじゃないよっ、ミッツー!勘違い!椿ちゃん違うって!」
「え?何…?」
「か、唐沢っ!お前また余計なこと…っ!」
初めて見る挙動不審な満島くん。桃を私から引きはがそうと必死で、再びどこかへ連れて行こうとしている。桃は桃で相変わらず興奮した様子で、そんな満島くんの肩を何度も叩いていた。
2人のじゃれ合いにしか見えないやり取りに、また胸が痛む。
「余計なことじゃないもん!だって椿ちゃん言ったよねぇ!?」
「えぇ?」
「ミッツーのこと!大好きって!」
桃の言葉に、カッと顔が熱くなる。この子は何てことを!と大声を上げたくても、口はぱくぱくと開閉するだけ。誤魔化しも、上手い切り返しも思いつかない。まさか本人にバラされるなんて夢にも思わなかった。敵の敵は味方なんてよく言ったものだ。だけどこの場合最初の敵は…ってそんなこと考えている場合じゃないっ!と頭はパニック状態。
「良かったねぇミッツー、両想いで。」
「ばっ…!!!」
満島くんが声を上げる。顔は真っ赤だ。林檎みたいで可愛い。
でも、今、桃はなんて…?
「私ねぇ、ずっとミッツーに相談されてたんだよぉ。だけど椿ちゃんと恋愛の話なんてしたことないじゃん?だからわからなくてぇ。でもミッツーはいい人でおすすめだったから、さりげなーく椿ちゃんにアピールしたり、近づけようとしてたんだ~。」
「どの口が言うんだお前!」
秘密にしててごめんねぇ、とにこにこ話を進める桃に二の句が継げない。
――――両想い?相談?良かったって…桃は満島くんのこと好きじゃないの?
「桃?えっと…」
「あ、そろそろ帰る?本屋さん駅前のでいいかなぁ。あそこ品揃え悪いから不安だなぁ。」
「おい、唐沢。」
「なぁに?ミッツー。」
「お前…空気読め。今日は1人で帰れ。」
「えぇええ~!!?なんでぇっ?椿ちゃんと先に約束してたのあたしだよ!?」
「この流れ作ったのお前だろ!?ちゃんと責任取れ!」
真っ赤な顔で怒る満島くんに、渋々歩き出す桃。淋しげに視線を向けられて心が動いたが、そこはぐっと我慢した。
「……満島、くん。」
心臓が走った直後のように速い。声が擦れ、身体が震えているのがわかった。
「桃のことが……好きなんじゃ…」
「…俺、そんなこと言った?」
「だって、桃のこと可愛いって…。な、仲だっていいし、桃の話しか私としたことないじゃない…。」
「深山さんが、唐沢のこと好きだから。共通の話題っていうか、…笑うから。唐沢の話すると。」
「…え、」
「それに、唐沢の話しかしたことないなんて…嘘だよ。俺、深山さんの名前褒めたよ?結構前だけど。ポーチの、…ほら、椿の柄の。」
「…!」
「あの時、話が終わって、前向いて。何となく、窓を見たんだ。その時、窓ガラスに映った深山さんが笑ってて…………か、…可愛いなって、思った。」
赤く染まった顔で、髪を乱暴に掻きむしる。照れている時のクセなのだろうか。
――――――ああ、でも、またこの人は。
私が好きな可愛いを、私が求める可愛いという言葉を、私にくれるんだ。
「満島くん…わ、わたし、」
「……唐沢の言ってたこと、本当?」
満島くんの言葉に、私は何度も首を縦に振った。涙が込み上げ、瞳を濡らす。
可愛い、私の好きな人。
「大好き…」
可愛いものに囲まれて、可愛い洋服を着て、可愛くて大好きな友人、可愛くて――――大好きな彼が隣にいる。そんな夢のような世界が、もしかしたら。
私の知らないうちに、すぐ傍にまで来ていたみたい。




